薔薇の花園に君を連れていく | ナノ


▼ 13

マジバでポテトと紅茶を注文して、硬くて座り心地の悪いテーブルに腰掛ける。紙コップに優雅に口をつける赤司くんは案の定この庶民的な雰囲気に全然馴染めていなかった。
こんなシックな格好をしたお坊ちゃんが、これから私に先程の件についてどうしても言い訳をしたいと言うのだから、もう馴染むどころか漫才でも見させられている気分だ。折角だから浮気を見破られた夫が如く弁解して貰おう。赤司くんにこんな事をさせられるのなんて、きっと世界中で私しか居ない。どんな美女が現れたってこのポジションは譲るものか。特別な友人という美味しいポジションを自負して、私はにやける顔を抑えられなかった。

「さて、それでは言い訳を聞こうじゃないか赤司っちゃん。」
「何故そんなに楽しそうなんだ。」

私の謎のテンションに溜息を吐いて安い紅茶を啜る赤司くん。いつものお高めのレストランとは違い、今日はいきなり会う事になったのと、久しぶりにマジバが食べたいと言う彼の要望からここで時間を過ごす事になった。赤司くんはこういうお店が久しいみたいだけれど、普段大学の子達とは来ないのだろうか。友人と呼べる相手がいないとは言っていたものの、先程のやり取りを見る限りそれなりにつるんでいる仲間はいそうだけれど。

「赤司っちゃんはいつもあの人達と仲良くしてるの?」
「その呼び方は止めろ…。彼らとは、仲良くしているというか、されているというか…。」

そう言って項垂れる赤司くんからは本当に辟易している様子が垣間見える。やっぱり大学の仲間とは馬が合わないのかな。

「苦労してそうだね。」
「まぁ、嫌だからと言って一々避けてもいられないから。」

私達はもう子供じゃない、嫌いな人間とだって程良い距離を保って上手く付き合っていかなければならない。『人は一人では生きられないから〜』なんて小学生の道徳で習いそうなフレーズを思い出して苦い気持ちになった。彼にとっては、そうやって一人で抱え込んでストレスを溜めた結果があの空間な訳で、頑張り過ぎてしまうくらいなら多少逃げてもいいと思うのだけれど。こそっと私がそう零すと、ふと顔を上げた彼は嬉しそうに、

「だから、俺には辛い時に側で支えてくれる人間が必要なんだよ。」

と緩い笑みを浮かべた。この意味分かる?と上目遣いが聞いてくる。その自信有り気な顔と来たらもう。先程のしおらしさから一転、いつの間にかいつもの調子を取り戻したらしい。
私の気持ちを見透かした上で、どうしてわざわざそれを聞いてくるかな。達が悪い以外の何物でも無い。
私が真意に気付かない振りをして「よく意味が分かりません。」と目を逸らせば、彼は赤くなった私に「伝わっているようで何よりだ。」なんて返してくる。ほら、やっぱり私の気持ちなんてお見通しなんじゃないか。
悔しくて何か反論しようとしたけれど、出て来た言葉はどうしようも無い放言で。

「あ、赤司くんは、私が赤司くんの事を好きだと思ってるの?」
「…、え」

目の前の彼も流石に言葉に詰まっていた。ぱちくりと目が瞬く。その驚いた表情と一緒に、自分の発言を自覚した私はますます頬を紅潮させる。…よし忘れよう。なんて、そんな身勝手な自己完結さえ、いつだって彼は根こそぎ奪っていくんだ。

「…思ってるよ。」
「けほっ、」

おいおいおい。嘘だよね赤司くん本当何なの君は意味分かんない!
私はいよいよ返す言葉が見つからなかった。あらぬ事を口走った自分にも、感情を読み取らせない顔でそんな事を言う彼にも気持ちが追い付いていかない。もう降参だ。私は絶対赤司くんには敵わないと思う。

「名前って時々馬鹿だよね。その反応をさ、俺はどう受け取ればいい?」
「お好きにどうぞ…。」

諦めの色を滲ませた私の発言は「そう。」と彼にすんなり受け入れられた。その楽しそうな表情を見れば、今の発言が彼に良いように受け取られたのだと分かる。そして追い打ちを掛けるように、彼が私に投げ掛ける質問がこれ。

「名前は俺に好かれている自覚はある?」
「…っ、もう!知らないよそんなの!」

その挑発とも取れる物言いは、確実に私に止めを刺しに来ている一言だった。

「もう、どうして赤司くんはそんなに自信満々なの?」
「自信…と言えるか分からないが、俺は女性に嫌われた事は一度も無いよ。」
「…。私は一緒にお茶する相手を間違えたかもしれません。」
「酷いな。自分から誘ったくせに。」

