神様、あの子がほしい

緩やかに、たおやかに。揺らめくキッドのマントに、彼にバレないようにキスをしてみた。工藤邸で眠る彼は、静かに呼吸を繰り返している。シルクハットもモノクルも、あの貼り付いた笑顔だって脱ぎ捨てて、マントにくるまり眠る彼は、いったい誰なのだろうか。
(キッドか、それとも、快斗か)
窓から入ってくる風は優しく髪を撫でた。キッドには似つかわしくない朝を迎えようとしている世界は、静かに、だけど確かに動いていく。この時間の空は、何て綺麗なのだろう。そんな、似合いもしないことをぼんやり考えながら、俺は立てていた足に額を預けて息をゆっくり吐いた。
気を張っていないと、常に泣きそうになってしまうようになったのは、いったいいつからなのか。以前はこんなにも弱くはなかったし、涙も、こんなに出ることはなかった、なのに、今は気づけば泣きそうになる。話しているとき、触れているとき、笑ってるとき。それはいつだって隣に快斗がいた。彼が見せる優しさが、こんなにも凶器になるのだと、思った。俺には大きすぎるのだ、彼は。
ポタリと涙が一滴落ちて、そこから声を漏らさぬように下唇を噛み締め足を抱えた。弱い、どうしようもなく、弱い。コナンになってから泣いてばかりでなにもかもうまくいかない。最悪だ、最悪、だけどやはり、コナンでなければ、快斗には巡り会わなかった。快斗には触れられなかった。そう考えると、どうしようもなく、幸せで、どうしようもなく、辛いのだ。重症すぎる。俺は意図せずそう呟いた。
何度快斗から好きだと言われただろうか。いち、に、さん…記憶をたどり数えても、わからないくらい、彼からは言葉をもらった。だけど、何度もらってもこの強欲な子どもは足りないと叫ぶのだ。足りない! 欲しい! そのたび快斗は優しく言葉を紡ぐ。彼の言葉になれたらいいのに。そんなことを思う。それは、自分たちの行く末を知っているからだろうか。男同士で、怪盗と探偵で、今は十歳も年の差がある。未来はもう、わかりきっている。なのに望まずにはいられないくらいに、もう、快斗は俺の世界になっていた。彼を知らない頃に、こんなにも触れあう前に、あの頃にはもう戻れないのだ。世界はなんて残酷なのだろうか。
いつも夢をみている。俺は快斗に追い付けない。走っても、もがいても、彼はその遥か先を行く。滑稽だ。何度も知らしめられた。そんな事実が今はどうしようもなく悲しい。それは夢が覚めたいまでもそうだ。いつだって隣にいるふりして、快斗は前を行く。手を伸ばしても届かない場所に、彼はいる。

嗚咽を塞き止めると咳になって飛び出してきた。静かな部屋に響く自分の咳が、なんだかむなしい。いまが幸せなのだ。幸せで、切ない。これ以上を求めてるくせに、もう、いらない。いるのは、柄にもなく、永遠だけだ。永遠に、彼と、この幸せを。だけどそれを求めれば、この関係は壊れていくだろう。わかっていても、それでも求めずにはいられないのだ。
「…すきだ」
己れの口から出た言葉は掠れて聞けたものじゃない。だけどそれでも、いまはそれで精一杯なのだ。




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