薔薇の花園に君を連れていく | ナノ


▼ 14

夜、赤司くんと電話をするのが楽しみとなりつつあった今日この頃。

『来週の日曜日、もし空いていたら付き合ってくれないか?』
「ん?どこか行きたいところがあるの?」
『ああ。薔薇園に行こうと思って。』
「えっ。」

薔薇園。それは赤司くんにとって特別な思いが詰まった場所。彼のお父さんがプロポーズをした場所であり、唯一の家族との思い出の場所であり、そして、洋館で私達が最後に過ごした場所でもある。
いつか一緒に行こうと言ってくれてはいたが、一向に誘ってくれる気配が無いまま約半年が過ぎ、そして今日、満を持して薔薇園のお誘いを受けた。
ここまで薔薇園デートを焦らされれば、私だって彼に何か思惑があるのでは無いかと大方察しが付く。つまり、薔薇園に誘われる時が、彼が私に告白をする時なのではないか、と、そういう事だ。

「あ、あーなるほどね…、行く行くー!」なんてぎこちない返事を返してしまったが、私の動揺は誤魔化せていただろうか。告白されるかも、なんてただの自惚れだ。電話口からクスクスとからかうような声が聞こえて来て居心地が悪かった。

「それじゃあ、詳しい日時と待ち合わせ場所はまたメールするよ。」
「う、うん。わかった。それじゃあ!」

最後まで動揺を隠しきれないまま、私は電話を終えた。

どうしよう、本当に告白されるのだろうか。そりゃあ、私があの洋館を攻略した時点で恋の予感はあったのだろうけれど、多分まだ“好き“には至っていなかったと思う。それがこうして約半年付き合いを重ねる事によって、私を好きになってくれた。…って事で良いんだよね。

来週の天気を調べる。晴れ。最近買った白いワンピースもまだ赤司くんとのデートでは着ていないから、勝負服もバッチリ。
ピロリとメールの着信音が鳴る。赤司くんから届いたメールでは、『来週、2時に横浜駅で』との事だった。

来週の日曜日まで、眠れそうにない。





薄暗い空を眺め、私は溜息を零した。
とうとうこの時が来てしまった。駅前で赤司くんを待ちつつ、溜息で緊張を逃がす。こんなに期待しておいて、告白されなかったら笑えるな。今度は違う意味で溜息が漏れた。

「溜息ばかり吐くと幸せが逃げるよ。」
「あ、赤司くん!こんにちは。」
「こんにちは。待たせたかな。」

私の背後から、まるで待ち合わせに遅れたかのように現れた赤司くんは、今日も落ち着いたお洒落な服装をして周りの目を引いていた。ちなみに今日は私が早めに到着しただけで、今はまだ待ち合わせの5分前だ。
「ううん、私も今来たところ。」と一度言ってみたかった台詞を返せば「ベタだね。」と言って彼は笑った。
ようやく言えて満足する私に赤司くんが何かを言おうと口を開いた時、空からゴロゴロという音が聞こえ、先程より更に雲が厚く太陽を隠した。

「天気予報では晴れって言ってたのにね。」
「多分通り雨だろうね。とりあえずバスに乗ろうか。」

折角準備万端で来たのに、雨に降られたら薔薇園がデートも台無しだ。せめて園内を見終わるまでは降り出さないで下さいと神様にお願いしつつ、私達は薔薇園の無料送迎バスに乗り込んだ。


しかし、そんな考えは甘かった。

「っ…、」

ザーザーと叩きつけるような雨音、吹き荒れる突風。街路樹は大きく風に煽られ、どこからともなく飛んできたビニール袋が木に引っ掛かり音を立てている。
バスを降りたら、通り雨と言うには余りに暴力的な豪雨が私達を待ち受けていた。いわゆるゲリラ豪雨と言うやつだ。降りたバス停の屋根の中で、私達は立ちすくむ。

「赤司くん…傘持ってる?」
「一応折り畳み傘は。名前は?」
「私も一応持ってきた。」

念の為、傘を持って来ていて良かった。取りあえずはそれを差して中に入り、園内で雨宿りできるスペースを探す事にした私達は、強烈な雨の中、園内の屋根のある場所を目指して歩みを進めた。

また別の機会に改めて来ても良かったんだけれど、出来ればそれはしたく無かった。
だってこの一週間ずっと楽しみにして来たんだし、今引き返せば、申し訳無さそうに笑う赤司くんの顔がさらに曇ってしまいそうで、言えなかったのだ。「折角綺麗なワンピースを着ているのに、台無しになってしまうね。」なんて言って困ったように笑う赤司くん。天気なんて赤司くんのせいじゃないのにね。
私と同じくらい、きっと赤司くんだって今日を楽しみにしていた筈だ。だから、むしろ雨なんて気にならなくなるくらい楽しんでやると、私は雨に対抗する気持ちで強く意気込んだ。

入場スペースを通り抜けると、中は薔薇や他の花でいっぱいで、洋館の薔薇園にあった大きなアーチも見つけた。こんな空模様じゃ無ければ、太陽が色鮮やかに花を照らしてとても綺麗だっただろう。今は雨に打たれる花が少し可哀想に感じる。
少し前を歩く彼を見やれば、彼は黒い傘を差して、私と同じアーチを見上げていた。ズボンの裾も肩も前髪も、傘から少しはみ出せば雨で濡れてしまい、水が滴るその横顔は少し色っぽい。
私の視線に気付いた赤司くんが、ニコっと微笑み、私の目元に手を伸ばした。

「ん、名前、前髪が…。」

そう言って、指で私の張り付いた前髪をそっと撫でた。

「せっかく整えていたのに、崩れてしまったね。」

やはり今日は止めておけば良かったかな。赤司くんはそう零しながら、私の前髪についた水滴を指で掬い落とした。
私は赤司くんのその言葉に、聞き捨てならないと頬を膨らませた。

「何言ってるの赤司くん。今日ほど薔薇園日和は無いよ!」
「?どうして?」
「良く見て。今日はお客さん殆どいないじゃない?だから、今日は薔薇園二人締め!やったね!」
「それは日和とは言わないんじゃないか。屁理屈だ。」
「えーそうかなぁ。」
「うん。あ、でも俺は、実は案外この雰囲気を楽しいと思っているんだけれど…って言ったら、名前は怒るかい?」
「え?怒らないけど、なんで?」
「名前が楽しそうだから。」

釣られた、と言って無邪気に笑った赤司くんは「先に進もう。」と私の手を引いて園内を進んでいった。今の笑顔は反則だよ赤司くん。
赤司くんが一歩先を歩いてくれていて良かった。きっと今の赤くなった顔を見られたら、またからかわれて弄られる事請け合いだ。

奥へ進むと、お店屋さんと思われる小屋があり、更に奥にはカフェレストランと思われる小屋も見付けた。園内の様子からしてお客さんはほぼいないから待たずに入れるだろう。赤司くんもカフェスペースに向かって歩き出している。
私は手を引かれている間、カフェスペースより右奥にある広場に目を奪われていた。次第に歩くペースを落とす私に、赤司くんがどうしたのかと私を見やる。

「名前?」
「赤司くん、あれ…」

その広場は、洋館で見たあの薔薇園そのままだった。薔薇の配置も、最奥にある休憩スペースも、そこに続く細い煉瓦道も、すべて洋館で再現されたままだ。ということは、多分ここが、赤司くんのお母さんがプロポーズされた場所なのだろう。
相変わらず雨は降り続いている。辺りも薄暗い。けれど、たくさんの薔薇達が色付くその場所に、私は目を奪われてしまった。
あの空間では、薔薇園に花は咲いていなかった。花が咲いたらどんなに綺麗だろうと想像し、しかし私はそれを見る事無く彼を殺してしまった。あの裏庭も、花が咲いたらこんな感じだったのかな。

