2013/07/11 10:51

街に飾られた短冊が風になびいて揺れた。笹の葉が鳴る。子どもたちの願いが空に昇る様子がなんだか微笑ましく思える。
期待した天の川は都会の光でぼやけてちっとも見えなかった。倉院ではまわりの星さえバッチリ見えたのに。ここは違う。なるほどくんと私が生きたところには雲泥の差があったんだ。どちらが悪いとは、言わないけれど。

足どりは軽い。
きっと願いは叶うと、あたしは信じている。そうじゃなきゃ…あたしのこの気持ちはどうなるの。どうなってしまうの。
そんなやりきれなさを抱えて、事務所に続く階段をとんとん音をたてて登る。
ドアノブを思いきりひねってドアを開けた。いつも通りの事務所、の中でも、なるほどくんが仕事机に伏せているのが一番に目に入った。いつもならその広い背中を叩いているのだけれど。

「なる、…」

起こしちゃだめだ。声を何とか喉の奥に押し止めて、そろりそろり、と歩く。
チャーリー君に吊られた短冊がエアコンからの冷風に揺れていた。ひとつ、さびしく。あたしは鞄から折り紙を一枚取り出して、真ん中を折り、鋏で切って短冊形にしてから、上に穴を開けてこよりを通した。鮮やかな橙が
すこし目に染みた。
事務所の備え付けの油性ペンのフタをいい音をたてて外す。なるほどくんがわずかに身じろぎをした…どうか、起きないでいて。

(叶えて、お願い、)

きゅ、と独特の書き心地が指を震わせた。
大きな字が浮かび上がった。チャーリー君にこよりを結びつけて、事務所の窓に向けて吊るした。なるほどくんはこれを見てなんて思うのかな。分かりきっている。そう思うとかなしい気持ちになった。
織姫は、彦星は。見てくれているのかな。ここから見えないところから、はたして見えるのかな。

「ん…」

なるほどくんが頭を重そうにあげて、まぶたをごしごし擦った。あたしは、泣きそうになった。

「あれ、真宵ちゃん?今日は里にいるはずじゃ…」
「七夕祭り、行きたくて!」

理由にしてはもっともでしょ?
ただのでっち上げにすぎないのにね。

「い、今から…」
「まだ6時だよ。始まったばっかりだって!」
「わ、分かったから!耳を引っ張らないで!」

人の流れ。屋台のにおい。ざわめき、あたしはそれらを頭に浮かべた。
短冊は二つになってもさびしそうに見えた。星は結局見えないままで。

「ほら、行くよ!」

気づいて、と、橙に書いた。なるほどくんはそれを見て首をかしげてくれる
、そんなのが願いだなんてちっぽけだけど、あたしはきっと、いつか。
気づかせてあげたい。



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