薔薇の花園に君を連れていく | ナノ


▼ 4

幽閉生活から3日が経った。いつもより遅い10時頃に目が覚めた私は、部屋に備え付けの小さな洗面台で身支度を整える。クローゼットの中の、毎日入れ替わる私のものでは無い洋服達にももう慣れた。どれもこれもクラシカルで素敵なデザインの中から、比較的シンプルなものを選んで袖を通せば、鏡の中の私はまるでどこぞのご令嬢だ。っていけない、いけない。さて、今日はどの質問を彼にしようか。可愛い洋服に身を包んで浮かれそうになった気持ちを引き締めるように、私は質問票を握りしめ、部屋の扉を開けた。

「あ、」

食堂で朝食を取ろうとしていた筈なのに、私は、まるでつい先日を再現するかのように階段で足を止めていた。手すりに手をついてエントランスを覗き込めば、赤司くんと女性が対面して何かを話している様子が窺える。女性の手には何も握られていなかった。

「――きです。」

女性は震える声で言った。赤司くんの表情は変わらない。彼のまるで精巧な人形のように透き通った顔立ちは、緩く結ばれた薄い唇とガラスのような目がそう見せているのだろうか。それはどこか人を不安にさせるのだけれど、それでもあまりの美しさに見とれてしまう、そんな表情だった。

「好きです。」

彼女の芯の通った声が響く。もう震えてはいない。薄暗い空間に僅かに差す窓からの光が、反響する声と入り混じってまるで教会のようだと思った。赤司くんは、目を伏せたまま、ひんやりとした静寂にそっと言葉を乗せる。

「気持ちは嬉しいよ。けれど、君は俺を殺さなければ外には出られないだろう?」
「私は貴方を殺せません。」
「そう。なら消えるのを待つだけだ。」
「っ…、それでも構いません。好きだから、それだけ伝えたかった。」
「そうか。…ありがとう。」

彼の声は彼女の心を包み込むように優しく、耳に心地良かった。暖かくて、心に響く。しかし、彼が向けた柔らかな笑みは、どこか感情の無い作りものみたいに見えた。





食堂に入れば、いつもと同じように数人の女性が各々食事を取っていた。何日経っても彼女達への興味は湧かず、まるで漫画のモブのように半透明で存在感が薄い。彼女らと仲良くなれたなら、協力してこの空間から脱出出来たかもしれないのに。出来ない現状を嘆いても仕方ないのに、気付けばそんな事を考えている。私はキッチンを勝手に漁ってカフェオレをつくり、カウンターに置いてあったクロワッサンと共に口に運んだ。
食堂と言っても、猫足のアンティークテーブルとチェアが連想させるのはどちらかと言えばお洒落なカフェだ。ここは他の部屋とは違い窓が大きい為、部屋が明るくて本当にカフェにいるような気分になった。

お腹が満たされてくると、考えるのはこの空間のこと、赤司くんのこと。

(赤司くんってモテるんだなぁ。)

先程の告白を見て思い知らされた。少し考えればあんな美少年がこれだけの女性達に囲まれて放っておかれるはずが無い…のかもしれない。だって彼は誰の目から見ても魅力的だし、現実世界でもきっと相手に苦労しなかったに違いない。
赤司くんを殺さなければならないこの状況を除けば、他に頼れる人がいない中で彼だけが自分に優しくしてくれるこの空間は、まさに恋をするにはうってつけの条件だと思った。

ここに留まる人ってどれくらいいるんだろう。大体は来て初日に彼を殺すのだろうか。私には女性の見分けがつかないから分からないけれど、もう何人かは入れ替わっているのかもしれないし、『赤司くんへの好意』という明確な理由を持ってここに留まる人も一定数いるのかもしれない。彼を好きになって、二週間いっぱいここで過ごして、でもやっぱり最後は赤司くんを殺しちゃうのかな。

それって、なんか、嫌だな。

私は気分が沈んできたのでそれ以上考えるのを止め、気分を入れ替えるために赤司くんとお喋りをしようと彼の元へ足を運んだ。





鍵が、開いている!