自慢話も、どうしてか赤司くんが話すと嫌味に聞こえない所がまた嫌味だ。赤司くんって変な人だよねと軽口を叩けばお前には言われたくないと返され、そこからしばらくは「色男」「お節介」「小悪魔」「物好き」等の低レベルな罵り合いが続いた。まさか赤司くんと罵り合う日が来ようとはね。この際だから、と罵り合いに便乗して、先程の件を責めてみる。

「ねぇ、私、赤司くんのさっきみたいな女子達への態度は良くないと思う。」
「、ああ。あれは…そうだね。」

さっき正門前で、女子に腕を絡ませる事を許していたあの対応。けれどそんな事指摘されるまでも無く、彼は自分が悪い部分をしっかりと認めているようだ。声に覇気が無いのがその証拠だった。

「自分に好意を向けられていると知っていて、そのままにしているのは俺がはっきりしないせいだね。何度も断ってはいるんだが、全然聞き入れて貰えなくて、どうすれば良いか少し困っていたんだ。」
「…そうだったんだ。」

私、少し調子に乗って強く言い過ぎたかもしれない。

「あの、ごめんね。私、余計な口出しだったよね。」
「いや、気を遣ってくれて有難う。嬉しいよ。それに、謝られるより、出来れば後で相談に乗って欲しいな。」
「…、うん。それはもちろん、喜んで。」

私の気持ちを汲んで、怒るどころかお礼を言ってくれる赤司くんは相手に気を遣える優しい人だ。だから、女子達にも強引に迫っても大丈夫だと思われているのかもしれない。
「赤司くんは優しいね。」そう思ったままを口にしたら、赤司くんはどこか浮かない顔をして手元に視線を落とした。

「優しい、か。はっきり断らないのは優しさじゃない。それは不誠実だ。」

彼の長い睫毛が目元に影を作る。カップの蓋をするりと撫でる長い指が力無く机に降りて、その動作一つ一つが物憂げで情緒的だった。赤司くんはちゃんと自分の駄目な所を分かっていて、それに真っ直ぐ向き合って解決しようとしている。私も彼の努力に、何か貢献出来れば良いのに。そんな思いで言葉を紡ぐ。

「折角彼女達が好意を向けてくれているんだから、曖昧な態度は彼女達にとっても、それにきっと赤司くんにとっても良くないよ。」
「ん。それから、名前にとってもね。」
「え?どうして?」
「そう。妬いてくれないんだ。」

彼は悪戯っぽく首を傾げ前髪を揺らした。冗談っぽく振る舞ってはいるけれど、一体どこまで本気なんだろうかこの人は。コロコロと変わる表情に振り回されて、私の心臓はいくらあっても足りない。「妬いて欲しい?」とか聞いてみたいところだけれど、先程の失態を繰り返さない為にその台詞は喉元で留めておいた。

「もう、そんな余裕そうにしているけどね。まだ弁解していない事は沢山残っているのだよ赤司くん。」
「…。そうだったね。」

そうだ。彼は私との電話を男だと言ったし、合コンの誘いも断らなかったし、それから、何時もなら(強引に)手を繋いで歩くのに今日に限ってはそれも無かった。その理由はどうせ私に女性達の敵意が向かない様に、だろうけれど、それじゃあ面白く無いので私は弁解を所望します。私も対外性格が悪いよね。
私はニコニコしながら彼が話し始めるのを待った。そんな私の意図に気付いたのか、彼は訝し気にこちらの表情を読み取っている。

「…何を企んでいる?」
「ふふ、別に。『許してくれ、俺にはお前しかいないんだ!』って台詞を期待してる。」
「何だそれは。」
「夫婦間の修羅場的な?赤司くんからそんな言葉が出てきたら面白いなと思って。」
「俺で遊ぶな。」
「えー。」
「まぁ、でも名前が『私はこんなにも貴方の事を愛しているのに!』って言ってくれたら考えるよ。」
「何それ、赤司くんってばいっつもそうやって私に駆け引きをするのね。酷いわ…私はこんなにも貴方の事を愛しているのに!」
「、すまなかった名前。許してくれ、俺にはお前しかいないんだ!」
「ぷ、あはは!赤司くん全然似合ってない!」
「全く…、名前といると本当に退屈しないよ。やはりあの時一つ買っておいて正解だったな。」
「ん?ああ、もしかして好きな季節の質問の時の?」
「そう。あの時は少し高過ぎる、なんて言ったが、今考えればお買い得だったな、なんてね。」
「ふふ、でしょ?返品・交換は効きませんよお客様。」
「そうか。なら一生を掛けて大事にするとしよう。」
「…。またそうやって。」

赤司くんは私の乙女心を弄んではニコニコして心底楽しそうだった。赤司くんがその気なら、私だって。そうやって意気込んでは、また赤司くんに弄ばれる。空が暗く沈んでも、ポテトや紅茶が空になっても、居心地の悪いテーブルでの心地良い歓談はまだ、終わりそうにない。

[ back ]