薔薇の花園に君を連れていく | ナノ


▼ 7

前は、ただ殺したくないと思った。今は、彼を助けたいと思う。


赤司くんの部屋で立てた作戦をもとに、私達は『赤司くんに恋をさせよう大作戦!』を日々実行していた。といっても、私はただ作戦を立ててその下準備をするだけ。例えば、最初に行った庭園でのピクニックでは、私が料理を作り、場所を用意した。そして肝心の女性を誘ったり、お話して盛り上げたりするのは赤司くんの役目だった。私が他の女性とコンタクトを取ることが出来ない為仕方のない事ではあるが、自分から言い出しておいて下準備しか出来ないというのは少し心苦しかった。けれど、赤司くんは案外ピクニックを楽しんでいたようで、誘った女性達と結構よろしくやっていて安心した。最後に、「俺の好物、覚えていてくれていたんだね。」と朗らかな笑顔を見せられた時には、つい私までその美麗さにクラっと来てしまった。というのも、以前食べたいと言っていた湯豆腐を作って持って行ったのだ。昼間に、ピクニックで。なんという場違い。けれど喜ばれたので全て良しである。

それから音楽鑑賞会もやった。音楽鑑賞という名の赤司くんのソロリサイタルである。これは単に私が聞きたいだけ、女性達へのサービス感満載の企画だったが、それでも赤司くんはこの企画に乗ってくれて、子犬のワルツや幻想即興曲を盛大に披露してくれた。皆卒倒ものだった。もちろん私も、というのは内緒だ。クラシックの独特な雰囲気が洋館を包んで、それだけでもとても見事な演出だった。演奏の後も、クラシックに精通している女性陣と話で盛り上がっていたみたいで安心した。今回私の出る幕は殆ど無くて、赤司くんが自分で女性達を誘って、自分で演奏して、自分から女性に話しかけていた。中にはピアノが出来る女性とバイオリンが出来る赤司くんで二重奏を奏でていて、それは洋館中を包み込む美しい音色だった。もしかしたら、彼女が赤司くんの運命の相手になるかもしれないと、お似合いな二人をみて思った。私は盛大な拍手を送ったけれど、私だって少しならピアノが弾けるのに、と、どこかで思う自分に気付いた。

そして、今日も湯船に浸かりながら明日の作戦を考える。この大浴場も例に違わず大変立派で、大理石の床に大きなお風呂、快適な温度のお湯はライオンの口から出る仕様である。いつも他の女性が入っていても気にならないが、今日は私一人だったのでさらに快適だった。

残り5日。私はどう有意義な時間を過ごせるだろうか。残り5日で、赤司くんに恋をさせられるだろうか。恋をさせるのが無理でも、その取っ掛かりになるような気になる女性を、赤司くんに見つけてもらってからこの場を去りたい。
それから、赤司くんを殺すことも、ちゃんと覚悟しておかなければ。前みたいに手が震えて力が入らないなんて事になったら、私は本当に白の空間から永遠に出られない、本当の意味で死ぬ事になるんだから。私は自分の掌にナイフがある姿を想像して、ぎゅっと拳を握りしめた。





良いお湯だった、とご令嬢が嗜むような真っ白なネグリジェを身に纏い自室に戻ろうとしたところを、私に気付いた赤司くんが困り顔で駆け寄ってきた。

「名前、ちょうど良かった。」
「赤司くん。どうかしたの?」
「大浴場のお湯が出なくなった。」
「ええっ!」

大浴場は男湯と女湯で別れていて、男湯だけ何故かお湯が出なくなったらしい。女性の方は問題なかった旨を伝えると、彼は女湯を使わせてもらえないかと提案してきた。今はちょうど他の女性も入っていなかったし、時刻はもう11時。今から入ろうとする女性も少ないと思う。後は私が女性を見落とさないかどうかだが、流石に扉の前に張り付いていれば大丈夫だろう。私は快く赤司くんの提案を引き受けた。

なにより、赤司くんが数いる女性の中で私を頼ってくれたことが嬉しかった。恋人になりたいとは思わずとも、彼の友人くらいにはなれたのかもしれない。そう思うと自然に頬が緩んだ。


15分ほどすると、髪に水を滴らせた赤司くんが浴場から出てきた。ドライヤーは中にあるのに髪を乾かさなかったのだろうか。私がそう尋ねると、「名前を待たせると思ったから、そのまま出てきてしまった。」と悪気のない顔で言った。なんか高校生くらいの、自分に無頓着な息子が中々髪を乾かさなくて怒るお母さんの気持ちってこんな感じかもしれない。うずうず、と髪を乾かしてあげたい衝動に駆られる。19にして既に母性本能を持ち合わせる私は絶対良いお嫁さんになると思う。

「赤司くん、髪乾かさないと風邪引くよ。」
「ああ、自室で乾かすよ。」
「ちゃんと乾かしてね。それじゃあ、私は部屋に戻るから」
「名前、……いや、なんでもない。」

赤司くんの煮え切らない態度に、何か違和感を感じた。違和感と言うか、また、赤司くんが消えてしまいそうな、頼りない枯れかけの花のような、あの感じ。あの時と一緒だ。もしかして、また。

