短編 | ナノ



「好きや」


俺の唇で紡いだそれに、目の前に立つ少女は睫毛を細やかに震わせた。どうしてだと言うたげに両の瞳が大きく見開いて、無垢な漆黒に俺の顔を二つ写し出しとる。俺の兄弟たちは俺そっくりな顔で表情を改めとったけどその眼光の奥にある歪んだ悦は全く隠し切れとらんかった。爛々としとる。あかんあかん、楽しんどる場合やない。この子の返事を聞かなあかん。どうなんやと言葉にするんは野暮な気がして一歩だけ彼女に近付いた。俺の真似をするかのように彼女も一歩後退する


「…ありえへん」

「何が?」

「自分がわたしのこと好いとるなんて」

「ありえへんことはないやろ」

「冗談としか思われへん」

「疑いすぎやわ」

「せやかて…、わたしなんかじゃあかんわ」


首を目一杯横に振る動作は、きっと所謂ノーサイン。ああやっぱ振られるもんなんやなあ。苦笑で肯定した俺に彼女は眉を寄せて、俺より幾倍も辛苦な顔付きをしとった。なあみょうじ、俺やって阿呆やないんや。とっくの昔にお前の気持ちなんかこちとら気付いとるんやぞ。それでも頑なに否定するっちゅう行為は滑稽やと思わへんか?早う俺に落ちてこいや


「簡単やで」

「?」

「そないに自分が悩む必要ないんや」


じりじりと確実に、完璧に、獲物を捕らえるためにゆっくりと壁際に追い詰める。逃げ場をなくした彼女はおもろいくらい動揺しとった。瞳に薄い膜が張っとる。俺は彼女の左肩を逃がさへんように掴んで、左手でみょうじの頬を掬い上げた。肩が小さく跳ねる。困惑で瞳が揺れる。ああほんま、なんでこいつをいたぶるんはこないにおもろいんやろう


「俺に好きやって言えばええんや」


真っ青な顔をしてみょうじは頭を左右に振った。やっぱりノーや。ごっつ強情やなあ。それだけは無理だと絞りだすように呟いた。そないにイエスと答えるんは難しいことか?友達に遠慮してんねやろ。 俺の返答に図星を刺されたかのように彼女は俯いた。スカートの裾を握る白い手が、更に恐ろしいまでに白く変わる。その手を俺の手で絡み上げた。嫌がる白い手を乱暴に掴み上げるんは、まるで強姦を連想させるようで。むっちゃ興奮した


「言うてみ?俺が好きやって」

「いやや、無理、絶対あかん」

「気にすることあらへん、なあほら」

「わたし、白石と不釣り合いやんか‥!」


あの子の方が幾倍をわたしより可愛い。みんなに好かれてる。要領がいい。性格がいい。友達も多い。純真無垢を言葉にしたような女の子だ
遂に彼女の頬に大量の涙が伝い始めて、嫉み続けたそれを叱責するかのように吐き出した。確かに自分が言うようにあの子は可愛いと思うわ。俺から見ても完璧な女の子やわな。せやけどそんなんおもろないねん。俺はもっと俺を本能から俺自身を楽しませてくれる可愛がり甲斐のある女子がええんや。せや、例えば自分みたいなな


「そんなん関係あらへんわ」

「白…石」

「壊し甲斐あんで自分」


せやから早う落ちといで。俺がいつでもお前全てを受け取めたる。どんなに拒んでも、どんなに遠くへ行こうとも、俺は絶対にお前を逃がさへん。束縛してやる
止めと言わんばかりにみょうじの唇を無理矢理奪ったった。まるで蜘蛛の巣に絡みついた蝶のように、おもむろに抵抗する力がなくなっていく。諦めたんやろか。それが俺に降伏した報せのようで、愉悦に胸が躍っ


(
わたしを捕らえたのは邪を孕む貌をした獣でした)


下処

へそ/120304
song by CLASH!!