![]() 四月一日、日曜日。 休日にも関わらず、兄貴が普段と変わらず、いや、むしろ普段よりも早く起きてきた。しかも超いい笑顔のオマケ付きで。 嫌だ。 果てしなく嫌な予感がする。 「お……おはよう兄貴。どうしたんだよこんなに早く……」 「おはよう望。実はな、聞いてほしいことがあるんだ」 ヤバイ。 女の子が見たら卒倒しそうなくらいに格好いい顔を作ってる。 こういうときはヤバイ。予感が確信に変わる。 「な……なに?」 でも、ここで聞き返さないとおそらく兄貴の機嫌が悪くなる。だから、気持ち兄貴との距離を開けながらそう尋ねれば、兄貴からは衝撃の言葉が返ってきた。 「実は俺、結婚するから」 「け……結婚?」 「ああ、結婚」 「……誰と?」 俺は、純粋な興味から思わずそう訊いてしまった。 だってそうだろう? ここのところ、付き合ってる彼女がいるって話しも聞いてないし、最近女の子を家に連れてきたこともないし。 なのに結婚。 話が突飛だよな。 そんなふうに考えながら兄貴の答えを待っていると、兄貴はなぜか得意げな顔でこう言った。 「そりゃもちろん、可愛い女の子とさ。望より家事もできて家庭的だし、最高さ」 今まで歴代の彼女たちを、ことごとく俺と比較してはダメ出ししてきた兄貴が最高とまで言うんだ。きっと、本当に素晴らしい女性なんだろう。 話が突然だったから驚いたけど、おめでたいことには違いない。 だから。 「よかったな、兄貴。俺も嬉しいよ。おめでとう」 兄貴に負けないくらいの笑顔で祝福の言葉を伝えたのに、兄貴はなぜかその場でがっくりと膝をつき、床に「の」の字を書き始めた。 ――なんで? 翼、次いで颯が起きてきたところで、兄貴の結婚話が実はエイプリル・フールの嘘だと判明した。 四人揃っての朝食の席。颯が冷めた目で兄貴を見やる。 「どーせ、のん兄に『結婚しちゃイヤ!』とか言われたかったんでしょ」 「………」 沈黙は肯定らしい。 ということは、逆にダメージを与えてしまったのか、俺は。 ごはんを食べながら、ひとしきり兄貴をいじっていた颯が、不意に顔を上げ俺を見た。 「ねえ、のん兄。僕、彼女ができたって言ったら、どうする?」 探るような瞳。 嘘か? これもエイプリル・フールの嘘なのか? 「えっと、もし本当なら祝福する、かな?」 本当なら、という注釈をつけてそう伝えると、颯の目つきが呆れを含んだそれに変わった。 「のん兄、僕がのん兄のこと好きって言ったの、完全に忘れてるでしょ」 「……あ」 「ついでに、ヒカ兄がのん兄のこと好きって言ったのも忘れてたでしょ」 「……うわ」 「ぐはぁ……!」 妙なうめき声を上げテーブルに突っ伏す兄貴。すると、それまで無言だった翼がおもむろに口を開いた。 「ねえのん兄、俺がもし、彼女できた、って言ったら?」 ――え? 彼女? もし本当なら、兄として祝福してあげたい。 なのになぜだろう。 胸の奥がつかえて、素直にそういう言葉が出てこないのは。 「のん兄」 催促は、なぜか颯から。 からからに渇いてしまった喉を麦茶で潤してから、俺は言葉を絞り出した。 「も……もちろん祝福するよ……」 「ふぅん」 意味深に呟く颯。無言を通している翼。 やがて颯が、食器を手に立ち上がった。 「なんか、完全に負けてるって感じだけど、今はまだいいや。今はね」 そうして、未だダメージを負ったままの兄貴を無理矢理立たせて引きずって、リビングへと向かう。 俺は、静かになったダイニングで、まだ隣に座ったままの翼に恐る恐る話しかけた。 「……翼、あの……さ、今のって……」 「うん、嘘」 その一言を聞いた途端、急に気が抜けた。 そっか。 嘘か。 「嬉しい?」 「――え?」 「嘘だと、嬉しい?」 嬉しい、のかな、これ? でも、嘘だとわかって――。 「ほっとした?」 思考の端を翼が的確にすくい上げる。 「うん。そうだな。ほっとした」 「そっか」 自然と微笑みながら肯定したら、なぜだか翼はとても嬉しそうで。 その後、家事をたくさん手伝ってくれて、その日の俺は大助かりだった。 ――そんな、土岐家のエイプリル・フール。 END |