ほにゃららクラブ

シンドリアの夜は賑やかだ。煌帝国に居た頃には感じた事がない夜の賑わいに、白龍は戸惑っていた。
初めこそ言い知れない高揚感に寝てしまうのが勿体ないとすら感じたが、数日経てば、毎夜出掛ける訳にもいかず、だからと言って周りからの誘いを断りつづけることも出来ず、シンドリアに来てからの白龍は睡眠不足の日が続いた。
白龍はまだ酒を飲める年でもなく、また強くもなかった為、夜誘われて国営商館に出向いて周りが酒を飲み出しても、いつも食べるか、介抱組にまわっている。
今日も誘われ、断り切れなかった白龍は、他三人と共に適当な居酒屋で時間を共にしていた。
自分を誘った張本人であるピスティは先程からシャルルカンと恋愛談義に花を咲かせている。話は周りの喧騒のせいで途切れ途切れにしか聞こえず、どんな話をしているのかあまり分からない。
隣に座っているアリババは、ピスティやシャルルカンに乗せられ、強かに酔っていた。机に頬を預け、小言を先程から永遠と聞かされている。独り言のようにぶつぶつ言っているが時折「聞いてんのか白龍」と肩をバンバンと叩かれる。その度「聞いてます」や「アリババ殿も大変ですね」など適当に相槌する。満足いく返事がくればアリババはまた話し出す。
小言を適当に聞き流し、適当に相槌を打つ、白龍は今日それをずっと続けている。
手の中のグラスにある氷が溶け、カラリと小気味よい音がした。それを一口流し込み、喉を潤わせる。
周りに目を向ければ、体格のいい者が多く、酒片手にどんちゃん騒ぎをしている。
いつも思うが、居酒屋はいつ来ても騒がしく、この国の民はいつ寝ているのかと不思議で仕方なかった。白龍はと言うと、みんなを介抱し、王宮に何とか酔っぱらいを連れ戻し、それを侍女たちに任せ、湯浴みをし、少し読書をしてから眠るため、必然的に就寝時間が遅くなる。就寝前に書物を読むことが小さいころからの日課なので、それを欠かすと寝つきが悪くなってしまう白龍は、どんなに眠くても数行だけでも読むようにしている。
気を紛らわせるため昨日読んだ所を頭の中で思い出しながら、グラスの中の氷をくるくると混ぜる。すると混ぜている方の腕に隣から腕が絡んできた。その腕は細く、居酒屋の少し暗い明かりの下、何だか妖しく光っているように見え、内心ぎょっとした。女のようだと錯覚してしまいそうで、しかしよく見ると小さな傷跡がたくさんあり、程良く筋肉もついている。男の腕だ。分かっている、分かっているが、疑ってしまう。ぐっと息を飲み込み、腕の続く先を見やる。
「なあんか、白けてねえ? つまんねえ?」
白龍を見上げながらそう尋ねるアリババの顔は、酒のせいでほんのり赤みを帯び、目が潤んでいるように見える。ごくりと唾を飲み込んだ音が、無駄に大きく聞こえ恥ずかしさでアリババから目をそらした。目をそらせばアリババの腕がより白龍の腕に絡まり、バクバクと妙に心拍数が上がった。何故こんなに緊張しているのか分からないが、しかしこの高まる心拍数を抑えることも出来ず、白龍は痛いほど高く鳴る心臓を持て余した。
「なあなあ、白龍」
「……いえ、面白いですよ」
無理やりに笑顔を張り付けそう言えば、アリババはにへらと笑いながら自分のグラスに入っている酒を一口飲んだ。その力の抜けた笑顔にぎゅっと胸を掴まれ、白龍は机に突っ伏した。「どうした〜大丈夫か〜」と間延びした声が聞こえたが、白龍はそれを聞き流しておいた。