広場の奥には、小さい屋根つきの休憩スペースのようなものがあった。断られるのを承知であそこに行きたいと提案してみると、赤司くんはあんな狭いところで良いのかと聞きながらも嫌がる様子は無く、私は彼の答えを聞く前に彼の手を引いて歩き出した。
逸る気持ちが足を速める。彼の手を引っ張って強引に煉瓦道を進んだ。手と手の隙間から雨が入ってきて時々滑りそうになり、その度にギュッと手に力を入れて繋ぎ止める。傘の内側から大きな雨粒がボトボトと音を鳴らして地面に落ちていく。
少し強引に前を歩く私に赤司くんは終始無言で、それでも嫌な顔をせず付いて来てくれた。地面の草花が足に触れて、きっと赤司くんのズボンは水を沢山吸ってしまっているだろう。
あと少しで休憩スペースに着くという所で、雷と共に強風が向かい側から吹き私の傘を裏返した。バサッと音がして骨が逆側に曲がる。

「わっ!傘が…」

私は瞬く間に大量の雨を被ってしまった。気持ちが沈みそうになるが、カフェに入っていればこんな事にはならなかったので自業自得だ。赤司くんが無事だったのがせめてもの幸いと思おう。
休憩スペースまであと少しだ。私はこのままあそこまで駆け抜けようと一歩踏み出そうとしたのだが、それより早く赤司くんが私の手を引いて、抱き締めるように自分の傘に入れてくれた。バランスを崩して横から倒れ込むように抱きとめられ、焦る。
私が濡れないように配慮してくれるのは嬉しいが、濡れた私を抱き締めたら赤司くんまで濡れてしまう。あと恥ずかしい。彼の肩口から良い匂いがして緊張が走った。
「赤司くん…、離して。濡れちゃうよ。」弱弱しい声でいう私に、「ダメ。」と囁いて抱き締める力を強くする赤司くん。多分「それでは名前が濡れてしまうだろう。」という台詞は彼の詭弁に違いない。今までの経験から言って、これは雰囲気に乗じて私をドキドキさせる彼の作戦なのだ…と思う。
このままでは彼の思う壺だ、そう思った私は彼の胸板に手を当てて距離を取ろうとした。その際、たまたま聞いてしまった彼の心臓は予想外に脈打っていて、私は目を見開く。
何と突っ込もうか悩んだが、結局休憩スペースに辿り着く事を優先し、私達は赤司くんになされるがまま相合傘で目的地まで進んだ。辿り着いた後はお互いタオルで体を拭いたり傘を畳んだりと、黙々と事後処理に勤しんだ。

ゴロゴロ、と雷の音が聞こえる。
雷は段々と近付いて来ているらしく、先程からカメラのフラッシュのように光が瞬いては雷鳴が轟いている。
三角錐の屋根に沿う形で柱とベンチが設置されているこの小さな休憩スペースは、赤司くんに聞いた所『ガゼボ』という名前らしく、私はガゼボという単語に聞き覚えがあった。確か、彼の両親のプロポーズ場所じゃ無かっただろうか。

「あのさ、赤司くん。ここってもしかして…」

赤司くんは無言で、優しく微笑んだ。私はしまった!とここに来た事を後悔した。だって、赤司くんからすれば「早く私に告白して!」と迫られているように感じていても不思議ではない。何それ自意識過剰。完全に無意識だった。
堪らず「へーここガゼボって言うんだー全然知らなかった!」と大袈裟にリアクションしてしまったが、口元に手を当てて「そうか。」と笑いを隠す赤司くんには私の考えている事など全てお見通しな気がする。居た堪れなくなって、私はそれ以上考えるのを止めた。

傘が壊れたお陰で全身びしょ濡れだが、何枚も重ね着をしていたお陰で下着が透けるようなお決まりのイベントも発生せず、私達はベンチに隣同士で腰を下ろして黙々と外を眺めた。

「大分濡れちゃったね。」
「その割に楽しそうだね。」
「私、嵐の日にはしゃぐタイプの子だから。」
「ふ、名前らしいね。」

赤司くんは一瞬光る空に目を向け、考えるように目を細めた。

「赤司くん?」
「名前は、雷は怖くないのかい?」
「うん。どちらかと言えばワクワクする。」
「そうか、名前も女子だからね。雷はさぞ怖いだろう。」
「あれ?赤司くん人の話…」

その時、一際大きい落雷が轟音を響かせた。ビクッと、音に吃驚して肩が跳ねてしまう。何を考えているか分からない赤司くんは、肩を震わせた私に目ざとく気付くと、まるで悪戯っ子がからかう対象を見付けたみたいに口角を上げた。

