「お前って、山菜と付き合ってるのか?」 霧野にとってそれは、もうお馴染みの質問であった。だから霧野は普通に「いや、付き合ってないけど」と答える。聞いてきたクラスメイトはその答えに驚いた表情を見せ、嘘だろ、と呟く。その反応も霧野は何度も見たことがある。 霧野はサッカー部のマネージャーである茜と仲がいい。部活でない時もよく話すし、休日は一緒に出かけたりする位だ。だから周囲の人々は二人が付き合っているのではないかと思うらしいが、それは全く違った。確かに仲はいい。しかし、茜は霧野のことを友達のようにしか思っていないのだ。女友達と付き合うのと同じことで、霧野は茜にとってなんでも話せる友人と思われていた。 だが実は霧野の思いは茜とは違っていた。霧野は茜のことが好きだった。それは友情ではなく恋愛の意味の「好き」だ。だけど霧野は、茜が自分を友達以上に見ていないことをよく理解していた。でも霧野はそれでいいと思う。たとえ友達でも茜と仲良くできるのだし、周囲の人間からは付き合っていると誤解されるのもなんだか嬉しい。だから霧野は、このなんとも言えないぬるい関係が好きだ。 質問してきたクラスメイトはどこか納得いかない様子で席へ戻っていく。茜は口を開かなければ可愛らしいため、そこそこ男子から人気がある。そんな理由もあって、霧野との関係を疑う男子も多い。霧野はその男子たちに対して少し優越感がある。−−茜は口を開くと、神童の話しかしないんだぞ。茜のそんな姿を知っているのは俺だけなんだ−−。もちろん口に出して言わないが、霧野は茜のことなら誰よりも知っている自信があった。 そう思っていると、霧野の前に人がやってきた。霧野がぱっと顔を上げると、そこにいたのは茜だった。おお、タイミングいいな、と霧野が思った瞬間、茜はにこっと笑って言った。 「今日一緒に帰ろう」 「いいけど、何かあるのか?」 「ちょっとシン様の話がしたいなあって」 「またか」 「だってシン様はどれだけ語っても魅力が尽きないんだもん」 「本当飽きないよな、茜って」 呆れた顔をしながら、霧野は嬉しくて仕方なかった。どうせ帰り道も神童の話ばかりだけれど、自分が茜の特別になったような気になるのだ。まるで親友のように接してくる茜だが、霧野はそれで満足だ。この不思議な距離が今日も霧野を幸せにする。 霧野は机から次の授業のノートを取り出す。そして茜の顔を見て言った。 「話、付き合ってやるよ」 「やったあ、ありがとう」 「じゃ、帰りにまた」 「うん」 去っていく茜の後ろ姿に見とれていたら、さっきのクラスメイトがまた近づいてきた。やっぱり本当は付き合ってるんだろ? そう聞いてくるから霧野は「違うよ」と笑った。−−俺は茜の親友なんだ。そんな言葉が口から出そうになる。そして霧野はふと思った。親友でもいい。こんなに素敵な日々が続くのなら、いつまでも茜の一番の友達でいようと。クラスメイトが「えぇ?」と不思議そうに首を傾げる。霧野はふっと笑って「本当だよ」と言った。 こういう関係も悪くない title by 歯車 |