狩屋はそれはひどいひねくれた少年であった。いわゆるあまのじゃくである。狩屋はそれが大切な相手であればあるほど、悪態をついてしまうという困った性格をしていた。狩屋をよく知っている人間、例えばヒロトなどは、そんな狩屋の悪い癖をよく理解しているため、困ることはない。しかし付き合いが浅い人間となると、そうはいかない。その人が狩屋の性格を理解する前に、悪態をつく狩屋のことを不快に思ってしまう可能性だってある。しかし狩屋はそれを直そうとは思っていなかった。厳密に言えば、直せないのだった。大切な人に優しく接するのは、狩屋には何よりも難しい事であった。恥ずかしいのだ。ただそれだけの理由だが、それは何より重要なことであった。 そんな狩屋にとって、茜は不思議な人物だった。今までの経験からすれば、たいていの人間は狩屋の口の悪さに苛立つはずだが、茜はそうではなかった。というか、全く気にしていないのだ。狩屋は時々、この人には自分の声が聞こえていないのではないかと思う時がある。だから狩屋はそんな茜のことが気になって、ますます意地悪なことを言う。他のマネージャーには猫をかぶったように笑顔で話すことができるのに、茜の前だとどうしてもそれができない。それは、狩屋が茜のことを好きだからなのだが、狩屋自身はまったく気づいていない。はたから見れば狩屋の行動は、小学生の男子が好きな子を苛めてしまうのと同じようなものだった。だからほかの部員やマネージャーたちはみな気付いている。そして狩屋が茜に何か言うたびに、またかと少し呆れるのだ。だが、そんな周囲にはバレバレの狩屋の気持ちも、茜には届いていないようである。 「茜さんっていつも神童先輩ばかり撮ってますけど、飽きないんですか?」 「飽きないよ。だってシン様はいつも違う表情してるもん」 「へー、そうなんですか。俺には全然わかんないけど」 棘のある言い方をする狩屋だが、茜は微笑を崩すことなく答える。そのやり取りを見ていた葵と水鳥は「またやってる」と内心呆れながら、でも面白いので黙っている。茜はデジカメを操作しながら、うまく撮れた一枚を嬉しそうに眺めている。ほら、違うでしょう。そういって狩屋にデジカメを見せる茜。狩屋は何だか面白くなくて、拗ねるように言った。 「…他の人は、撮らないんですか」 「え? ちゃんと部員のみんなは撮ってるけど」 「…そうじゃなくて」 狩屋は茜が他の部員も撮っていることを知っていたはずだった。それなのに、訳の分からないことを言ってしまって少し焦る。−−何が言いたいんだ俺は。狩屋が本当に言いたいのはそんなことではなかった。本当は、神童ばかりでなく自分も見てほしいという気持ちがあったのだが…そんなことは言えるはずもなく、いつも通りの事しか言えない。葵と水鳥には狩屋の本当に言いたいことは何となく分かった。しかし狩屋の言っていることはそれと大きくずれているし、茜はそれに気付く様子もない。そんな二人にもどかしさを感じて葵と水鳥は溜息をつきそうになる。 すると茜は何か少し考え込むようにうーんと呟き、狩屋に見せていたデジカメの電源を切る。そして、なんてことを言ってるんだろう、ああ、と自己嫌悪に陥りかけている狩屋に向かって言う。 「じゃあ狩屋くんもいっぱい撮ってあげる」 「…え」 「だって撮ってほしいんでしょ?」 「いや、え、そ、そんなこと言ってないじゃないですか!」 「違うの?」 首を傾げる茜に、狩屋は言葉が出てこない。――どうしてこの人はいつもこうなのだ。狩屋はいつだって茜の言葉に心を乱される。今だって茜は、狩屋の心臓をドキドキさせてそれでいて自分は何も気づいていないような、普通の顔をしている。いや、おそらく茜は本当に気付いていないのだ。自分の今の発言がどれだけ狩屋に衝撃を与えたか。 狩屋はうるさい心臓の鼓動を聞いて、「もしかしたら自分は茜さんのことが好きなのかもしれない…」と一瞬思いかけて慌てて否定した。違う、これは、あまりにも突然のことで心の準備ができていなかっただけだ。そう自分に言い聞かせて狩屋は茜に言った。 「違い、ませんけど…」 「じゃあ狩屋くんいっぱい撮るね」 「えっ!?」 あまりにも不意打ちの爆弾のような茜の言葉。狩屋は驚いて、茜の顔を見る。茜はいつも通り、普通に笑っている。そんな茜に狩屋は恋をしている。うまくその愛情を表現できなくても、狩屋は茜が好きなのだ。もっとも、狩屋がそのことを自覚するまでにはあと少しかかりそうである。 君の悪口って僕にとってはさ、愛情表現なんだよね title by 歯車 |