閉じ込めておきたい。彼女を、ほかの誰にも見つからない場所に。茜の中にそんな思いが芽生えたのは、水鳥が好きだと感じた時からだった。いくら水鳥の口から「好き」という言葉を聞いても、どれだけ唇を重ね合わせていても、茜の心は満たされることはなかった。それどころか、誰かが水鳥を奪ってしまうのではないかという不安ばかりが大きくなっていく。 茜は、自分が誰よりも水鳥を好きでいる自信があった。いつもは男勝りな水鳥がたまに見せる弱さ。何よりもあたたかくて、陽だまりみたいな笑顔。そのなにもかもが茜には魅力的に見える。自分ほど水鳥の素敵なところを知っている人は、この世界のどこにもいないと胸を張って答えられるほどにだ。 だけれど、水鳥の魅力を感じれば感じるほど茜の心には不安が募っていく。誰かが自分しか知らない水鳥の表情を知ってしまったら。考えると悲しくて、ひっそりと枕を濡らす夜もあった。それほどに茜は水鳥に恋焦がれており、茜はいつでも水鳥の事ばかり考えていた。 そして次第に「閉じ込めておきたい」という感情は強くなっていった。誰にも触れられない、茜だけの場所に。それは束縛にも似ていた。でも茜は、水鳥が自分以外の誰かと話していても腹を立てたりはしない。そのさっぱりした性格で友達も多い水鳥のことだから。そう思うようにしていた。もっとも、実際は心の中にぐるぐると黒い気持ちが渦巻いていたのだが。茜はそれを極力顔に出さないようにしていた。そしてそのもやもやを、水鳥とのキスやじゃれあいでかき消すのだ。 そうして今日も、茜は水鳥をぎゅっと抱きしめていた。まだ誰も来ていない部室で、二人は互いの背中に手を回す。水鳥の長い髪に顔をうずめると、いい香りがした。茜はこのシャンプーの香りが好きだ。その香りを何度も嗅いで、茜は平常心を取り戻す。さっき、水鳥と仲良さげに話していた女の子の顔が徐々に頭から消えていく。そして水鳥への愛しさだけがこみ上げてくる。 茜は顔をうずめたまま、口を開いた。 「ねえ、水鳥ちゃん」 「ん?」 「私、水鳥ちゃんのこと、閉じ込めておきたいなあ…」 「…それは困る」 「なんで?」 「だって閉じ込められたら茜を抱きしめられないだろ」 「…そうかな、」 「ああ、そうだよ」 「…ふふっ、そうだね」 茜は笑った。閉じ込めておきたいと真剣に考えていた自分が馬鹿馬鹿しくて、なんだかずっとこうして抱き合いながら水鳥と話をしていたくなった。しかしもう少しで部員たちがやってくる。そして水鳥と茜はマネージャーとして働く。でも今だけは、せめてあと一分だけはこうして水鳥を抱きしめていよう。そう思った瞬間、抱き合う行為はまるで閉じ込めることのようだと茜は感じた。自分の腕の中に相手を閉じ込めて、独り占めする。茜はすでに水鳥を閉じ込める術を知っていたのだ。それなのにあんなに思い悩んでいた自分がおかしくて、茜はまた笑った。これからはこうして水鳥を抱きしめよう、そして、何度でも水鳥を自分の腕に閉じ込めるのだ。茜はそう思って、水鳥の顔を見た。水鳥は何度も笑う茜を見て「変な奴」と不思議そうに茜に言う。茜はそんな水鳥がやはり愛おしくて、両手で水鳥の頬を抑えてゆっくりキスをした。 ほかの誰を愛せというのか title by るるる |