私の同居人の神様

キッドの手から作られる世界は鮮やかで、爽快だ。パッと飛び出すトランプや鳩たちは、みんなキッドの手から産み出され、そして自分の意思を持っているかのように動く(実際鳩は自分の意思を持っているのだが)。なんだか違う世界に、おとぎの国に居るみたいだと、目の前でマジックを披露する男を見て小さく笑った。いつものようなキッチリとしたキッドの服装ではなく、マントもシルクハットも、モノクルだってない。だけど彼の醸し出す雰囲気がキッドであり、そしてまた、もう一人の男をも彷彿させる。キッドは黒羽快斗で、黒羽快斗もキッドだと頭では理解していても時々間違えてしまう。別の人物のようで、キッドの手元を見ていると人一人くらいなら産み出せそうだとありもしない妄想を膨らませてみた。
「何考えてんの?」
こちらを見ずに、鳩を撫でながら話しかけてきたキッドに少しの時間をおいてから「ああ」と答えた。こいつはどこまでも人の醸し出す雰囲気がどんなに小さな変化をしても気付く。さすがと言うべきか。観察力はそこらの警察や探偵よりはるかに上だろう。
「お前なら人産めそうだなって考えてた」
「俺、男だよ?」
「そういう意味じゃなくて、ただ、鳩やトランプみたいに、手から出てきてもおかしくないよなってこと」
「なに、それ」
「さあ?」
生憎考えてもなぜそんなことを思ったのか自分でもわからない。キッドはなにか思案顔で手元をじっと見つめていた。自分の手から人間が出てくるかどうか確かめているのか、しかし所詮マジックには種も仕掛けもある。そんなものなしに出すことは不可能だ。それがこの、確保不能の、平成のアルセーヌルパンと言われた男でも、だ。これはただの想像上の話であって、実際に出されたらいろいろと困る。
「……もし、」
「ん?」
「もしも、俺が女の子なら、違ってたのかな」
「なにが」
「赤ちゃん」
そう言ってキッドの目から大粒の涙がこぼれた。バカだバカだと思っていたが、ここまでバカだったとは…。俺は「おい」と声をかけながら握りしめている拳の上に手を添えた。こんなバカな想像させるようなこと言った俺も、同じくらいバカだな。俺はがしがしと柔らかなキッドの髪をかきみだし、そして手を引っ張りベッドまで誘導した。キッドはいまだべそべそと泣いていて、今日は何かあったのかと考える。そこで気付く。そういえばこいつ、マジックを始める前にチョコ食べてたよな──そのチョコはたしかウィスキーが入っていた。もしかしたらいつも以上に涙腺の弱いこいつは酔ってしまっているのでは──そう考えがたどり着くと、一気に肩が重くなった気がした。ウィスキーが入っていたと言っても少量だ、たかが知れている、のに、それで酔うなんて…。酒に弱い、弱すぎる。
「今日はもう寝よう。小学生が夜中まで起きているのはちょっとつれえんだ」
苦笑気味に笑って言えば、泣きながらキッドは弱弱しい声で「うん」と答えた。その声はなんだかすごく子どもっぽくて、俺と反対だなと自嘲気味に笑った。
シングルベッドに大人と子どもがぎゅうぎゅうに収まり、手を握りあっている。いつもならすぐ手を払うも、今日はなんとなく払いづらかった。鼻水を啜る音が暗闇に響き、これがあのキッドなのか甚だ疑問だ。いやもう、ここまでくれば快斗だろう。快斗とキッド、ふたりの境界線が、だんだん曖昧になってきてる気がする。それは、俺がこの男とそれほど関わっているということなのだろうか。
「おやすみ」
最後にずっと大きく鼻を啜ったそいつから出た言葉に何秒かたってから返す。手から人一人産み出せそうだとか、そんなことを思うくらい手からはたくさんのものを産み出し、そして簡単に不可能を可能にしてしまう、そんな奴だけど、やっぱり中身は俺と同じただの人で、汚いこともたくさん知っていて、男はどうしたって子どもを産めないということもわかっていて、だけどどうしようもない気持ちというものも知っている。一緒だ、全部。
「……おやすみ」
目を閉じて考える。最近同じことばかり考えている気がする。だけど考えずにいられない。俺たちは、いつかお互いの時間を共有しあうこともなくなるだろう。触れあい、こうして手を繋ぎ眠ることも、抱き締めたりキスしたり、そんなこともしなくなるだろう。こいつが本当に人を産み出せたなら、どれだけ幸せだろう。ここまで考えて思考はとけた。なんだか、自分だけこいつにすがって求めているようで、悔しい。

おやすみ、次目覚めたときも彼の隣がいい。おはようが一番に言えたらいい。今はそれだけでいい。


私の同居人の神様は人間じみた声でおやすみなさいと泣くのです。




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