今まで押しても引いても開くことのなかった三か所のうちの一つ、二階左奥の部屋。応接室の隣に位置するその部屋が、わずかに開いているのに気付いた。私は早足でその部屋の扉を開き中に入る。

「…あっ、」
「…なんだ、名前か。」
「赤司くん!」

赤司くんは、部屋の中央に置かれたビリヤード台を指でなぞりながら、私に気付くと目線だけを寄越してすぐ元に戻した。

ここは、娯楽室か。中央にビリヤード台を構え、壁に沿うように置かれた椅子とテーブルにはチェス盤と駒が無造作に並んでいる。脇の棚には、トランプやマジックに使う道具など、一通りの遊具も揃っている。残念ながら現実世界への入り口みたいなものはありそうに無いけれど、彼の心を掴むヒントくらいならあるかもしれない。

「ここも赤司くんが作った部屋なの?」
「多分ね。ほら、ここ。」

赤司くんはビリヤード台の隅を指差して、傷がついているだろう?と私に見せてくれた。それは彼が幼い頃に誤ってキューをぶつけて出来た傷だそうで、彼にしか知らない情報らしい。この洋館のあらゆるところに、そういったものが多数存在しているのだと彼は語った。

辺りを注意深く見回す。今まで開かなかった部屋が一つ開いたということは、きっとここには彼の心を紐解く何かがある。彼がこの部屋を見て穏やかな表情をしたのも、そんな風に思わせた要因の一つだった。赤司くん、なんだか少しだけ楽しそう。私までわくわくしてしまう。

「赤司くん、折角だしトランプとかやる?」
「いいけど、俺はゲームで負けたことは無いよ。」
「一度も?」
「ああ。」

何それ怖い。赤司くんは奥の畳の方を向いて、僅かに目を細めた。

「名前は将棋は打てないのか。」
「将棋かぁ。ルールは知っているけど、多分弱いよ。」

彼は将棋盤を見つめたまま動かない。将棋がやりたい、と目が訴えている。私は、じゃあ折角だからと先導して畳に正座し、一局打とうと彼に持ちかけた。彼は憂いの無い純粋な笑顔を浮かべている。ああ、やっぱりこんな赤司くんは珍しい。彼は懐かしそうに、盤の埃を丁寧に払うと駒を並べ始め、対局を進めている途中にも、私に中学時代の友人の話をして聞かせてくれた。

「昔、こうして友人と勉強の合間によく対局していたんだ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「俺はいつも勝っていて、友人は負けると眉間に皺を寄せて出て行ってしまうんだけれど、次の日には必ず再戦を申し込んで来るんだ。俺はいつも友人がリベンジに来るのを楽しみにしていた。」
「仲良しだね。」
「そうだね。結局友人は一度も俺に勝てなかったけれど、実は何度もひやりとさせられていた。友人には言わなかったけどね。」
「ふふ、赤司くん本当に将棋強いんだね。」
「まあね。…はい、王手。」
「ああっ!」

パチ、と軽やかな駒の音が響き、私は彼の笑顔の前に投了した。「名前は絶望的な弱さだね」と私を罵る彼の声ですら、今は穏やかで心地良い。

「もう一局打とうか。」
「絶望的に弱い私で良ければ。」
「ふ、ならハンデをあげよう。」

私は赤司くんに六枚落ちのハンデを貰い再度勝負を挑んだが、三戦やって結局一勝も出来なかった。こうも勝てないと流石に悔しさを通り越して将棋が嫌になってくる。赤司くんの友人は、それでも毎日彼に勝負を挑み続けていたのか。とてつもないチャレンジャー魂を持った友人だ。プライドが高くて負けず嫌いな男の人を想像して、そんな人物と一緒にいる赤司くんを思い浮かべ心をほっこりさせた。



→【質問票】―1週目― からお好きな項目を2つ選択して下さい。

[ back ]