「あか…、っ!」

何を企んでいるのかと思ったら、彼は、私の耳を両手で覆って顔を鼻が当たるくらいに近付けた。私は一瞬キスされるのかと思って驚いたまま固まってしまった。
言っておくが、私は本当に雷が怖い訳じゃない。ただ大きな音に吃驚しただけだ。赤司くんだってそれは分かっている筈なのに、こんな事をするのは私に意地悪をする為だ。

「雷が怖いかと思って。こうして耳を塞いでいれば安心だろう?」
「あ、かしくん。わざとやってるでしょ。」
「キス、されるかと思った?」
「…っ、」

試されるような言葉に体がぞわりと震えた。クス、と笑って「怖い?」と私を心配するような声が耳を掠る。内緒話をするように、耳を手で覆ったまま喋るものだからくすぐったくて仕方が無い。身じろいで彼の手から逃げようとするも全然離してくれないので、私は彼に対抗する為、先程のように掌を心臓に押し当てた。彼の心臓はやはりドクドクと早鐘を打っていた。

「赤司くん、緊張してる?」
「…っ、それは狡い。あまり触らないでくれ。」

態度にはこれっぽちも出ていないから、傍から見ただけでは分からない。

「…意外。」
「意外と言う程でも無いだろう。好きな相手を前にして余裕でいられるほど、俺は器用な人間じゃないよ。名前には情けない姿ばかり見せてばかりいるし、出会いがあの洋館と言う時点で、俺は駄目な人間として認識されていても仕方が無いと思っている。」
「そんな事無いよ。赤司くんはいつも余裕そうに見える。」
「ありがとう。でも俺は、名前の前では完璧にはなれない。いや…なりたくないと言うべきか。」

いつの間にか、赤司くんは真剣な顔で、瞳に私を映していた。ゴロゴロと、先程より遠ざかった雷の音が聞こえる。

「俺には勝利が全てで、勝つ為だけに全てを費やして生きて来た。それはこの先も変わる事は無いと思う。」
「赤司くん…?」
「俺はね。名前みたいに前向きな事だけを考えて生きていく事は出来ない。勝つ為にはあらゆる事を想定して、その状況に応じた策を考えなけばならないから、俺は最善の結果を予想する分だけ最悪な事態も想定して行動する必要があるんだ。だから、ネガティブな事を考えて落ち込んだり、嫌な事を我慢してストレスを溜める事もある。勝つ為にはやりたくない事でもやらなければならない。俺はその為なら心を殺せる。手段だって選ばない。…俺は、そういう人間だよ。」
「…。」
「だから、本当に信頼した人間には、弱みを見せたいんだ。疲れた時には甘えたいし、辛くなった時には逃げてきたい。泣き言を言ったり、情けない姿を見せたりもすると思う。そんな俺を、相手には好きになって欲しいんだ。」

赤司くんは緩やかに目を細めて、おでこをこつんと合わせると弱く微笑んだ。
雨は次第に小降りになっていた。しとしとと、弱くなった雨音が心地よく辺りを包んでいる。

「名前が好きだよ。」

凛とした声が、静かな薔薇園に優しく響いた。
赤司くんの瞳に少しだけ涙が溜まっているように見えたのは、私が泣いているせいだろうか。

「明るくて、前向きで、名前といると色々と気付かされる。勝利の為に考える事は変わらないのに、不思議と気分が明るくなって、一緒に過ごす時間がとても楽しくて、ずっと一緒に居たいと思う。以前俺が「恋愛は生きるか死ぬか」だと言った時、名前はそうは思わないと言っただろう?」
「ああ、洋館で『現状について』の質問をした時の話だよね?」
「そう。その時俺は、名前の言う事が正しいのかもしれないと言ったけれど、でもこうして改めて考えてみると、やっぱり恋愛は生きるか死ぬかだと思う。」
「ええ、どうして?」
「名前にはきっと、この先にも沢山の相手が現れて、俺を選ばなくても良い恋愛が沢山出来ると思う。むしろ、俺じゃない方が名前は幸せになれるのかもしれないね。」
「な、なんでそんな事を言うの?赤司くんらしくないよ。」
「俺は事実を言っているだけだよ。そうだな、分かりやすく言うと、俺と名前では根本的に釣り合わない、と言うべきか。」
「うっ!…傷ついた。今すごく傷ついた。」
「ふふ、事実だからね。名前にとって、俺と付き合うというのは、きっととても重くて、負担になる事だ。俺を選ぶより、他の相手を見付けた方が賢い選択だと思わないか?」
「そんな事…」
「いや、きっとそれが名前にとって最良の選択だよ。でも俺には、名前以外いない。あれだけ沢山の女性が洋館に連れて来られて、それでも誰一人として俺の心を動かす事は出来なかったんだ。この先名前以上の相手を見つける事は難しいんじゃないかな。」

