稚児の揺り籠 | ナノ
女特有というか、女限定の痛みというものがある。それはもう本当千差万別で、腸が千切れてしまうんじゃないかと思うほど痛いと感じる者もいれば、そんなもの知りませんよとけろりとした顔で答える者もいる。なんともまあ後者は羨ましい限りである。わたしはどちらかというと前者に分類される方の人間だ。月に一度やってくる排卵がどうとかいうそれに伴う下腹部の非常に酷い痛みを初経を迎えてから何度も耐えてきた。誰にも打ち明けられないこの痛みを必死で耐えてきた。わたしはもしかすると病気にかかっていて、その病気が原因でこんなにも苦しんでいるのではないか。そうとも考えた。しかしわたしは不治の病にかかるほど病弱ではない。寧ろ健康体だ。現実はやっぱり甘くはない。同じ女である母も、祖母も、友人たちも、苦しんでいるかと思えば彼女たちは後者の人間だった。ちくしょううらやましいこれは遺伝ではないのか。わたしだけ突然変異というやつか。ちくしょうちくしょうくやしい。お蔭で誰にも理解されないまま、わたしはこうして今も悶絶しながらこの痛みに耐えているのだ。ううう、つらい。しんだほうがましかもしれない


「大丈夫?」

「リドル、」


顔色悪いけど医務室に行く? 目の前で麗しい顔を曇らせながら訊ねる少年にわたしは首を振って必要ないと紡いだ。どうやらあまりにもわたしが苦悶に震えながら顔色を悪くしていたそうなので心配してくれたらしい。リドルにも心配する心があったん…おほんおほん、わたしのために眉根を寄せていたリドルが今にも凍り付きそうになる笑みを作り上げたので慌ててわたしは笑顔を繕った。ダイジョウブダイジョウブ、気分ガ悪イダケダカラ ちゃんとわらえていたかは微妙だけれど、リドルがそう、と呟いて教壇に視線を寄越したのでなんとか誤魔化せたようだまさか顔に出ていたなんて。そんな自分にびっくりだ。今まで誰にも悟られぬようにポーカーフェイスで過ごしてきたのに。今回の痛みが相当酷いのか、それともわたしが単に気取ることが下手くそになったのか


「生理痛?」

「まあそんなところかな…ってなんでリドルがそんな言葉を」

「僕に知らない言葉なんてないよ」

「はあ、」

「君も大変だね」


不覚だった。全く誤魔化しきれていないじゃないか。リドルは羊皮紙に書き取りをしながら呟いた。その横顔も当たり前のことながら様になっている。ところでわたしに対して何が大変なんだ? …ああ、生理痛のことか。確かに大変という言葉じゃ言い表わすことが出来ないほど大変だ。尋常じゃないのでね。リドルは男性だから羨ましいよ。この痛み、一生経験しないものね。わたしが男だったなら、この痛みを一度でも経験したら女性に優しくしようと絶対に心に誓うと思う


「代わってほしいくらい」

「そんなに?」

「味わってみれば分かるよ」

「例えばどんな感じなの」

「お腹の中を杖で掻き毟られる感じ」

「何それ」


リドルが可笑しそうに笑った。例えが分かりづらいと小言を洩らしながらも、わたしの言いたいことを汲んでくれたのか、やっぱり同じ言葉ではあったが、大変だね と呟いた。これは彼なりの優しさなんだと思う。僕が代わってあげたい、なんて一度も言わなかったけど


「未来の闇の帝王さまにはこんな痛み感じる必要なんてありませんしね」

「そういうことだね」

「でもいい経験になると思うな」

「例えば?」

「わたしに優しくなる」

「もう十分だろ」

「ええええ」


あんまりですよリドルくん。確かに優しいのかもしれないけれど、君ってばわたしに十分な優しさを分け与えてくれたことなんて今まで一度も…、あ、嘘です。今の聞かなかったことにして下さい。今クルーなんとかって言おうとしましたよね?生理痛で苦しんでいるわたしを更に苦しめようとするわけですか。ははーん、あなたドSですね。あああ、分かりましたから物騒な呪文はやめて下さいお願いします。リドルが凄くいい笑顔なのは気になるけれど杖をしまってくれたので安堵した


「じゃあ仕方ないから、僕からの優しさ」

「ん?」

「生理痛が酷いと、胎児の眠る子宮内の寝台はとても気持ちいいそうだよ」

「…赤ちゃんのベッドはふかふかってこと?」

「そういうこと」


それがどうしたというのだろう。遂に彼は頭でも狂ったのかと思ったが、体調不良なため青色に変色したわたしの唇に押し付けられた何かで、ぴーんと閃いた。つまりはそういうことですか月経の比じゃない痛みを伴うそうですが、仕方ない。リドルのためにも頑張ってあげようかな
押し付けられたそれが離れたとき、リドルは悪戯が成功したような、でもなんだか照れているような、くしゃりとした笑顔をわたしに向けた


(せめてホグワーツを卒業してからにしてね)
稚児の揺り籠20110726/透徹
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