だから嫌いだ

 カシムは、アリババが嫌いだった。彼の綺麗で真っすぐなあの目を、表情を、黒く塗りつぶしてやれれば、どんなに気分が晴れるだろうか! などと考え、バカバカしいと自嘲する。
いつもその繰り返しだ。
 アリババの真っすぐな目線を受けるたび、どうしようもない破壊衝動が疼いて、心臓が軋む。
 しかしアリババはそんなカシムの感情など知らずに、笑うのだ。カシムの嫌いな真っすぐで純粋なあの顔で。

「カシム、カシム見てくれよこれ」
 にこりと笑うアリババの手には小汚い雑草が握られていた。近くにはこのあたりに住むガキたちがアリババに群がっている。そいつらにもらったのだろう。雑草を握りしめ嬉しそうに笑うその顔を蹴り飛ばしてやりたいと思った。
「ありがとうなお前ら。ちゃんと飾っとくから」
 ガキたちの頭を撫でると、ガキたちも嬉しそうに、くすぐったそうに笑う。
 アリババの顔は、憎らしいくらいに母親に似ていて、無意識に目を細めた。


「アリババ」
 名前を呼べば、アリババはやっとこちらに目を向けた。先程から本の虫になっていたアリババは少し不満そうになんだよとカシムに言う。
 カシムは知っていた。その本をアリババは何十回も読んだことがあるということを。内容も書き出しも、頭が良く育ちのいいこいつなら覚えているだろう。その証拠にその本はすっかりくたびれてしまっている。
「なあアリババ、お前、本当に女抱いたことないのかよ」
 ただ呼びかけただけだったが、アリババの顔を見ていると、その小説から目を背けさせたくて何か話さなければと頭を働かせる。
 そして少し前にハッサンやザイナブたちと話した内容を思い出し、これはいいとすぐさま脳内の言葉そのままに問えば、アリババは気まずそうに目線をそらし、うっせえ、とぼやいた。
 その、何ものにも染められたことのないアリババの初心な反応に反吐が出そうになる。
 なぜこの男は汚れを知らないのだ。小さい時はあんなに一緒だったのに……家族だったのに……この腹で燻る黒いものはなんだ! こいつとの違いはなんだ!
「――アリババ、ちょっとこっち来い」
 アリババのベッドに腰かけていたカシムは、徐にアリババを呼んだ。アリババは素直にそれに応え、カシムのもとへ寄って来た。
 小さいころと何ら変わりないあの綺麗で芯の真っすぐな母親によく似たアリババの顔をよく見つめる。この顔なら女にもモテただろう。しかしこの顔と華奢な身体のせいで男にもモテただのろうとも思う。それがなんだか可笑しくて、くすくすと笑ってしまった。
 アリババは怪訝な顔をしながらも、カシムのもとから離れることはない。
 アリババはカシムを信じすぎている節がある。それが小さいころから一緒だったからか、その真意はわからないが、それでもアリババはカシムの傍から離れない。いつも、どんな時でもだ。
 カシムはそんなアリババの、自分よりも細い腕を引き、ベッドに押し付けた。
 アリババは目を見開き、なに、と少し擦れた声でそう問うてきた。カシムはそれに返事することなく、アリババの服を無言でたくし上げる。服に隠されていた肌は、舌打ちしたくなるくらい綺麗だ。
「なっに……!」
「うっせえよ」
 カシムの声は思っていたよりもかなり低く、少し笑えた。
 アリババは初めて聞くだろうカシムの声に驚き、身を縮めていた。そんなちょっとした反応にすら苛立ち、無意識に、今度こそ確かに舌打ちをする。アリババの全てが、カシムの癇に障るのだ。
 ガリっと下唇に噛みつく。カシムに噛まれ切れたのか、それとも元から乾燥していて切れやすかったのか、血の味がした。
