こんなに報われない恋は初めてだ。


茜は今まで何度も片思いを経験した。そのほとんどは女の子が相手の叶わない恋であった。いくら茜が相手を好きでも、茜はその子の恋愛対象にもなれない−−そんなことばかりで、茜はすっかり慣れてしまっていた。誰かを思うことも、その思いを封じ込めることも。
それなのにこの恋は何もかもが違った。まるでそれは初恋のようだった。その相手は、後輩で茜と同じサッカー部のマネージャーをしている空野葵だ。葵はいつもキラキラ輝いていた。ほんの些細なことできゃぴきゃぴはしゃぐ葵を見て、茜は自分が忘れてしまった純粋な心を思い出していった。悲しい片思いですっかり傷だらけの茜の心は、傷一つない綺麗な葵に強く惹かれた。それは息をするより自然なことで、たとえ神様がいたとしてもこの恋を止めることなど出来なかっただろうと茜は思う。
それから茜は、初めて恋をした少女のようになった。葵のことをちらちらと目で追いかけ、どきどきしながら会話をする。茜はそんな自分に驚きを隠せなかった。自分はまだ、こんな風に恋が出来るのだと。茜は葵の一言に一喜一憂した。そして少しでも葵の笑顔が見れたら素直に嬉しがった。茜は葵に恋をして、小さな幸せを知った。好きな人の側にいられること。毎日声を聞けること。それらはささやかだが、どんなことより茜を幸せな気持ちにした。−−もしも叶うのなら、このままでいたい−−茜はいつしかそう願うようになっていた。甘く切ない日々をずっと過ごしていたいと、茜は初めて思えた。今まではただ、「相手が自分を好きになってくれたらいいのに」としか思えなかったのに、だ。−−葵が自分を好きになってくれなくていい。このままの関係で、隣で笑いあっていられたら…。そう茜は毎晩祈っていた。


しかし悲しい片思いは、どこまでもその姿を変えることはないのだった。それはよく晴れた日のことだった。いつものように茜は葵と話をしていた。その日の葵はなぜかそわそわして落ち着きがなかった。そしてなぜかいつもより美しかった。葵が綺麗な髪を耳にかける仕草に見とれながら、茜はなぜだろうとぼんやり考える。すると葵は唐突に、目を伏せて言った。


「実は、−−と付き合うことになったんです」


−−ああ、こんなに報われない恋は初めてだ。
茜は自分を襲う絶望の波に飲み込まれないよう、必死に笑顔を作った。「…おめでとう、」なんとか絞り出した言葉は震えていたけれど、葵は頬を赤くし照れていて、全く茜の異変に気付かない。茜は引きつった笑みを浮かべたままでいた。そうしていないと今にも涙が溢れてきそうで怖かった。葵は周りをきょろきょろ見回して「内緒ですよ」と恥ずかしそうにはにかんだ。茜はうん、と答えるのが精一杯で、葵の顔をまともに見ることが出来ない。
茜の中で、今までの日々が浮かんでは消える。初めて知ったささやかな幸せも、永遠を願ったこの関係も、消えてしまいそうになって、茜は泣き叫びたくなった。やめて、消えないで、と。それでも思いは栓を抜いたお風呂のお湯のように一気に流れていく。葵に出会って恋した茜だけが、取り残された。空っぽになっていく茜の目の前で、葵は幸せそうな笑みを見せる。葵はきっと今、満たされているのだ。茜はそう思うと胸が苦しくて、なぜだろうと考えて気づいた。初めて味わうこの痛みは、失恋の痛みであると。




ばいばい、大好きな貴方


title by 歯車

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