「おはよう白龍!」
鍛錬後、銀蠍塔前の中庭で涼んでいると、明るい声が響いた。振り向けばアリババが笑顔で手を振っていた。駆け寄ってきた彼に少しの緊張が走った。昨夜のアリババを思い出し、心拍数がまた高まり、顔が変に引きしまってしまった。しかしそれに気付かなかったのか、それとも自分で思っているよりも表情が変わっていなかったのか、指摘されることなくアリババは気まずそうに後頭をかいた。
「なんか昨日の記憶曖昧なんだよなあ。迷惑かけてたらごめんな?」
「い、いえ。そのようなことは……」
正直、昨日のあれは迷惑ではなかった。勝手にビックリし、緊張しただけなので、アリババに迷惑をかけられたわけではないので、否定しておく。そうするとアリババは「そうか?」と苦笑を零しながら言った。眉を下げ、頼りなげに笑う彼の顔に、どきりとした。
彼のそんな顔は何度か見た事があった。実際にザガン攻略中に何度かしていたが、しかしそれに無意識に胸が軋んだ。
白龍はギュッと胸あたりの服を掴み、アリババから少し目をそらした。
「昨日は、俺も記憶が曖昧で……最近睡眠不足だったもので……」
歯切れ悪く言う。前半は嘘だ。昨日のことははっきりと覚えている。アリババの女性のような艶やかに白く発光していたあの腕も、厭らしく濡れた唇も、潤んだ瞳も、力なく笑ったあの顔も。全て白龍は鮮明に覚えていた。だがそれを言ってしまえば、白龍は他にもっと大変な、後戻りできないような事を口走ってしまいそうで、怖かったのだ。
後半本当のことを言うことで、現実味を帯びたその言い訳に、アリババは気にした様子もなく「そうだったのか」と少し顔を歪めた。
「昨日無理やり誘って悪かったな、白龍。今日はゆっくり寝てくれよ」
肩を緩く叩かれ、そこから伝わる体温に、まるで金縛りにでもあったかのように身体が動かなくなってしまった。アリババの体温は、先程まで鍛錬していたせいか、いつもより熱っぽかった。よく見ればうっすらと汗もかいている。それに気付き、白龍は一気に身体が熱くなることに気付いた。ばっと顔を下に向け「いえ、昨日はピスティ殿に誘われたので……それに断り切れなかった自分にも非があります。アリババ殿はあまり胸を痛めないでください」と早口に言う。この状況からどうしても早く逃げ出してしまいたかった。白龍は目線の先にあるアリババの靴の先を見つめる。早く鍛錬に戻ってくれないだろうかと念を込めていると、「ん〜」と歯切れ悪い声が聞こえた。
「昨日白龍誘おうって言ったの実は俺なんだよなあ。なんか、白龍ともっと話したかったって言うか……まあぶっちゃけ仲良くなりてえんだよ、俺。白龍と」
無意識にあげていた目線の先には、屈託なく笑うアリババがいて、白龍はどうしようもなく彼に触れたいと強く思った。なんだ、これ。と目を数度瞬かせ、それでも何故かアリババが輝いて見えた。意識して止めていなければ今にもアリババに触れるべく、動きそうになる自分の腕に、呆れと戸惑いを感じていた。だって……でも、触るくらいなら……だけど――と頭の中でだって、と、でも、が暴れまわる。
「俺、は。……俺も、アリババ殿ともっと話がしたいです!」
やっとの思いで吐き出した言葉に、アリババは一瞬目を見開いてから、だがすぐに目尻を下げ、柔らかく笑って見せた。
「ありがとうな、白龍。またゆっくり話そうぜ」
笑いながら、肩に添えていた手をゆっくりと白龍の手のひらに持って行き、アリババはそう言った。アリババの手が這った場所が無条件で疼きだす。どきんどきんと高鳴る心臓が白龍をいじめる。身体の至る所に心臓があるかのように脈打つ心臓に、白龍はアリババに聞かれるのではないだろうかと心配した。こんなものを聞かれれば、アリババに変な奴だと思われないだろうか。硬直していく身体に反していまだ元気に動く心臓に、白龍は冷や汗をかいた。
「おーい! 修行再開すんぞー!」
突然二人の間に響いたその声に、二人してびくりと肩を震わせた。アリババから「あ、師匠…・…」と声が漏れ、同時に白龍から手を離した。白龍は内心安心したのと同じくらいにがっかりしていた。何ががっかりなのかと自分に突っ込みを入れつつ、アリババに向き直る。アリババは苦笑しながら白龍を見つめ「わりい、戻るわ」と呟いた。
「じゃあな、白龍」
来た時と同様に、笑いながら手を振り去っていくアリババの背中に、「はい」と小さく返事しながら手を振った。その背中が小さくなってから、アリババに触れられていた右手を見つめる。いつもの自分の手だ。何も変わらない。しかし、以前とは決定的に何かが違う。
――熱い
倒れこむようにその場にしゃがみこみ、はああと深い溜め息のように息を吐きだした白龍は、右手を閉じたり開いたりして、自分の手の感覚を確かめている。熱いのだ。どうしようもなく。触れられたそこかしこが、熱くてしかたない。
ぎゅうっと目を瞑るとアリババのあの力なく笑った顔を思い出し、白龍は勢いよく目を開けた。

触れられた手が熱い理由も、心臓が煩く鳴り続ける理由も、白龍はまだ知らない。




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