「赤司くん、修学旅行トークしようか。」
「それは、前に言っていたやつか?」
「そう。今から赤司くんの部屋に行ってもいい?」
「…、ああ、いいよ。」

赤司くんは斜め下を向いてぼうっと何かを考えた後、観念したように弱く笑った。赤司くんの部屋に着くまで、私達はお互い無言で歩いた。

彼は、こんなに頼りなかっただろうか。以前はもっと気を張り詰めていて、決して折れまいという意思がひしひしと伝わってきていた気がする。
今は、私でも気付くような揺れた表情を見せて、弱弱しく笑う。これは、私に弱みを見せてくれているという事だろうか。完璧で、多くの女性に好かれて、一人で殺される事にも耐え続けるような強い精神を持った彼が、私だけに見せてくれる素顔が、愛しい。私はぐっと喉を鳴らして出てきそうになった気持ちを飲み込んだ。

部屋に入ると、ドライヤーを手に取る赤司くんにニヤリとした笑顔を作って手の物を奪った。

「赤司くん、私が乾かしてあげようか。座って。」
「それは楽しいのか?」
「楽しいよ。この笑顔を見ればわかるでしょ?」
「…まあ、名前が楽しいならいいか。」

私は傍にあった丸椅子に赤司くんを座らせると、手櫛でやんわりと髪の感触を確かめた後生ぬるい風を送った。ウィーンと唸るモーター音と共に、猫の毛のような赤がふわふわ風に舞う。彼は目を細めて気持ちよさそうにしていて、そのままパタリと眠り込んでしまうんじゃないかとひやひやした。眠るのはいいんだけれど、今倒れられても私の腕じゃ支えられないから床に倒れてしまう。私は適当に話を振って赤司くんの意識を留める事にした。

「私は今息子が出来たらこんな感じかなって考えてたよ。」
「そうだね。俺は母が生前にこうしてくれていた事を思い出した。」
「お母さん、どんな人だったの?」
「とても優しい人だった。バスケを始めたのも母の勧めでね。体が弱いのに時々応援にきてくれて…俺は、初めはその為に、勝とうと…」
「赤司くん!今寝たら床に一直線だよ!」
「ん…、そうか。このままだと寝てしまうな。」

その後、赤司くんは寝ないようにと頭のツボについて私に詳しく説明してくれた。専門用語が入ってきて全然頭に入らなかったが、要約すると、頭には沢山のツボがあるからこうして触られると気持ちがいいんだそうだ。それはマッサージの話じゃないんだろうかと思いもしたが、赤司くんが気持ちがいいと言っているんだからどうでもいいかと私は敢えて突っ込まずに話を聞き入れた。

「はい、終わりっと。」

カチ、カチと電源を切って、コンセントからコードを引き抜く。赤司くんは大きく伸びをしてようやく現実に戻ってきた。現実と言うか、不思議世界にだけれど。そうして私の髪をみて、俺もしたかったなと髪を一撫でされた。その仕草にドキッと…いやギクッとする。私は髪を乾かしておいて良かったと心底思った。

「さ!髪も乾かし終わったし、修学旅行トークだよ!」
「どうするんだ?」
「取りあえずベッドに雑魚寝します。」
「布団は?」
「かけ…ない。」

シングルベッドに布団を掛けて寝たら色々マズい気がしたので、それは雑魚寝とは言わないと言い訳して布団の上から並んでうつ伏せになった。

「で、何を話すんだ?」
「普通は恋話だけど、私は彼氏がいなかったし、赤司くんに至っては恋愛をしたことすら無いので別の話をしましょう。そうだな…じゃあ私赤司くんの武勇伝が聞きたい。」
「武勇伝?」
「そう。赤司くん負けた事無い超人みたいだから、そんな感じの話。」
「負けた事はあるけど…まあいいか。じゃあこの世界で下着泥棒にあった話でもしようか。」
「なんじゃそりゃあ!」
「この世界で告白されたうちの一人が、この部屋に侵入して俺の衣服を漁ってたんだ。」
「それ実話!?」

そんな感じの話で一通り盛り上がって、その後話が落ち着いてきたら私はうとうとし始めてしまった。赤司くんがもう寝るかい?と優しい手つきで頭を撫でてくる。赤司くんも私と同じでお母さんみたいだと思った。眠い。そろそろ自室に戻らなければ。なんとか意識を保つために、寝ぼけ眼で彼に話しかける。

「赤司くん、好きな女の子は、見つかりそう…?」
「どうかな。」
「そう。ちゃんと、見てあげてね。絶対…いい女の子は、たくさんいるからね。私が、戻る前に…」
「うん。見てるよ。ちゃんと。」
「…あかしくん。」

クス、と赤司くんが優しく笑って私の頭を撫でた。私はその心地良さに耐えかねて、夢の世界へと意識を落とした。ガラスケースの薔薇は、白からピンクへと色を変えていた。



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