そのままの勢いでアリババの首筋にも歯を立て、くっきりと歯形のついたそこを舐め上げる。そうすると、何故だか気分がよくなった。アリババをこうも容易く傷をつけることが、汚すことができるのは自分だけだと言われているようで、妙な優越感に浸れた。
 自分はアリババに許されているのだ。こうすることも、全て。それは、世界でただひとりだけが得られる権利なのだ。
 カシムは様々な個所に歯形をつけ、その度にアリババは悲痛な叫びを口内で持て余していた。隣には仲間が居るのだと意識すればするほど、感覚が鋭くなるのを感じていたが、しかし反応する体を抑える術を、アリババはなにも知らない。
 そんなアリババの不安など露知らず、カシムはいつの間にかぷっくりと膨れていたアリババの乳首に気付き、迷うことなくそこに噛みつき、歯を立てた。
「っあ――」
 その声は今まで聞いたものとはだいぶ質が違っていた。こんなところで感じるのかと感心するのと同時に、もしやアリババはこう言った行為をしたことがあるのかと疑問を抱いた。
――だって、初めてのはずなのに、ここでこんな声を出すなんて、可笑しいじゃないか。
 もしやと疑問が一つ浮かぶとすべてが疑わしく感じ、カシムはアリババから離れた。
 どうしたのかとアリババが瞑っていた目を開ける直前に、カシムはそのままアリババの身体を反転させ、まだ濡れてもいない後孔に、勢いよく指を突き入れた。アリババは一瞬息を止め、シーツを握り締まる。少ししてから荒く息を吐き、苦しそうに呻き声を漏らし、溢れる涙をそのままシーツの海に流す。それがなんだか虫のようで、カシムは知らず、一人笑った。
「お前、何。こっちの経験はあんの? 女との経験はない癖に、男との経験はあるんだ?」
 カシムの問いに、アリババは何を言っているのか分からないという様な顔でカシムを見上げた。だがカシムにとってそんなことなどどうでもよかった。自分の知らないアリババが存在することにただただ憤りを感じていたのだ。
 自分だけが彼に触れる権利を持っていたと思っていたのに。勝手に思い込み、勝手に裏切られていたのだ。
 部屋を見渡し、寝台の近くに置かれていたオイルを手に取り、それをアリババの後孔にどぷどぷと下半身がベトベトになるまで垂らした。冷たいそれに、アリババの身体はしなり、なぜだかそれがカシムには扇情的に映った。
 肉のあまりついていない背骨をなぞり、時折爪を立てる。その度、アリババは身体をビクつかせる。
 誰がここまでアリババを感度良くしたのか。問い詰めてしまいたい気持ちと、聴きたくはないという気持ちが入り混じる。なにも面白くない。
 カシムは休んでいた指を抜き差しし始めた。
 自分が何故ここまで苛立っているのか、自分でも正直よく分かっていない。ただこの苛立ちはアリババが原因だということだけがわかっていたので、それを発散したくてしかたなかった。
 アリババの輝きが、純粋さが嫌いだった。汚してしまいたかった。そうすれば、昔のように、アリババを好きになれるのではないかと、自分のこの感情を正当化しようとしていた。
 しかしいまのカシムにはそんなこと、どうでもよかった。できることなら、自分と言う男を、アリババに刻みつけたかった。アリババが自分を忘れぬように。恨んでくれていいとさえ思った。そうすることでアリババに自分が刻みつけられるのなら。アリババを汚せるのなら。この行為にも、十分な理由ができる。