赤司くんの冷静な意見に、何か反論しようと思っても言葉が出て来なかった。

「俺は、名前と出会うまでは自分が相手を選べる立場だと思っていた。放っておいても女性の方から声を掛けて来るから、俺はその中から一番良いと思った相手を選んで、付き合って、結婚すればいい、と。でも本当に好きな人が出来てみたら、俺の立場は酷く弱くて不利だ。もっと普通の家庭に生まれていたら、きっと重圧を与える事無く相手と付き合えて、相手にも心置きなく俺を選んでもらえたのにって、最近よく思うよ。」

普通の家庭に生まれたかった。赤司くんでもそんな事を思うんだと、私は感慨に耽る。

「赤司くん、私は…」

そう言葉を発しようとして、顔を上げた瞬間、ふと視界に移った光景に、私は息を飲んだ。

雨は止んでいた。厚い雲が風に流れ、雲の切れ間から薄く光が差し込んでくる。暗く沈んでいた薔薇の花達が太陽の光を浴びて、徐々に色付いていく。
背後から見える景色に、赤司くんは気付いているだろうか。

「さて、俺を選ぶに当たってのデメリットは十分話した。それでも名前は、俺を選んでくれるかい?」

赤司くんが、先程の話しぶりを感じさせない自信のある顔で私の回答を待っている。
赤司くんは、勝つ為に最善と最悪両方の結果を想定していると言っていた。という事は、今日この告白に至るまでも、ポジティブな事を考えて浮かれたり、ネガティブな事を考えて落ち込んだりしていたという事だろうか。
ネガティブな事を考えていても、それを表に出さずに振る舞えてしまうのだから赤司くんはやっぱり凄い。余裕そうな顔をして、今も彼の心臓は煩く鳴っているのだろう。

「ぷっ、赤司くん可笑しいよ。」
「、何がおかしいのか俺には分からないが。」

赤司くんは笑う私を不満そうに見つめた。

「だって、普通に考えて赤司くんに告白されて断る女の子なんていないもん。それに、告白する相手に自分と付き合うデメリットを話しちゃうなんて、赤司くん紳士過ぎ。丸っと言い包めて自分のモノにしちゃえば良いのに。」
「それは、」
「それだけ真剣って事だよね。ありがとう。凄く嬉しいよ。私も、赤司くんのそういう所が好き。それに、私は赤司くんの事を情けないなんて思わないし、負担にも思わないよ。だから、これからもよろしくお願いします。」

そう言って、私は赤司くんに向かって頭を下げた。その様子をしばらく見つめ動かなかった赤司くんは、ふと鞄から四角いプレゼントを取り出すと、「これを、」と私に差し出した。
もしかして、と変な想像をしてギクシャクしながらも、綺麗に包装されたラッピングを解けば、黒いベルベットの箱が顔を覗かせた。想像していたよりも大きくて、長方形のそれは私の手から少しはみ出すくらいの長さをしている。

「開けてもいい?」
「良いよ。」

ゆっくりと蓋を開けると、中には薔薇の装飾のペンダントが入っていた。
少し眺めのチェーンに、大き目のペンダントトップ。それは、洋館で赤司くんが使っている部屋にあったガラスケースの薔薇をモチーフにしたペンダントだった。ミニチュアサイズのガラスケースに活けられた薔薇の花びらは、赤く色付いている。

