薔薇の花園に君を連れていく | ナノ


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今日は昼過ぎから図書室にいた。ここにいるすべての時間を赤司くんと過ごす訳にはいかないので、基本的にここで暮らす日々の大半は暇だ。限られた時間の中で難しいところではあるが、私は人の心を開くには時間をかける必要があると思っている。いきなり現れた奴にずーっと張り付かれてあれやこれや質問されるのは、彼にとっても迷惑な話だろう。探りたくても、我慢、我慢。

まったりと過ぎる時間を有意義に過ごすため、こうして図書室で本を読み耽って二時間くらい経った頃、事件は起きた。


図書室の奥で、微かに女性の声が聞こえた。けれど私はこの空間のルールのせいで彼女達の存在が希薄になっていて、不覚にもその瞬間が終わるまでその事に気付けなかった。私が気付いたのは、コトリと金属がカーペットに落ちる鈍い音を聞いてからだった。

その音を聞いてはっとした私は、本棚から音の方へ顔を覗かせる。後姿の赤司くんが一人立っていた。その足元には、ナイフと、数枚の薔薇の花弁。


――ああ、また、彼は。

何故気付けなかったんだろう。後悔しても今さら遅い。また、殺されてしまったんだ。声も上げずに、殺意を当たり前だと受け入れて。せめて物音でも立ててくれたら、私が…。私が?何をするというのだ。本当に助けるべきは、命が掛かっている彼女達の方ではないか。だから赤司くんだって甘んじてこの状況を受け入れている。私が出る幕なんてない。
一方的に刺され続ける事が、この世界での最善だなんて。そんな悲しい事があるだろうか。きっと彼は自分が苦しんでいる事すら誰にも言えずに苦しんでいる。だって自分が受け入れないと私達が死ぬんだから。

「また見ていたのか、名前。」
「赤司くん…。」
「どうして君が泣きそうな顔をする必要がある?」

赤司くんは私を見て、何でもない事のように笑った。私は笑えない。本当に死ぬわけじゃないとか、痛みを感じないとか、そういう問題ではない。人に殺意を向けられて、それを受け入れるストレスはどれだけ心に負担を掛けるだろう。殺意が無くたって、刃物を向けられるだけで人間は恐怖を感じる、そういう風に出来ている。
沢山の彼女らの殺意を受け入れて普通でいられる赤司くんは、異常だと思った。もう14人目?いや、もっといるかもしれない。私が把握している以外にも、私が来てからどれだけの人に刺された?

「赤司くん。一緒に、ここから出よう。」
「それは出来ない。出来たら3か月もこんな所にいない。」

赤司くんは足元のナイフを拾うと、丁寧に机の上に置き、図書室から立ち去った。シン、と静まり返る部屋が落ち着かなくて、私も後を追うように部屋から出た。

「…。ははは…。」

カフェに座ってぼーっと窓の外を眺める。窓の外からは外壁しか見えないけれど、日が入ってくる分他の場所よりマシだ。

ここから出よう、なんて、どうして言ってしまったのだろう。出られたとっくに出ている。そんなの考えなくったって分かる事だ。私は赤司くんの心の傷に塩を塗るような、残酷な事を言ってしまった。

『…俺は、多分一生ここからは出られない。』

去り際にぽつりと呟いた彼の言葉には、諦めの感情が込められていた。知らないうちにこの世界を作って、知らないうちにここに幽閉された彼は、どうして自分の作った空間から出られないのだろう。そもそも、この空間が作られたのには、どういう理由があるのだろう。

私は考えに煮詰まって、ふぅーと深い溜め息を吐いた。気分転換に売店で紙パックのピーチティーを頂戴して啜れば、冷たい液体が喉を通って少しは気分が晴れそうだった。

冷静になって考えれば、何か思いつくかもしれない。もう一度話を整理しながら考えてみよう。私は諦めることなく思考を巡らせた。

まずはこの世界のシステムからだ。赤司くん一人に対して、何人もの女性がここへ送られてくる。一人いなくなれば補充され、途絶える事は無い。語弊があるかもしれないが、それは赤司くんのハーレム世界に近い。
次に赤司くんの性格について。話を聞いている限りでは、彼はあまり交友関係が広くない。しかも出てくる友人の話は中学、高校ばかりで、時々中高時代の話をしては懐かしそうに目を細めている。きっと彼は、大学での生活が楽しくなくて、現実世界で結構ストレスを溜めていたんじゃないかと思う。この洋館を見ても彼がお金持ちのお坊ちゃんである事が伺えるし、それになんと言ってもあの容姿だ。心無い人達がそれ目当てに近付いて来たりして、そんな周りに辟易していてもおかしくない。特に女性なんか、恋愛になると壮絶だ。前に友達から三角関係に纏わる愚痴を聞いた時なんか、私ですら帰りたくなった。それが当事者ともなれば。

(なんか分かってきたかもしれない。この空間が作られた理由。)

私は、以前この空間は恋をするにはうってつけの条件だと思った。自分以外の女性が気にならないのは、赤司くんとの恋愛関係で女性同士が揉めないため、もしくは彼だけを頼らせて親密な関係にさせるため。この考えに、ハーレム世界を作るシステムと、人間関係や恋愛に辟易していた彼の状況を組み合わせると…

「この空間は、彼に恋をさせる為に生まれた…?」

なんじゃそりゃあ。
あまりに突拍子も無くて、無意識にツッコミが口から漏れてしまった。自分で考えておいて意味が分からなくて笑える。自分で自分に恋をさせる空間を作るって。どんだけですか。
それにこの仮説だけでは説明がつけられない事がいくつかある。例えば、私達に自分を殺させる理由。それから、そもそもこんな空間を作ってまで彼に恋をさせる理由。
周りの女性に失望して恋愛出来なくなった、なんて、それならイケメンはみんな恋が出来ないのかって話だし、彼がそんな軟弱なメンタルだとは思えない。もっと、こんな空間を作らないと恋が出来ないような、何か特別な事情でもあるのだろうか。

「なんて、考えていても仕方ないかぁ…。」

そもそも、この話はすべて私の妄想に過ぎないのだ。本当は理由なんて無いただのファンタジー世界に、神様の気まぐれで巻き込まれただけかもしれない。恋の神様が「よし、面白そうだから赤司征十郎に恋をさせよう!」なんて考えていたとしたら殴ってやりたいが。でも、巻き込まれた以上何かしら原因や理由が欲しいと思ってしまうのは人間の性ってやつだ。ああ、なんかいろいろ考えていたら段々訳が分からなくなってきた。

もう、後は直接聞くしかない。

明日を過ぎれば、ここに来て7日、タイムリミットの半分が経過する。私はそろそろ、彼の心の深い部分を聞き出す時期に来ているのかもしれない。



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