救われないこいのはなし

笠松先輩の声がすき。笠松先輩の指先がすき。笠松先輩の背中がすき。笠松先輩の目がすき。笠松先輩が、すき。
目の前でスリーポイントの練習をする笠松先輩を見つめ、ずっと喉の奥で言い続ける。笠松先輩が知るはずもない、俺だけの秘密の気持ち。秘密の言葉。俺を縛り付ける魔法。
笠松先輩は確かめるように、正確にシュートを決めていく。俺はそのフォームだったり、顔だったり、指先だったり、流れる汗だったり、兎に角笠松先輩だけを見ていた。正直いまの自分の世界には笠松先輩しか居なかった。
先輩は男らしく汗をTシャツで拭い、かごからまたボールを取りだし、ダムダムと音を響かせながらドリブルを数度すると、ゴールを見つめた。その目が、すき。先を見据えて、純粋に、濁りのない、先輩の目がすき。そして膝をまげ、ゆっくりとシュートフォームに入る。ボールから離れる、先輩のその指が、すき。男らしい無骨なその指先は、いつだって優しいことを俺は知っている。
見事にシュートは決まり、ネットとボールが擦れ小気味良い音が聞こえた。
「黄瀬」
不意に名前を呼ばれる。先輩の、その声がすき。優しく俺の名前を呼んでくれる、暖かくて、柔らかいから、すき。少しくすぐったく思いながらも、はい、と返事をすれば、先輩は小さく笑った。
「次のインターハイは、任せたぞ」
独り言のような、小さな言葉だった。俺は金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。笠松先輩はそんな俺に気付かないようで、照れ臭そうに笑ってから「片付けるかー」と今度こそ独り言を言い、ボールを集めだした。
先輩が、すきだ。すきです。だいすきなんです。どうしようもないくらい、明日が見えなくなってしまうくらいに、だいすきなんです。ずっと見てきたんです。先輩に出会って俺、変わったッスよ。先輩とバスケしてると、すっごく楽しくて、バスケ始めた時みたいで、バスケがもっとすきになって、でもそれよりも先輩がすきなんです。だいすきなんです。もう、後戻りできないんです。
だから、どうか、ねえ。そんな悲しいこと言わないでください。俺の世界から、先輩、お願いだから居なくならないで。来年も、再来年も、お願い、どうか、同じ世界に居てください。
だけどそんなことなんか言えなくて、俺は涙を、言葉をやっとのこと押さえつけ、へらりと笑って見せた。いつからこんな風に正反対の表情を取り繕うことができるようになったのだろうか。いつから、それが苦しいと思うようになったのだろうか。
「任せてくださいッス」
俺の返事に、安心したように笠松先輩は笑い、その柔らかい顔のままで「黄瀬の癖に生意気なんだよ」と言った。その声が、もうここには居なくて、もう俺の知ってる海常高校バスケ部の、キャプテンの、笠松幸男先輩じゃなくて、ああ、もう俺から、ここから離れてしまうんだと実感した。
「かさまつせんぱい」
呼べば、振り向いてくれる。名前を呼んでくれる。その顔が、声が優しくて、何でも許してくれそうで、その年上特有の優しさが、どうしようもなく嫌いだった。
すきです。言いたくても、笠松先輩との間に感じる距離に、どうすることもできなくて、言葉なんてもう出てこない。


嗚呼、美しい人よ。どうか置いていかないで。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -