狩屋はふいに茜を後ろからぎゅっと抱きしめた。今日は二人で茜の家で過ごしている。たわいない話をしていたら、急に狩屋の体温が伝わってきたから茜は一瞬驚いた。でもすぐに笑顔へと変わった。
 普段人前ではこんなことを絶対にしない狩屋だが、茜と二人きりだと違った。最初に家でデートしたときも、その次のときも、狩屋は二人になった途端甘えん坊になる。今のようにいきなり茜を抱きしめたり、突然ちゅっちゅっと音を立てながらキスをしてきたり。はじめはそんな狩屋のことを、恥ずかしがり屋さんなのかな、と茜は思っていた。けれども、次第にそんなことはどうでもよく感じるようになった。そのときの狩屋の真っ赤な頬を見て、愛おしく思ったからだ。
 −−ああ、これは狩屋くんが私にしか見せない表情なんだ。茜はそう気づいた。それからは、狩屋が何をしてきてもあまり驚きはしない。むしろ微笑ましいくらいだ。いつもはこんなことしないのに、二人だと可愛い−−茜はひっそりそう思っている。それに狩屋はいくら二人だからといって茜が嫌がることは絶対にしない。だから茜は狩屋の行動を怒らないし、一緒に楽しむ。
 今も、狩屋は後ろから茜を抱きしめている。顔は見えないけれど、くっついた背中から狩屋の心臓の音が聞こえる。それはいつもより速くて、ドキドキしているんだなあ、と茜はにこにこしながら思う。狩屋はなかなか離れない。もう何分経っただろうか。無言のままこうしているなんて、他の人が見たら笑うかな−−、茜はそう思ったけれど、狩屋にこうされていることが幸せだからただ微笑む。それから更に何分か経って、茜は「狩屋くん」と呼んだ。


「どうしたんですか?」
「何でもないんだけどね、あのね」
「はい」
「いつでもこうしていいんだよ」


 そう言うと狩屋は驚いたように「え!」と言った。そして、「こ、こんなこと人前じゃ無理ですよ」と慌てる。その様子がおかしくて、茜はあははと声を出して笑った。
 おそらく狩屋が求めてくるのは安心感なのだろうと茜は思う。なぜ、とかそんなことは分からないが、茜は一度だけ狩屋から「施設で暮らしている」となんとなく聞いたことがある。そのとき狩屋は遠くを見つめて、少し寂しそうな顔をしていた。茜はその日をよく覚えている。それから茜は、狩屋から甘えられることをますます嬉しく思うようになった。
 施設での暮らしは茜には想像出来ないが、つらいことも沢山あったのだろうと思う。狩屋が一人で背負いこんだ悲しみや苦しみに押しつぶされそうになるとき、こうして自分を求めるのだと茜は考えている。でもきっと、狩屋は今の暮らしでいい人たちにも出会えたし楽しいことも沢山あったはずだ、と茜は思った。だって茜を抱きしめる狩屋の手は優しくて、愛を知っている手だったからだ。




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title by 歯車

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