幸せというものは脆くて儚い。やっと掴んだと思ったらすぐに指の隙間から逃げていく。目に見えない幸せを思い描きながら、茜は葵を待っていた。校門の前で、夕日が世界をオレンジに染めるのをただぼんやりと見つめる。ふいに「この景色が好きだなあ」と思ったとき、ぱたぱたと走る音がした。茜は振り向く。そこには少し息を切らした葵がいた。茜は最近葵の足音が分かるようになった。それは密かな自慢だが、茜は誰にも言っていない。こうして葵を待つ時に、自分だけが分かる葵の気配を楽しむのだ。 「茜さんごめんなさい、遅くなって」 「いいよ。帰ろう」 「はい!」 茜と葵は歩き出す。こうして一緒に帰ることが、茜の幸せだ。一日を頑張ったご褒美のような時間である。葵の隣でたわいない話をして、笑いあう。それだけなのに茜は嬉しくなる。今日も二人はサッカー部の話や、どうでもいい話をする。どんな内容を話しているかなど、二人にはたいして重要ではなかった。ただお互いが隣で同じ時を過ごしていることが楽しい。はじめはばらばらだったのに気づいたら同じ歩幅で歩いていて、茜はくすりと笑った。葵はそんな茜を見て同じように笑う。そして茜は微笑んで言った。 「ねえ、葵ちゃん」 「なんですか?」 「私、幸せだよ」 「…私も、です」 葵の少し照れた横顔を見て、茜の胸はきゅんとなる。今すぐ抱きしめたいほど葵が愛しく感じて、茜は泣きそうになった。こんな時間が永遠に続けばいいのに−−茜は夕日のオレンジ色に染まる世界を見て思う。葵の姿もオレンジで、美しくて今にも消えてしまいそうに思える。その儚さはまるで幸せのようだった。 茜と葵は同じペースで歩く。二人ともいつもよりゆっくりなのは、この時間が少しでも長く続いてほしいという思いがあるからだ。 茜はふと思った。たとえいつか葵と離れる日が訪れても、このオレンジの世界を見る度に今日を思い出すだろう。葵を愛していた自分を、思い出すのだろう。脆くて儚い幸せを確かに掴んでいたことを、一生忘れたくない−−。 茜はそう考えて、葵の横顔を何度も見る。夕日に照らされた葵はとても綺麗だ。じっと見ていたら葵が恥ずかしそうに「どうしたんですか?」と聞いてきた。茜はふふ、と笑って「なんでもないよ」と答える。そんな二人の姿が確かにあったことを、茜はずっと覚えていようと思った。 夢は君の傍らに生涯いること title by 歯車 |