焼けただれた春

ただ、彼の手を掴みたかった。彼に必要とされ、彼を必要としたかったのだ。いつもいつも空を切る自分の手だけを見てきた。笑うようにひるがえす白いマントが頭をよぎる。ああまただ。またお前は俺を置いていく──ひらりと舞うマントには指先さえ触れず、奴は消えていくのだ。俺の気持ちなんて知りもしないで。


「なんでだよ!!」
がなり散らす声がうるさいと感じるがしかし、それがあの怪盗キッドが出し、そうさせたのが自分だなんて、なんて幸せだろう。優越感が胸を沸々とわかせ、高揚感特有の焦りでか額に汗が伝う。春だというのにやけにねっとりと肌を這う風が煩わしい。彼を包むならおもいっきり爽やかな風がいい。
キッドの声をBGMに思考をさ迷わせる。ひさしぶりに手にいれた自らの身体からは目線がほぼ一緒で、首がいたくなることはない。俺はクツクツ笑うとキッドは目を見開き絶望したような顔で俺を見た。なんて顔だ。見れたものじゃないな。頭の中の自分はいやに冷静だった。
「…返せ、返せよ」
譫言のように返せと繰り返すキッドは、壊れてしまったようにそればかりを口にした。一体なにを返せばよいのか、彼の言葉には主語が抜けていた。それさえもわからないのであれば、返せるものも返せないではないか。俺はすがるように痛いくらい肩を掴むキッドを見つめた。彼はこんなにも小さかっただろうか。なんだか知らない人を見ているような気持ちだった。
「返せよ、返せ!お前じゃない!お前なんかじゃない!!」
ギシギシと肩が悲鳴をあげる。痛いなあと呟けばキッドの身体は面白いぐらい震え俺を見上げた。そうか、知らないうちに俺のほうが身長が高くなっていたらしい。身体が戻ってから新しいことの連続だ。それがなんとも新鮮で、楽しい。そう、これは楽しいのだ。嬉しいのだ。
キッドは俺の顔をじっと見つめて、じわりと目に涙を浮かべた。これじゃあ怪盗キッドではなく黒羽快斗だ。先代のあの教え通りいつ何時たりともポーカーフェイスは忘れてはいけない。口の端を吊り上げるようにして笑えば、キッドの顔はさらに崩れた。
「違う、違う。こんなの望んでなんかいない。違う」
「違うことはないさ。これがお前が望んだ永遠さ。これならお前とずっと一緒。永遠だ」
「違う、違う。お前じゃないんだ。お前じゃない。俺が永遠を望んだのは、お前となんかじゃない」
一体なにが違うと言うのだろうか。不思議なやつだ。彼は俺を求め、そうして俺は永遠を約束した。なのに彼は違うと言う。お前じゃないと。俺ではないとすれは誰を求めたと言うのか。
「こんなはずじゃなかった。ああどこだ、どこに行ったんだよ──コナン」
その言葉に自分のなかで衝撃が走った。そしてキッドは本当に壊れたかのように名前を呼び続けた。もうこの世に存在しない、バカな子供の名前を。
「コナン、コナン。愛していたよ。永遠に。コナンだけを。コナン、コナン、置いていかないでくれよ…」
俺にすがりながら泣くのは一体誰だ。俺は初めて見るキッドの困惑した姿に驚き、同時に自分が今までのことを客観的に見ていたということに気付いた。なんて滑稽なのだろうか。俺は笑った。笑って腹を抱えた。ああ! なんてバカバカしい!──
キッドが呆然と自分を見ているのがわかる。「しんいち」と彼の口が動いたけれど、自分のバカ笑いで消されてしまった。そうして自分の頬を濡らす得たいの知れない液体を無視して、俺はキッドにすがりついたのだった。


なにもかもはじめからまちがっていたみたいだ。




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