華温度


 隣に建つ一貴の家――佐藤家とは、物心ついた頃から家族ぐるみの付き合いをしていた。
 オレと一貴も、まあ、それなりに仲がいいとは思うけど、親同士は、それに負けず劣らず仲がいい。
 毎年恒例の、両家揃っての二年参り。それに子供たちだけ参加しなくなったのは、いったい、いつからだっただろうか――。





「おじゃましまーす」
 勝手知ったる他人の家。玄関先で一応、形ばかりの挨拶をして、靴を脱いで家の中へと上がる。
 いつもまっすぐ一貴の部屋へ向かうので、当然のごとく階段に足を乗せかけたところで、当の一貴がリビングの扉から顔を覗かせた。
「那由多、こっち」
「あ……、うん」
 廊下へと足を下ろし、一貴の待つ方向へと足を進める。
 両家の親はそれぞれ、「未成年の息子をひとり残し」ていくことは心配だけど、「二人なら大丈夫」と思っているらしい。
 お互いに「一貴ちゃんと一緒なら」、「那由多ちゃんと一緒なら」、「大丈夫」と思っているのが、なんだか笑える。
 一貴の親はどうかわからないけれど、オレの親は一貴に全幅の信頼を寄せているので、出かける間際まで何度もしつこく「一貴ちゃんと二人で仲良く〜云々」と念を押されたこともあり、オレは今、一貴の家に来ている。
 かなり距離のある有名な神社まで車で出向くので、両親が帰ってくるのは元旦の、おそらく昼過ぎ。それは毎年オレも経験していたことだから、ほぼ間違いない。それまで、この家で、一貴と二人きり。
 あまり足を踏み入れたことのないリビングに入り、勧められるままにソファに腰掛ける。
 なんだか、落ち着かない……。
 別に初めて来たわけでもないのに、きょろきょろとあたりを見回していると、一貴が飲み物を運んできた。
「ココアでよかった?」
「あ、うん。アリガト」
 渡されたマグカップを両手で抱えるように持ち、熱い液体に口をつける。
 体中に染み込んでくる甘さと暖かさにほっと息をついていると、リモコン片手に、一貴が隣に座ってきた。そうして、つけっぱなしになっていたテレビのチャンネルを、次々と変えていく。
 いつの間にか零時を過ぎていたらしい。どの局も「おめでとう」を言い合っている中、ひとつの局で一貴の手が止まった。
 それは同じ事務所所属の男性アイドルグループが複数組集まって行う、カウントダウンコンサートの模様。オレは特に興味もないけれど、情報としてだけなら知っている。
 一貴、こういうの好きだっけ……?
 不思議に思いながら隣を見ると、一貴はふっと口元を歪めて呟いた。
「コイツも、俺と同じなんだな」
「?」
「今日、誕生日なんだろ」
 言われてもう一度画面に目を向ける。テレビの中では、他の局のような視聴者に向けての新年の挨拶ではなく、一人を取り囲んで、周りからの「おめでとう」が続いていた。
 中心になっているアイドルは、仕事柄とても恐縮しているようだったけれど、新しい年を迎えるのと同時に誕生日を迎えられるなんて、とてもすばらしいことだと思う。
 そして、新年と誕生日を同時に迎える人がここにも一人。親達には悪いけど、そんな一貴と二人きりでこの瞬間を迎えられることは、素直に嬉しい。
「一貴、おめでとう」
 隣を見上げながら毎年恒例の、新年の挨拶と音は同じでも含まれた意味の違う言葉を告げれば、一貴はオレを見返しながら口元を緩めた。
「今年も、那由が一番だな」
「お祝いの言葉だけでごめん。何か欲しいものある?」
「欲しいもの……」
 キスを仕掛けたのは、果たしてどちらからだったのか。
 お互いの服を脱がせ合って、ラグの上で一貴に組み敷かれ、貫かれた頃には、そんなことはもうどうでもよくなっていた。
「あ、あああっっっ!」
 内壁をかき分け、太いものが一番奥にたどり着いた瞬間、オレは声を上げて達していた。
 生暖かい体液が、腹の上に飛び散る。
 動きを止めた一貴が、オレを見下ろす。その眉間に刻まれた、深い縦皺。
「……ッ、あんまり、締めるなよ……」
 言いながらゆっくりと体を倒してくる。当然、精液にまみれたオレの腹から胸にかけての肌が、一貴の肌に密着する。気持ち悪くないのだろうか。頭の片隅で疑問に思ったけれど、一貴はそのまま腰を使い始めた。
「アッ、まだダメッ……!」
 絶頂の余韻を残す敏感な体。まだ中に入ったままの一貴が少し動くだけでも、足腰がびくびくと震える。
 だけど一貴は、オレの拒絶をあっさりと一蹴した。
「無理。待てないから」
「ヤッ、あっ、アァッ」
 新しい年を迎えてから、まだほんの数十分。それなのにオレ達は、裸になり、お互いを求め合っている。
 傍から見たらおかしいのかもしれない。罰当たりかもしれない。でもオレ達には、これが自然な気がした。
 内壁を擦り上げる一貴のに煽られて、萎えたはずのものが再び熱く、硬くなっていくのがわかる。
 一貴はオレの肩を抱えるように抱きつくと、耳元に唇を寄せた。
「那由」
 熱を孕んだ低い声。ただ名前を呼ばれただけなのに、耳のそばで甘く響くそれがまた腰にクる。
「んっ、はっ、あっ」
 少し腰を浮かせた一貴が、右手をオレのに回して、追い立てるように扱き始めた。
 狙いを定めて器用に動く一貴の手。その手に包まれたオレのから蜜が飛び、また肌を濡らしていく。
「あっ、カズ……、イ……くっ、また出るっ……!」
 肩のあたりに掛かる一貴の息も、荒く、早い。一貴にもきっと、余裕はない。
 いやらしい音をたくさん立てながら、がくがくと震える体。
 最奥をえぐられて、限界まで突き上げられて、そして――。
「那由が、俺の」
「も……ダメ……、カズッ、イくっ、イ、くぅ……!」
 中に熱い体液を注ぎ込まれるのと同時に、耳元で囁かれた言葉。
「……いつも、俺のそばにいれば、それでいい……」
 それが「欲しいもの」に対する答えだってわかったのは、体を清める目的で入ったはずの風呂で、今度は後ろから貫かれながら、再び同じ言葉を告げられたときだった。





 結局寝るために一貴の部屋へ移動した時にはもう、時刻は丑三つ時を過ぎていた。
 体の疲れもあって、飛びそうになる意識を何とか保ちながら、ベッドに入る。
 全身を包む毛布の暖かさ。
 もう、目を開けるのさえ億劫だ。
 電気を消して、一貴が横に潜り込んでくる。オレは小さく体を丸めて、一貴の胸元に顔を埋めた。
「……那由」
「ん……」
 一貴の手が、ぽん、ぽん、と布団を叩く。

 ――あ、これ、昔みたい。

 オレが一貴の家に泊まるとき、一貴はいつも、オレが眠るまで起きていて、それで、こうやって小さい子を寝かしつけるように、布団を叩いてくれたっけ……。
 大切な思い出に頬が緩む。その暖かさまでもが、オレを眠りの渦に引きずり込む。
「那由、おやすみ」
「……うん、おや、す……み………」
 初夢って、今日だっけ? 明日だっけ?
 宝船の絵、描いてないや……。
 一貴の手が止まり、オレの体を抱きこむように、背中に回される。
 よりいっそう感じる一貴の匂い、一貴の体温。なんとなく、こういうことをされるのは初めてじゃないような気がする。もしかしたら、一貴は昔から、こうしてくれていたのかもしれない。
 もしかしたら一貴は、オレが意識するよりもずっと前からオレのことを――。
 甘い思考は、次々に襲ってくる睡魔に押されて、霧散していく。
 でもきっと、今夜はいい夢がみられるような気がする。
 そこに、オレのそばに、今日も一貴がいるから。

END


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