「それは、俺の気持ちだよ。結局、あの空間で赤い薔薇を見せてあげる事は出来なかったから。」
「…っ。」

赤司くんってば、どうしてそういうロマンチックな事をサラッとやってのけちゃうんだ。私が「薔薇が赤く色付いた様を見てみたかった」と言ったのを、彼は覚えていてくれた。こんなサプライズがあるなら、私も何か用意してくれば良かった。

「それにしても、これ、あの洋館のガラスケースと全く同じデザインだよね?よく見つけたね。」
「懇意にしているデザイナーに作らせたんだ。良く出来ているだろう。」
「オーダーメイドですか…!」

一体いくらしたのだろう。プレゼント品の値段を聞くなんて野暮なのでしないが、値段によっては気軽に身に付けられそうにない。そんな私の気持ちを他所に、赤司くんは私の手からペンダントを取ると器用に腕を回して付けてくれた。

「あ、ありがとう。すごく素敵なペンダントだね。」
「良く似合っているよ。」
「こ、このお返しは今度必ず…」
「今度じゃなくて、今返して欲しいな。」
「え、でも私何も」
「お返しはキスで良いよ。」

赤司くんはそう言って唇に人差し指を当てると、試すように私に笑みを向けた。私をまた戸惑わせて楽しむ気だろう。私は腹を括った。

「いいよ。キスしよう。」
「え、」

今度は私が彼を戸惑わせる番だ。私は彼の首に腕を回して顔を近付けた。予想外の反応に、赤司くんは期待通り戸惑っている。そのまま唇を近付けると、困惑した赤司くんが私の肩を押して動きを止めた。その一瞬に、赤司くんの背後から、ふと薔薇園の景色が垣間見える。私は目を見開いた。

「あ、赤司くん!虹が出てる!」

私は回していた腕を離すと、興奮気味に広場を指差した。

「え?ああ、本当だ…!」

二人して、その景色にしばし見惚れた。綺麗だね、とどちらともない呟きが空気に溶ける。
凛と咲き誇る薔薇の花弁から零れた雫が、太陽に反射してキラキラと輝いている。その上から七色の虹が薔薇園全体に橋を架けていて、形容し難い美しさにただただ見入った。

「名前の言うとおり、今日は絶好の薔薇園日和だ。来て良かった。」
「でしょ?ふふ、だから言ったじゃん。」
「調子に乗っているね。あまり調子に乗ると虐めたくなるな。」
「え、わっ!」

肩を掴まれて正面を向かされ、笑顔の赤司くんが近付いてくる。何事かと顔を背ければ、先程の続きだと後頭部に腕を回され、動きを固定されてしまった。

「目、閉じて。」

目を伏せてそう呟く彼の表情がとても綺麗で、彼に引き寄せられるまま目を閉じる。ドクン、ドクンと、自分の鼓動が聞こえる。
数秒の沈黙の後、唇に柔らかい感触が伝わって、すぐに離れた。心臓の音が治まらないままゆっくりと目を開ければ、彼の濡れた瞳と目が合う。ゆるりと笑顔を向けられて、私の心臓はピークに達した。

ああ、もうずるい。大好きだ。


その後、晴れ空の元しばらく園内を見て回った私達は、夕日が沈む時間に合わせて帰宅した。赤司くんが私を家まで送ってくれると言うので、一緒に夕日を見ながら帰りたいと私が提案したのだ。洋館から現実世界に帰って来た日、帰路に着いている際に「もしここに赤司くんがいたら、」なんて考えた事を思い出す。あれから半年も経ったなんて、時の流れはあっという間だ。
繋いだ手から目線を上にやれば、にこりと首を傾げて「何?」と聞いてくる赤司くんと目が合って、「なんでもない。」と私も微笑んだ。

「夕日、綺麗だね。」
「うん。」

赤司くんとの会話は、なんて事の無い普通のものだった。太陽の赤が彼の髪色に反射して、より赤く見えて綺麗だ。そんな事を、何となしに考える。家の玄関まであと少し。
私は赤司くんに家の庭に咲いた薔薇を見せてあげた。赤い薔薇は、あの日と同じく夕日に照らされて美しく輝いていた。



[おわり]

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