薔薇の花園に君を連れていく | ナノ


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13人もの人間に殺される、それってどんな感覚だろう。


私が考えたのは、『この屋敷から脱出するために、彼の心を知る』という事だった。その提案を出す前に、この屋敷の仕組みについて詳しく聞く必要がある。私が洋館について尋ねると、彼は「巻き込んでしまった以上話せることは話そう」と半分呆れながらも質問に答えてくれた。

「まずこの洋館の仕組みについてだが、分かりやすくゲーム形式に例えて説明しよう。俺がこの館の主。君達をプレイヤーとする。プレイヤーは自分の砂時計が落ちるまでに俺を殺せばゲームクリア、つまり現実世界に帰れる。逆に、時間内に俺を殺せなければゲームオーバーとなり、白い世界を永遠に彷徨う事になる。
君も知っての通り、ここには俺達以外の人間も幽閉されている。プレイヤーは君を入れて全部で10人、今の所全員女性だ。そしてプレイヤーが現実世界に帰ると、空きが補充されるように次のプレイヤーがやってくる。俺がこの三か月間で把握したルールはこんなところだ。」
「どうして自分が死ぬ事によってプレイヤーが現実に戻れるって分かったの?」
「それはさっきも言ったが、俺が作ったルールだからだよ。良く分からないけれど、ここに来た時からそれだけは漠然と分かっていた。後の事は全て予測と状況からの推測でしかない。」
「そっか。うん、何となくわかった。」
「なら話を続けよう。次はプレイヤー同士について。これが不思議な事に、屋敷にいる女性達は、お互いを意識しない様に仕向けられている。」
「どういう…あ、」

私には心当たりがあった。最初に女性の一人に話しかけた時のあの素っ気なさ。それに、その後の私も、女性達への興味が一気に薄れる感覚を味わった。今考えれば、本来の私には有り得ない反応だ。自分で言うが、私は現実世界での友達が多い、言ってしまえばリア充というやつだ。そんな私が一人に素っ気なくされたからと言って途端に話しかけるのを止めるなんて、むしろ感情を操作されている方がしっくりくるくらいだ。しかしそうなると、この世界がますます摩訶不思議に思えてくる。意識を操作できる世界って。魔法少女というより不思議の国のアリスの世界に紛れ込んだみたいだ。まさか夢落ちじゃあ無いだろうな。頬はもう抓らないけれど。

「あと、それから…赤司征十郎だ。」
「?」
「名前。まだ名乗っていなかっただろう。」

これから数日間よろしく。ふわりと人当たりの良い笑顔を私に向けて、彼は握手の手を差し出した。

「私は苗字名前。名前で呼んでくれて良いよ。よろしくね、赤司くん。」

私は彼の手を握って二、三度振った。握手は『これから良い関係を築こう』という証なのに、彼の綺麗な笑顔がどこか愛想笑いに思えて、私は素直に喜ぶことが出来なかった。





『俺が話せるのはここまでだ。後は好きに屋敷の探索でもして、帰る方法を探してくれて構わない。』

そう言われてしまったので、その日は大人しく赤司くんと別れ、私は最初に目覚めた場所である自室に向かった。その前に食堂に寄り、売店でメロンパンを手に取る。この売店には生活必需品が一通り揃っているが、店員は見当たらない。それどころか使用人も、料理人も、庭師も、どこにも見当たらなかった。聞くところによると、この洋館は食材等必要な物資は勝手に補充されるので、後は各自で何とかするルールらしい。


さて、一通り洋館の事が分かった事だし、明日からの作戦会議をしようと思う。

『自分の歪みが生み出した世界』と彼が言っていた事を考慮すると、この空間は赤司くんの世界ーーもっと言えば『彼の心が反映された世界』なのではないか。仮にそう仮定して脱出方法を考えれば、答えは案外簡単に出てくる。
それが、先程も考えた『この屋敷から脱出するために、彼の心を知る』ことだ。この洋館に空かない部屋がいくつもあったのは、私がまだ彼の心を開いていないからで、逆に言えば彼の心を開く事で、より重要な部屋の扉を開くことが出来る。なんて、全部憶測でしかないけれど。
いやいや、こういう不思議世界と言えば大体がこんな感じのストーリーだ。何も分からない状況では、とにかく自分の勘を頼りに進んでいくしかない。

「二週間、か…。」

タイムリミットを考えると、与えられた時間は余りに短い。制限時間内に彼の心を開くことが出来るだろうか。私は止めど無く流れ続ける砂時計を手に取り、ぼんやり眺めた。

不思議な砂時計。砂の量は3分程しか無いのに、砂は流れ続け二週間で全ての砂が落ちるようになっているという。光を反射している砂は、まるで自らが光を放っているかのように時計全体を薄く照らしていた。

砂時計に限らず、ここにある全てのものが、繊細で、落ち着いていて、けれど何処か仄暗くて、そしてとても美しい。それだけでも彼の心の内が少しだけ分かる気がした。何より、まるで天使の住処のような、あの美しい庭園。私はその光景に完全に心を奪われてしまっていた。

あの庭園を造りだす彼の心。彼の事を知りたい。
どこまでやれるか分からないけれど、私にやれる事は全てやって帰ろう。

私は彼の心を開く作戦を立てる為、自分の鞄の中から筆記用具とメモ帳を取り出した。





「これでよし!…ふぅ。」

私は記入を終えたメモ帳を目の前に掲げベッドに倒れこんだ。メモ帳には箇条書きにいくつもの項目を綴ってある。この14項目が、きっと私達を親密な関係にしてくれるに違いない。私は満足げにメモ帳を見つめて口元を緩めた。


【質問票】
―1週目―
・自己紹介
・得意科目、苦手科目
・趣味、特技
・好きな食べ物、嫌いな食べ物
・休日の過ごし方
・楽しかったこと
・好きな季節

―2週目―
・好きな女性のタイプ
・現状について
・一つだけ願いが叶うなら
・恋愛観について
・大切なもの
・洋館について
・私の事、どう思う?


それは、以前友達の付き合いで行った合コンの話題を参考に、少女漫画や乙女ゲーム的要素を加えて作り上げた【質問票】だった。質問する順番は適当でいい。とにかく小学生のプロフィール帳のようなありきたりな質問をきっかけに、徐々に友好度を上げていけばいいのだ。彼も、私の脱出の為に少しは協力してくれるらしいし、そうだな…。今日から毎日一つずつこれを消化していくというのはどうだろう。ゆっくりと、じっくりと、時間をかけてお互いを知っていく。うん、よしそれでいこう。

私は一人納得して、さっそく彼に質問するべく応接間に向かった。彼は、先程と同じ場所に座り、静かに本を読んでいた。



→質問を消化する度に一日が経過します。指示された数だけ【質問票】を開き、彼との会話を楽しんで下さい。

→【質問票】―1週目― の「自己紹介」を読んだ後、お好きな項目を2つ選択して下さい。

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