爪にマニキュアを塗った。茜にとってはそれは初めてのことであった。ただ、いつも休日に会うときにきらきらと輝いている葵の爪を茜は見ていた。何色にも光り、まるで生き物のような葵の爪は、茜には別世界のものに思えた。茜はそれまでマニキュアなど塗ったことがなかったが、葵がふと口にした。茜さん、爪の形綺麗だから似合うと思いますよ。そうして茜は葵にネイルを施してもらうことになった。爪に伝わるマニキュアのひんやりした冷たさや、独特の匂いに顔をしかめながらも、茜は楽しいと感じていた。 「よし、できましたよ!」 「わあ、すごい…葵ちゃんって器用なんだね」 葵とお揃いの色に輝く爪を見て、茜は感動した。同時に嬉しさがこみ上げてきた。−−こうして、葵の世界を知ることが楽しい。どんどん顔を覗かせる葵の素敵な一面を、少しでも知りたい−−。茜はそう思うから、慣れないきらきらの爪が何より美しいものに見えるのだ。 はしゃぐ茜の姿を見て、葵は少し照れたように笑った。大袈裟ですよ、と言いながら、葵の頬が赤くなる。茜はそんな葵と同じ世界をもっと知りたくて、葵の頬を撫でた。 −−−−−−−−−− 写真を撮った。葵にとってはそれは新鮮な出来事だった。ファインダー越しに広がる世界を切り取って一枚の写真にする。葵はそれまで写真を撮ることを特別楽しいと感じたことはなかったが、今は違った。茜が横でさりげなくアドバイスをしてくれている。そんな状況が葵の心をどきどきさせているのだ。いつもはふわふわした感じでにこにこと笑っている茜が、写真に対しては見たことがない位真剣でそのギャップにどきどきする。−−私の知っている茜さんて、こんなにかっこいい人だったっけ−−。葵はそう考えながらシャッターボタンを押す。 「うん、今のいい感じだよ」 「本当ですか!嬉しい」 茜に褒められたことが嬉しい。葵はにやける口元を隠しきれなくて、茜に「どうしたの」と聞かれてしまう。葵はなんでもないです、と答えながら幸せを感じていた。 −−茜さんの世界を少しでも知れて幸せだ。こうして茜さんのいろんな顔をもっと知っていきたい−−。葵はそう思うから、このなんでもない写真が宝物のように感じるのだ。 にやにや笑う葵を見て、茜も楽しそうに微笑む。それはいつもの茜の笑顔で、さっきまで見せていたきりりとした表情とは違った。ふわふわした茜の笑顔に、葵はどきりとする。その心臓の鼓動を隠すように、葵は慌ててカメラを茜に向けた。パシャリ、と音がして撮れた写真には、一番好きな茜の笑顔がおさめられていた。 言葉にしたら陳腐になるから僕は君にキスするよ title by 歯車 |