 ぐちゃぐちゃと汚い音が後孔から鳴るようになる頃にはもう、アリババは力なく枕に顔を埋めていた。
 アリババから洩れる声は、引き攣り、苦痛に喘いでいた。
 カシムは更に一本指をいれ、中をかき混ぜる。こぷこぷと溢れるオイルと直腸液に、嘲笑する。きったねえの。そう呟けば、アリババの身体は面白いくらいにびくついた。
「も、やめてくれ、カシムう……」
「はっ、テメーの孔が離してくれねえんだろうが」
「ひっ、ぐうっあ、あ」
 アリババのその声に眉を顰めた。もしかして、気持ちよくなってきているのか。そうだとすれば、アリババは男の味を知っているのではないかという疑問は、確信へと変わる。だってそうでないと、誰がこいつに気持ちよくなる術を教えたというのだ。
 カシムは奥歯を噛みしめ、アリババの首に巻かれている赤い紐をグッと力任せに引いた。
「お前、とんだビッチ野郎だな。こんなにされて、気持ちいいのかよ。気持ち悪い奴」
「あぐ、や、やめっカシム……!」
 苦痛に歪む顔を覗き見、涙と汗と鼻水でぐちゃぐちゃになったそれに、ゾクゾクと快感が体中を支配したのがわかった。
 自分のことしか考えられないだろうアリババを思うと嬉しさで、そのままアリババの中から指を引き抜く。
 アリババがほっと息をついたのがわかったが、それを無視し、自分のものを取り出す。いつの間にかそそり起っていたそれを数度、アリババの尻の間を擦らせれば、すぐに硬度を増した。
 アリババはその感覚に硬直し、カシムはすべらかな感触に感嘆の声を漏らした。
「カシム、なに、やだ」
「うっせえ、黙れ」
 そのまま、アリババの後孔に自分のものを挿入した。ブチブチと肉が切れる音がする。きちんと解していないそこはきつく、自分のものがちぎれてしまいそうだとすら思った。
「おい、力緩めろ」
「ひっあ、いだい、あぐうっ」
「チッ、役立たずが」
 無理やりに自身を根元まで捩じ込み、そのままの勢いで揺さぶる。アリババは喉を反らし、カシムから逃げるように腕を必死に動かす。だがカシムがそんなことを許すはずもなく、アリババの腰を爪が食い込む程に掴み、ゴリゴと骨同士が擦れ、軋むほどに出し入れを繰り返す。その度にアリババは悲痛な叫びをもらし、シーツを握りしめるのだった。
 アリババの痛いほどの締め付けや、アリババの悲痛な叫びにもっともっとと、求める。
――もっと、もっと俺を締め付けて、持って行ってくれ、抜けなくなればいい、このままふたりで死んでしまえたらいい。
 カシムは感情を隠すことなく、アリババのうなじに噛みつき、体内で暴れまわる。
 このまま食べてしまえたら。アリババの肉はきっと美味いだろう。薄い筋肉に包まれた身体に指を這わせる。太ももの内側はすべすべしていて陶器のようだし、手によく馴染む。
 元から色素の薄い髪や、毛が薄いアリババの脇は産毛のような腋毛しか生えておらず、陰毛も剃っているかのようだ。きっと毛も気付かず食べてしまえるだろう。骨だって、残すこと自体勿体無い。アリババは母に似て綺麗だから、どこもかしこも美味しそうだ。
 べろりと背中を舐める。じりじりとかいていた汗さえも、美味しいと感じた。もう、病気だ。完全にアリババに当てられてしまった。
「カシムう、もっもう、嫌だあ、あっん、やめ、ろよ……はあ、ふあ、あ、いたい、いたいよっ」
 アリババがカシムの方を振り返り、先ほどよりも涙と鼻水でぐ水ぴたになった顔で言った。その、普段では汚いと思うような顔ですら、アリババがすれば綺麗なのだ。何故、いつになったらこいつは汚れる? 黒く染めることができる?
