薔薇の花園に君を連れていく | ナノ


▼ 12

赤司くんとの初デートを機に私達は頻繁に遊びに出かけるようになり、気付けば季節は秋になっていた。お互いの仲は順調過ぎるくらいに深まっていて、はっきり言って…いや言わずとも良い感じである。こんなに波風が立たないま順調な交友が出来るなんて正直思っていなかった。というか今でも思っていない。私が知らないだけで、きっと赤司くんは大学で凄い沢山の、それこそ恋に疲れる程の女性達に囲まれている事だろう。

と、いうことで。気になって来てしまった。東恭大学。

いやいやいや、違うんだよ?本当は最寄駅に用事があって、そのついでに寄っただけ。決してストーカーとかでは無い。とは言え、いきなり大学まで来られたら彼も流石に迷惑だろうな、とも思う。
時刻は午後4時半。どうしよう、どうしようとしばらく悶々としてみた後、せっかく来たんだし連絡するだけしてみようと腹を括って、結局私は彼と連絡を取る為携帯を開いた。最初に連絡を入れた時と変わる事のない緊張感に自嘲しながら、LINEの画面に手早く文字を打つ。

『赤司くん、今大学にいる?』

するとすぐに既読マークがつき返信が返ってきた。

『丁度最後の講義が終わったところ。』
『そっか。お疲れ様。』
『珍しいね。名前から連絡くれるなんて。』
『あのね。実は私今東大のすぐ近くにいるんだけど、もしこの後空いていたらお茶でもどうかなって。』
『すぐに行く。どこにいる?』

即答だった。やばい、嬉しい。キャー!なんて恋する乙女みたいに叫びたい気分だ。どこにいる、という返信にちょっと迷って、

『駅の近く。』

と思わず嘘をついてしまうチキンな私は現在正門前に居た。だって、すぐそこに居ますなんて言ったら会う気満々みたいで恥ずかしいじゃないか。
一人胸中で言い訳を繰り広げている間にも赤司くんからは『分かった。5分くらいで着く。』という返信が届き、あっという間に約束を取り付ける事に成功してしまった。まさかこんなにスムーズにいくとは、赤司くんも存外私の事好きだよね、なんて調子に乗ってみたりして。
にやける頬を両手で押さえつつ、少し経ってふと構内の奥の方に見つけた赤に、しかし頬は緩むどころか強張った。

(…赤司、くん?)

門と校舎を繋ぐ直線の並木道、葉が黄一色に染まるそこを、赤髪の男の子とミニスカートを履いた女子達が腕を組みながら歩いてくる。嘘、あれ、赤司くんだよね。両手にギャルをつれて、イチャイチャしている様子は見間違いじゃない。私は殆ど条件反射で門の影に隠れた。

(…。)

まだ随分遠くにいるから彼らがこちらに気付く様子は無いが、私は拳銃で胸を撃ち抜かれたような気分だった。まさかあの赤司くんが、あんな風にキャンパスライフを送っているなんて衝撃以外の何物でも無い。
ああ、でもよく考えたら違うか。そういえば彼は恋愛に軽率な人達に囲まれて恋愛が出来なくなっていたんだった。それに、前に友達に誘われて合コンに行った事があるとも言っていたから、そういうのが好きな友達だっている筈だ。使用人さんが前に説明してくれた通り、この現状があの空間を作った直接的な原因という事なら、むしろこの光景は衝撃でも何でも無く、これが彼の日常という事になる。
ちらりと門から顔を覗かせれば、彼らはもうすぐそこに居て、何やら話し込んでいた。

「ねぇ赤司、今日これからうちらとカラオケ行こーよ。」
「私らとあとコースケも誘ってさ、4人でダブルデート!ね、良いでしょ?」
「さっきから何度も言っているが、今日はこれから用事があるんだ。」
「つってさー、いっつも赤司そればっかじゃん。たまにはうちらとも遊んでよ。」
「本当は予定なんて入って無いんでしょ?ね、今日は良いじゃん!」

正門付近で立ち止まり、赤司くんの腕を引っ張って気を引く女子達。赤司くんはあからさまに困った顔をしている。何度もやんわりと断っているみたいだが、彼女らは一向に手を離す気配は無く、仕舞いには多分話の流れ的にコースケと呼ばれていた男の子まで登場し、赤司くんの肩に腕を回して無理矢理連行しようとしている始末だった。はぁ、と一つ溜息を吐いた赤司くんが眉をひそめたまま携帯電話を取り出す姿が見えた。

ブー、ブー、

「わっ…!」

まさかの着信。赤司くんからだ。恐る恐る応答して、遠くからの肉声と同じ会話をスピーカー越しに聞く。

「もしもし?」
『ああ、苗字か。すまない、少し遅れそうだから駅前のマジバーガーにでも入って待っていてくれないか。』
「あ、うん…それは良いけど…」

“苗字”。赤司くんが唐突に私を苗字呼びにした、その対応に少し戸惑う。それは、通話相手が女だと悟られない為の赤司くんの策略だった。ここで見ていればそれは分かるけれど、でも。赤司くんは、もし私に追求されたらとか思わないのだろうか。私にどう思われるか、とか、普通気にならない?

『用を済ませたらすぐに向かうから。それじゃあ。』

ぶつりと素っ気なく通話が途切れ、すぐに肉声が「分かっただろう。」と周りの男女に向けられる。

「俺はこれから友人に会うんだ。」
「赤司っちゃん冷たいなー。何?もしかして女?」
「違う、男だ。」
「ふーん、相変わらずモテるのに女っ気無いな。じゃあ来週の日曜日は俺達と合コンっつー事で!」
「おい、」
「おお、それいいねー決まり!」
「赤司っちゃんいると女子の集まりがめっちゃ良いからさー。」
「私も赤司と合コンしたーい!」
「はぁ…。」
「赤司ぃー合コーン。」
「…分かった。合コンでも何でも行くから、もう解放してくれ。」
「え、マジで赤司っちゃん!」
「やったぁ!赤司合コン来んなら私気合入れよー。」
「私もー!」
「じゃあ今日はこれで解散って事でいっか。まったねー赤司っちゃん。」
「また明日―。」
「…。」

赤司くんはようやく手を離してくれたその人達に呆れ顔で手を振っていた。私は焦燥感やら疲労感やらで、正直もうお腹いっぱいだ。そんな私の気も知らず、ようやく厄介事から解放された彼は小走りでこちらに向かって来た。やばい、このままだと私が門で張っていた事がバレてしまう。かと言って今から走って駅前に向かっても、きっと赤司くんはそれ以上のスピードで駆け付けて来るだろう。仕方がない。こうなったら意を決して。

「赤司くん。」
「…! え、」

赤司くんは校門に立ち塞がる私に気付くと、助走を緩めて次第に私の前で立ち止まった。肩に掛けたトートバッグを握りしめ、目を見開いている。
いつから、という彼の質問にさっきからずっとと返すと、彼の表情が歪むのが分かった。

「えっと、今までの話全部聞こえちゃった。」

そう言うと、赤司くんは複雑な表情をして次に何と言葉を発しようか迷っていた。私達は一応友人という立場だけれど、一括りにそう扱うには色々な線を越え過ぎている。だからこそ彼はどう取り繕うべきか迷っているのだろう。女子に囲まれて腕を組んでいた事も、私との電話を男だと言ったのも、合コンの約束を承諾したのも、これってどう考えても修羅場的展開だよね。こういう時、私は怒れば良いんだろうか。

「…すまない。色々、思う所もあると思うが、出来れば言い訳をさせて貰えないだろうか。」

そうやってとても申し訳無さそうに眉を下げる赤司くんに、洋館の時以来の儚さを感じた。そんな顔をしたって駄目だ。赤司くんは私に謝って許して貰いたいのだろうけど、でもね、赤司くん。大学での事情とか、赤司くん自身の事とか、私だってこれまでたくさん情報収集をして来たつもりなんだよ。あまり私を舐めないで頂きたい。

「なんて言うかさ、大変だね。お疲れ。」

私は部下を労う上司みたいに、ポンと肩に手を置いて彼の隣に並んだ。ちなみに顔芸というオプション付きで。
彼は数秒固まった後、ぷっと噴き出して肩を揺らす。顔を覗き見れば先程の緊張した面持ちから安心した表情に戻っていた。

「ふふ…はぁ、本当に…。」
「どう?私の新ネタ。コーヒーのCMの真似。」
「あぁ、ここでそれが出来るのはお前しかいないよ。」
「それ褒めてる?」
「褒めてるよ。やはり名前は只者じゃないな。頭がおかしい。」
「あ、ひどい!」

やっぱり私は怒れないなと思った。私は彼が疲れた時、困った時に、傍にいて肩の荷を下ろしてあげられる存在になりたい。彼の横に頼りなく落ちる銀杏の葉を見てそんな風に思うんだから、私はこの雰囲気に相当絆されているみたいだ。

「有難う、名前。」
「ん、何に対して?」
「色々。いや…全部、かな。」
「つまり生まれてきてくれて有難うって事だね!」
「いきなりスケールが大きくないか。」
「いいの。えへへ、どういたしまして。」

赤司くんは頭良いのに馬鹿だから、私を待たせない為に行きたくない合コンの約束を受けたり、私を男という事にして女子達の注意を逸らしたり、色々気を遣い過ぎているんだ。そういう彼の我慢を分かってあげる事が、運命の相手になる為の近道だったりしないかな。
銀杏の匂いが残る公道をふたり仲良く歩きながら、私はそんな考えに想いを馳せた。

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