散髪 前髪が目にかかり、じゃまだな、と思うようになってから一週間。純平は溜め息吐きつつ自室を出て、階下へと向かった。 日曜日に必ず母親がいるとは限らない、だけど今日は確かいるはず。そう思ってまずリビングを覗くと、そこでまたひとつ、溜め息が出た。彼の弟の勇翔が、テレビで戦隊モノの録画を見ながら遅い朝食を摂っていた。 純平に気づくと、そのくりっとした目を彼に向けて無邪気に挨拶をする。 「あ、おにいちゃんだー。おはよー」 「おはよう」 勇翔に答えながら純平は、勇翔の頭を見る。そうして半ば覚悟を決め、台所にいる母に声を掛けた。 「母さん、床屋に行きたいんだけど、お金もらえる?」 「それならついでに勇翔も連れて行って頂戴」 水仕事で濡れた手を拭いて財布から紙幣を取り出しながら、母親は純平が思っていたとおりのことを口にした。 「おつりは、おこずかいにしていいから」 「わかった」 純平は母親から紙幣を受け取ると、勇翔の元へ行き、テレビに夢中になっている勇翔に声をかける。 「勇翔、あとでおにいちゃんと一緒に、床屋さんへ行こうか」 「床屋さん? やだー」 まだ小さい勇翔は、理髪店が苦手だ。さすがに騒いだりはしないが、終始落ち着きがなく、カットされている間、何度も注意される。それをわかっているから母親も、これ幸いと純平に押し付けてきたのだ。 勇翔のことは嫌いではないが、自分ひとりなら短時間で済むことも、勇翔が一緒にいることでその分手間を食う。せっかくの日曜日、時間を無駄にしたくはないのだが。 それでも。 (嫌いには、なれないんだよなぁ……) 純粋に自分を慕ってくれる、全身で好きだと表現してくれる、この小さな手を、突き離せない。 「おりこうさんにできたら、おにいちゃんがごほうびを買ってあげるよ。それに」 「?」 「髪、短くしたらきっと、レッドみたいに格好よくなるんじゃないかな?」 画面の中の戦隊の中心にいる人物を指差しながらそう言えば、「床屋」と聞いて沈んでいた勇翔の顔がぱあっと明るくなった。 「行く!」 「うん、ご飯食べ終わってからね」 髪を切りたい、そう思ったときにはいつも、勇翔の影がちらついて、純平は憂鬱な気持ちになる。 だけど実際、予想したとおりに勇翔を連れて行くことになっても、想像していたよりも気持ちは沈まない。 その理由は、純平にはよくわからない。 わかるのは、ただひとつ。 時折こんな風に、心の中に嫌な気持ちが芽生えても、勇翔のことを決して嫌いにはなれないということ。 こんな些細なことで嫌いになんてなれるはずもない、たったひとりの、年の離れた、大切な弟、だから。 END |