 カシムはアリババの耳たぶをピアスごと噛んだ。そのままピアスを舌で嬲ると、アリババははっと息を詰める。
「アリババ、お前って、俺の何なの」
 不意に頭に浮かんだ疑問をぶつけた。アリババはぐちゃぐちゃになった顔でカシムを見上げる。征服感と優越感が混ざって、腹に溜まる。黒が渦巻く。
――きたねえ。俺は、こんなに汚れてるのに…!…
 アリババの姿を見ると、自分の汚さを指摘されているように思え、カシムは腰を叩きつけた。
「ぐうっあがっ、はあ、はっ。カシ、カシムう……はっおま、お前はあ、俺の、友達っ、だろ!」
 友達だと、相棒だと、自分も口にしたことがあった。しかしこんな感情を抱いて、こんなことをされても尚、友達だと、相棒だと言えるのだろうか。そんなわけがないだろう。自分の中で、誰かが嘲笑った。そうだ。そんなわけがないだろう。だって自分はこんなにも汚いのだから。
 カシムはそんな考えを消し去るように、骨が軋むほどにアリババを掴み、突きあげた。その衝撃にアリババはまた身体を仰け反らせ、痛みに耐える。もう、なにも楽しくはなかった。
 そうだ、友達なんかじゃない。相棒なんかでもない。こいつは、違う。自分たちとは住む世界も、存在も、何もかも違うのだ。
 その事実がなぜだかどうしようもなくカシムを苛立たせた。アリババのなにが嫌いなのか。その原因は何だったのか。いまのカシムにはもう、そんなことはどうでもよかった。
「カシム、いや、だ! あ、もうっ許して、ふあ、あ、んんっ」
「はっもう、出る」
「や、嫌だ、あ、嫌、出さないで、やだ、やだあああ――……」
 どくんと自分のものが大きく脈打ち、アリババの中に射精する。射精の名残でぶるりと身体が震え、その快感をやり過ごす。
 全て出しきるように数度腰を揺らしてから、ゆっくりとアリババから自分のものを抜く。こぷりと溢れた自分の精液をアリババの後孔に戻し、そのままぐるりと孔の中をかき混ぜた。
「あっひううっ」
 気持ち良さそうな声、と笑ってやればアリババが悔しそうに歯を噛みしめたのがわかった。
 そのままそんなアリババを見ていたい気もしたが、しかしこのままでは、今度はアリババを優しく抱きしめ、愛しているだとか、柔らかで美しい、そんな感情の基セックスをしそうだと感じた。何故だか理由はわからなかったが。
 カシムは指を抜き、シーツで指を拭いてから、あまり乱れていない服をこれ見よがしに整えると、扉に向かった。
 出ていく間際、アリババを見ればアリババは枕に突っ伏したままだった。それが何故か嫌だったので、敢えてアリババに声をかけた。
「明日、また襲撃に向かう。その準備、しておけよ」
 他にもっと気の利いた事を言えればよかったが、カシムが思いついたのは、こんな業務連絡しかなかったのだ。
 昔は、どんな話をしていただろうか。
 昔、アリババと二人、日が暮れるまで笑っていた気がするが、何について笑っていたのか。
 今となっては全てどうでもいいことなのだろうが、そのどうでもいいことが大切に思えて仕方なかった。
「……カシム」
 潰れたような声が耳に届いた。しかしカシムはそれを聞こえなかったふりをして声を振りきり、アリババの部屋を後にした。
 憎んでくれればいい。そうしてアリババの感情が黒く染まるのであれば、それでいい。アリババが汚れれば汚れるほど、カシムは嬉しいのだ。
「……い、てえ」
 しかし何故だか胸が痛んだ。どうしようもなく痛い。アリババを汚すことができた。自分を刻みつけた。そしてこのままアリババが自分を憎んでいてくれたなら、忘れてくれなければそれでいいのだ。そのはずなのに、どうしようもなく、痛い。心臓が、頭が、アリババに触れた個所全てが軋む。痛い。
「なんなんだよ、くそっ」
 アリババの小さいころに見た笑みを思い出す。そう言えば最近アリババの笑顔を見た事がない。よく、笑う奴だったのに。小さい頃の安心しきった、バカみたいな笑顔が懐かしい。もう、見ることはないだろうと思うと、妙な虚しさに襲われた。
 笑顔のあと、先ほどの涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を思い出し、それを掻き消すかのように壁を叩きつけた。
 こんな気持ち、知らない。知りたくもない。
 カシムは怒りとも虚しさともつかないその感情を持て余し、小さくアリババの名前を呼ぶ。
 しかし喉がひくついて、上手く発音できなかったそれが何を言っているのか自分でもよくわからなかった。
 廊下に、うまく発音できなかった音が反響してカシムを殴りつける。痛みは、もうずっと前から続いていた。


(ぜんぶ素敵だぜんぶ魅力的だぜんぶほしい、だから嫌いだあれ四捨五入したら愛になるや)




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