茜→拓勝要素あり 少女漫画に出てくるようなヒーロー。それは自分とは正反対の存在だと、狩屋は思っていた。決まって彼らは優しくて、その笑顔で何人もの女子をノックアウトさせてしまう。ヒロインのピンチには必ず現れて、カッコ良く切り抜ける。狩屋はそんなヒーローにはなれない。 狩屋は茜が好きだった。しかし、狩屋が茜と出会うずっと前から、茜は神童だけを見ていた。神童は狩屋とは面白いほどに何もかもが違っていた。神童は温室で大切に育てられた植物のようだった。狩屋はそんな神童の育ちの良さを目の当たりにするたび、うへえと思った。でも狩屋はすぐに理解した。自分はこの人に勝つことは出来ないと。 茜の目にはいつも神童しか映っていないようだった。狩屋は何度か勇気を出して茜に話しかけたが、その度に神童の話を聞かされた。三度目くらいのとき、狩屋は「よく飽きないな」とふいに思った。でもそれは当たり前のことだった。誰だって好きな人の話は飽きない。狩屋だって、神童の話を聞かされると分かっていても茜に話しかける。それと同じことだと気づいてから、狩屋はますます神童に勝てる気をなくした。「どれだけ願おうとも、自分は茜さんの一番になれない」−−狩屋はいつしかそんな諦めを覚えていた。 狩屋はずっとこれが続くのだと思っていた。しかしある日、事態は思わぬ方向へと動いた。神童に好きな人が出来たのだ。狩屋はそれを茜から聞いた。いつものように神童の話をしている時に、突然茜は狩屋に告げたのだ。シン様ね、好きな人が出来たんだって。あ、これ、誰にも言わないでね。そう言った茜は傷ついたような表情をしていて、狩屋は胸が痛んだ。だが、ちくりと刺すような痛みと共に、狩屋の中に期待にも似た思いが生まれた。 −−こんなタイミングを狙うなんて、ずるいのだろうか。本当のヒーローはいつだって正々堂々とヒロインの心を狙い撃つ。少なくとも、ヒロインが泣き出しそうなほど悲しい時に心を奪おうとすることはない。狩屋はそう思うと、喉まで出かかった思いを飲み込んだ。だめだ。こんなことをするなんて、ずるすぎる…。そのまま立ち去ろうとした瞬間、茜が目に涙をためてぽつりと呟いた。 「恋って、つらいね」 茜が自分の状況を嘆いたのか、もう二度と恋する人に会えない神童を憐れんだのかは分からない。ただ狩屋は、その茜の切ない表情を見てはっとした。−−ずるくたっていい。俺は、この人が泣かないでいてくれたら、それでいいのだ。たとえ王道のヒーローになれなくてもいい。ならなくていい。そのかわり俺は、ヒロインの手を取ってその心をかっさらう役になろう−−狩屋は決心して、ぐっと自分の手を握りしめた。そしてさっき飲み込んだ言葉を、おそるおそる口に出す。 「茜さん、俺、茜さんが好きです」 さあここから逆転しよう title by 歯車 |