夜に沈む

浅く広くが性分で、表面だけの馴れ合いというものをずっと続けてきた。だから誰と誰が付き合おうが喧嘩しようが、俺に関係なければ何でもよかったし、それに自分のことも多少どうなってもいいとさえ思っていた。ただ楽しければいいのだ。真剣になれたのは、マジックをしているときと、あの探偵君と対峙しているときだけだ。それ以外は正直どうなろうと、俺にとってはどうでもいいことなのだ。

「ねえ探偵君」
2週間だけ日本で展示されることになったビックジュエルが今回の的だった。月の光を受けて、光を放つその大粒のビックジュエルを月にかざす。透けるわけはない。最近ではもう、諦めの色が出てきていた。なんだか、そうすることでこの果てしない喪失感を和らげられた気がするのだ。そんな俺の一連の動きを見て、探偵君と呼ばれた子どもが無言でこちらが話し出すのを待っている。今日はいやに無口だ。俺は振り返り子どもを見た。その目は射るように俺を、俺だけを見つめる。ゾクゾクする。俺は、彼のその目が好きなのだ。
「今日も残念なことにこれを返す訳なんだけど、」
と、言葉を区切ると探偵君は手をこちらに差し出した。はやく返せということか。やれやれ、人の話はきちんと最後まで聞くのが礼儀だろ。俺は子どもの目線に合わせるようにしゃがみ、探偵君の手を取った。温かい手だ。子どもなだけあるなと、少し笑うと怪訝な顔をした。そんなところがかわいく思えてしまうとは、俺の趣味も大きく変わったものだな。前はもっとグラマラスでダイナマイトボディな不二子ちゃん系が大好きだったのに。むしろおっぱいが大好きだったのに。
「…おっぱい」
「あ?」
「いや、なにも」
いけない。ついつい思っていたことが口に…。まあしょうがないよな、なんてったって男の子なんだから、俺も。自分のなかで自分を納得させて本題に入る。脳内で脱線しすぎてちょっと疲れた。
「今日は俺の記念すべき日なんだけど、名探偵。だから1つお願い聞いてくれる?」
「は?っておい!」
答えを聞く前に俺は探偵君を抱き締めた。あーぬくぬくだし、柔らかいし気持ちいい。ダイナマイトボディもいいけど、このふわふわぬくぬく感もたまらない。ジタバタ暴れ離せと叫ぶがすべて無視し、綺麗な真ん丸の頭を撫でる。こうしているとすごく落ち着く。しかし周りから見たらなんとも言えない状況だろうと思う。あの怪盗キッドがキッドキラーを抱き締めているのだから。明日新聞にのってたらどうしよう。しかしそれもそれで楽しそうだと笑う。自分の生まれた日に二人で居る写真を全国のみんなが見るのだ。なんだかなんとも言えない優越感が沸き上がる。そうなればいいのに。探偵くんの頭を胸に押し付けた。だがそうなると反対に探偵君は怒るだろう。なんだこれはと新聞をぐちゃぐちゃにしそうで、想像しただけで楽しい。いつも冷静な探偵君も取り乱したり、ものに当たることもあるのだ。
「おめでとう」
「なんだ?」
「おめでとうって言って」
「お、めでとう…?」
「うん」
訳もわからないままに、おめでとうと言った探偵君を抱き締める腕に、さらに力を込めた。力一杯抱き締めと骨が折れてしまいそうな程、細く、そして子どもだ。どれだけ大人な振る舞いをしても、どれだけ頭が切れても、所詮身体は子どもなのだ。彼は、探偵君はそれをわかっているのだろうか。あの時もそうだ。飛行船での事件の時も無茶ばかりして、周りの危険を一気に背負い、本当に、あの時俺の手が探偵君を捕まえられなかったら、もし俺があの飛行船に乗っていなかったら、探偵君は死んでいたのだ。そう考えるとゾッとした。彼が死んでいたのかもしれないと、そう思うと果てのない闇に覆われたような、そんな気持ちになる。
探偵君は光なのだ。俺にとっても、きっと彼の周りもきっと、この小さな名探偵は大切で、かけがえのない存在だ。閉じ込めてしまいたいという気持ちにかられる。しかし、そうすればこの光はどうなるだろう。俺を憎むか、光は消えるか。多分今のように光らないだろうし、そんな光は要らない。この光がいいのだ。時々不安定で、だけどまっすぐとした、彼がいい。
「ありがとう、名探偵」
腕を離すと、探偵君はああと返事をした。自分がなにをしたかなんて、あまりわかっていないだろう。だけど嫌になるくらい頭がいいから、わかっているかもしれない。小さく笑いが漏れたのは、無意識だった。
「ほら、無くすんじゃねえぞ」
そんなヘマはしないだろうが、探偵君にビッグジュエルを持たせながら言った。小さな手からはこぼれ落ちてしまいそうだと、また笑うと怪訝な顔をまたされた。
「では、またこの月の下でお会いしましょう」
言い終わってから素早く探偵君の手首に唇を落として、怒られる前にハンググライダーで飛び立った。夏特有のねっとりとした夜風が肌を包み込むのを感じながら、もう一度笑う。探偵君の言葉を思い出すと口元はだらしなく揺るものだから仕方ない。
少ししてから振り返ってみた。しかし、もう探偵君は闇に溶けていた。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -