ぼくはお兄ちゃん


 

















『うぁあ、にーちゃん怖いよぉっ』

『大丈夫だよアツヤ、僕が絶対守ってあげるからね…っっ』


僕の後には泣きながら怯えるアツヤの姿。


目の前には唸り声を上げながら怖い顔をするリードの付いていない野良犬が一匹。




『ど、どうしよう…っ』





僕たちは野良犬に道を塞がれ帰れなくなってしまった。


















思い返せば数時間前。


夏休みも終わり夕暮れが早くなってきた秋の始め僕とアツヤはお母さんにお使いを頼まれた。



『今晩はハンバーグにするから二人でお使いに行って来てもらえる?』

『うん!』

『そんなのちゃちゃっと終わらせてやるぜ!』






スーパーは歩いて30分程かかる場所にあるが、二人にとって30分の距離など近所の範囲であった。




『これで買い物はおわりだね』

『あとは帰るだけだな!』


レジを通り会計を済ませ食材を二人で袋に詰める。

貰ったお釣りは財布に戻しアツヤの首に紐の付いた財布をぶら下げてやるとアツヤは嬉しそうな顔をした。

『今度はアツヤが会計やってみる?』

『やだ!間違えたら恥ずかしいし、そーゆー役目はにーちゃんがやるもんだろ!』

『えー…なにそれ』

『おれはにーちゃんの見て覚えるからいいんだ!』

『じゃあ、あと3回僕が会計したら4回目はアツヤの番だからね?』

『う、う…う、うん…』


僕はふふっと笑いアツヤと手を繋いで買い物袋を手に下げた。




『お母さん、今日はどんなハンバーグ作ってくれるんだろうね』

『おれ、おっきい恐竜ぐらいのハンバーグがいい!』

『…えと…、それはちょっと、難しくないかな…』



一体アツヤの考えてる恐竜ってどれくらいの大きさなんだろう。
恐竜の卵くらいだとしても相当大きいよね…


アツヤは隣で自信満々の顔をしながら恐竜の何かを話していたが、僕はハンバーグの大きさのことで夢中になっていた。






『随分と恐竜に詳しいんだね』


『へへん!この間テレビでやってたのを見たんだ!あと恐竜の鳴き声って動物の唸り声みたいだったらしいぜ!』


『へぇ、ヤマオヤジくんみたいな声かな?』

『あいつはキャンキャンって鳴くだろ!』

『それはアツヤがヤマオヤジくんに乱暴するからだよ』

『えー、ヤマオヤジがしつこいからだろっ』



恐竜の話しからヤマオヤジくんの話しに変わった時、前の方から唸り声がした。






-ガルルルルルゥゥッ…-




『そうそう!例えば今みたいな声…って……え。』


『あ、アツヤぁ…っ』



目の前に野良犬らしき動物がこっちを睨みつけながら喉を鳴らしてきた。



『な、なんだよお前!あっち行けよ!』

アツヤはヤマオヤジの時のように野良犬に大声を出しながら追い払おうとした。


が。




-ワン!ワンッ!!!ワワンッ!…グルルル…-


『うぁあっ…!!』



アツヤの声に興奮したのか更に吠えながらこっちに近付いてきた。



アツヤも弱気になってしまい震えながら背丈も変わらない僕を縦にするように後へと隠れてしまった。


こんなに怖がるアツヤを見るのは久しぶりだ。


僕もアツヤが敵わない相手に勝てるとは思えなかったけど、何とかこの状況を回避しなくちゃと怯えるアツヤの手を震えながら握ってあげた。



『うぁあ、にーちゃん怖いよぉっ』


『大丈夫だよアツヤ、僕が絶対守ってあげるからね…っっ』







野良犬を睨み返すようにしているとひとつだけ解った。


あっちは僕たちを見てるんぢゃなくて、僕たちが買ってきた買い物袋を見続けていることに。



野良犬がもうすぐ目の前に近付いて来た時、とっさに僕は買い物袋から買った肉を取り出し遠くへ投げた。





野良犬は僕の投げた肉を追いかけ端に落ちる瞬間口にくわえ込み牙を向けながらラップに穴を開け食べはじめた。







『!に、にーちゃんそれ…!』


『良いから早く!』




野良犬との距離はそんなに遠くない。
塞がれていた道がほんの一瞬空いたくらいだ。
僕はアツヤの手を引きながら必死に走った。

















『にーちゃん…お肉…っ』

『うん…』



ハンバーグに使うはずだった大切な食材を僕はあの野良犬に投げてしまった。



日も沈み暗くなった道を歩きながら僕とアツヤは少し軽くなった買い物袋を下げ帰宅した。







『お帰りなさい二人とも』




家に帰るとお母さんは玄関で待っていた。



『あ…っ』


『随分と帰りが遅いからお母さん心配しちゃったわ。』


どうやらお母さんは僕たちを迎えに行こうとしていた所だった。


『あの…お母さん…っ…』

『どうしたの士郎?』

『ハンバーグ……お肉…買ったんだけど…その…っ』





買い物袋をお母さんに渡しながら士郎は俯いた。
何て説明をしたら良いのか解らなくて泣きそうな顔をし謝った。


『ご、めんなさい…、お肉…途中で投げちゃって…っ…』


『投げ…?』


士郎の言ってる事が理解出来ず首を傾げると今まで黙ってたアツヤが口を開いた。


『にーちゃんは何も悪くない!』

『アツヤ…?』

『お母さん、お願いだから、にーちゃんを怒らないで!』


アツヤは兄の変わりに買い物帰りにあった事を全て話した。



『まぁ…そんな事があったのね…』

『……せっかく買ってきたお肉なのに…ごめんなさい…。』


士郎はお母さんに顔を見せないまま俯きただ謝った。



『いいのよ、士郎も怖かったでしょう?』

『…!』

『お母さんは士郎とアツヤが無事にこうやって帰って来てくれれば、それで良いんだから。』

『お母さんっ…』




『アツヤの事守ってくれてありがとう、お兄ちゃん。』


『う、うぇっ、ええぇ、んっ』



お母さんに抱きしめられ頭を撫でられたら我慢してた涙が一斉に溢れ出した。




『うぁあっ、お母さん、にーちゃんの事怒っちゃダメだって言ったのにぃっ!』


そして隣にいたアツヤも何故か一緒に泣きはじめた。



安心して気が抜けたのだろう。







『わぁ!シチューの匂いだ!』


本来ハンバーグだった吹雪家の晩御飯はシチューへと変更になった。


『机に並べるから運ぶの手伝ってもらえる?』



『はーい!』



僕とアツヤはシチューを食卓へ運びお父さんが帰ってくるとお母さんも入れて家族みんなでシチューを食べた。





もちろん夕食の話題はお兄ちゃんの話。