じゃあ帰るとき連絡して頂戴。黒門君に宜しくね。

赤が好きなのは認めるけど、あの人のように派手な赤ではなく、猫のような眼をした彼の色が良いんだ。蠱惑的な赤ではなく、強く優しく揺らめく炎の色。約一週間ぶりの面会。本当は彼の大好きな林檎のコンポートや甘いマロングラッセなんかを手土産にしたいけどそれは叶わない。以前持っていったときゼンポージせんせーに見付かってドン引きするほど怒られた。
ああ、今日は起きてるかな。

相変わらず真っ白な世界で眠る彼の瞼は紅く色付いていた。恐らくまた泣いていたのだろう。赤を湛えた美しい青年は実によく泣く。学園時代にも彼の瞳は濡れることが幾度かあったけど、この狭い箱に入ってからは眼を見張るほどになった。病気関係で辛くて泣いてるのかと思えば、誰から聞いたのか(たぶんバカ藤か三ちゃん)、僕の作品がコンクールで賞を取ったことを自分のことみたいに喜んで泣いていた、なんてこともあった。彼は毎度謝ってくるけど、ぶっちゃけ泣くことに関してはあんまり困ってないから逆に困る。嘘とか冗談なら息をするみたいに口をついて出てくる僕だけど、繊細な彼を更に泣かさない様にあやす台詞は知らないから、いつもおもちゃみたいな飴玉を形の良い口に放り込む。そしたら彼は、学年首席だったくせに、幼児のように一度眼を丸めてから花も恥じらうほどそりゃもう愛らしく微笑み、すっかり泣き止んでしまうんだ。ああくっそ、思い出しただけでまじ可愛い。

それにしても、今日はやけに顔が青白い。それはさながら、昨日僕が買った文庫本の表紙を埋め尽くす雪山の如くである。彼の美しさは余りにも脆く儚げで、触れれば雪の様に溶けてしまう気がした。冷たい手に触れると微かに震えて、ああ生きてんだと視界がぼやける。普段の彼は、病のせいか眠りが浅い。だからこうして彼が全く目を覚ます気配がないとき、僕は柄にもなく消極的な思考を繰り広げてしまう。このまま二度と目覚めず全部終ってしまうんじゃないかとか、ああもうそれなら彼のことを忘れてそんで可愛い彼女でも作ろうかなとか、考えて吐き気がした。しんでしまえ、ぼく。ばかやろうこんなに好きなのに、大好きなのに、どうしてお前はいなくなるんだよ。ずっと死ななきゃいいなんて馬鹿げたことを望むけど、それは叶わないし叶ったとしても、死なない存在なんて最早お前じゃない別の何かなわけで。ただ、もう離れたく、ないなあ。あ、目え覚ました。

御約束のように彼は泣き、僕は壊さない様に細心の注意を払いつつ薄い体を抱き締めた。何にも気にせずに思い切り抱き締めて、嬉しいけどちょっと苦しいごめん、なんて耳まで真っ赤にしてドルチェみたいに甘い言葉を聞いたのが遥か昔のことのように思えた。あのときから彼の体はお世辞にも男らしいものではなかったけど、それでもこれほどまでに尖った肩をしていただろうか。僕の胸に、彼の謝罪する声がぶつかった。彼の声帯なのか何なのか何が悪いのかは詳しく知らないけど、あんまり上手く話せなくなった為に、僕らの会話は極端に減った。僕は下手くそな喋りや聞き辛い声なんて別にどうでもいい。黒門伝七が黒門伝七でありさえすれば、それ以上望むことはしない。だからこそ、彼の口数が減ったことは実を言うと残念だったりする。それに僕だって彼と話すとき平常心でいられた試しなんてない。いつもよりワンテンポ早い鼓動が聞こえやしないかとか、思ったことをうっかり口にして下心とか諸々がバレて幻滅されやしないかとか、本調子なんてまるで出せる気がしない。だからさ、ゆっくりでいいから、二人で下手くそなお喋りしようよ。

僕の持ってきた本の表紙を見て呟いた彼の一言に、僕は何も返せなかった。久しぶりに明瞭な声を聞いて驚いたのと、ただ純粋に返す言葉が思い浮かばなかったのと二つの想いが混ざりあっていた。ああ、ほんっとに僕って何にも出来ないんだな。ふと、抱き締めている彼の体が咳と共に震えた。衣服を通して移る彼の熱に、炎のように暖かくたゆたう命を感じた。

空が茜に染まりきる前に、見慣れたナースがいつもと同じ言葉を吐いた。あんまり粘ると今度は主治医のあの人がやってくる。いい人だけど、あの笑顔はちょっと怖い。また来るよ。 今はこんなおもちゃみたいな飴玉しかないけど、ほら、お前いつか言ってたじゃん。まるでポラリスの欠片のようだねって。君によく似てるねって。今度はお前のお気に入りの駅前にある洋菓子店のシュークリーム、もってくるよ。ゼンポージ先生に怒られるぐらい、平気だって。ほんと。だからさ、ねえ、お願いします。次に僕が来たときも、どうか目を覚まして。

ああ、また君の涙が



流れる





兵太夫視点です。趣味全開すぎる。。。伝七にとって兵太夫は北極星。彼を追いかければ道は開ける。彼はいつでも伝七を照らしてくれる。はあ。


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