朝晩だいぶ涼しくなってきたから衣替えをしようと開けた押し入れの中で、目に留まった一冊のアルバム。 こんなの見ていたら、作業がはかどらないんだよなー。 わかっているのについつい手が伸びる。そんな自分に苦笑しつつ、その場にしゃがんで表紙を開くと、一枚目にあったのは、兄弟四人で写っている写真だった。 左端に兄貴。その隣に俺、翼、颯の順。下三人の頭の高さが見事な階段状になっているのが少し笑える。 次々にページを捲ってみる。収められているのはどうやら全部、俺たち兄弟を撮った写真らしい。そして、当然と言えば当然なんだけど、他の誰よりも、写真の中に兄貴がいる比率が高い。 まるで「光とその弟たち」――なんてタイトルがつきそうなそのアルバム。せっかくだからひととおり見てから片付けようと考えていた俺は、最後のページにあった写真を目にした瞬間、思わず声を上げてしまっていた。 「うわっ……、なんだよこれっ……!」 写真の真ん中で膝立ちになっている、小学校三、四年生くらいの兄貴。まだ幼い俺と翼が、その両脇から兄貴の頬に可愛らしく唇を寄せている。 父親か、母親か、こんなの撮るほうも撮るほうだけど、それよりも撮られている兄貴が行為の意味もわかっていないような子供(しかも弟)から贈られたキス(頬だけど)に満面の笑みを浮かべているのには若干、いや、かなり引いた。 もしや、これが兄貴の原点なんだろうか? まったく記憶にないこととはいえ、こうして形にして残されているのを見つけてしまうと、非常に決まりが悪い。 ――よし、これは見なかったことにしよう。 そう思ってアルバムを閉じようとしたその寸前。 「なに見てるの?」 「うわっ、わっ、ツッ、翼ッ、なっなななに!?」 背後から声をかけられ、俺は、驚きのあまり盛大にどもってしまった 「ヒカ兄がアイス買ってきたから食べようって。――のん兄、なに見てるの?」 これはおそらく、翼にとっても黒歴史のはずだ。 「………見ないほうが身のためだぞ………」 しかし俺の忠告を無視して、翼は俺の左側から肩越しにアルバムを覗き込んできた。あまりにも近すぎるその体勢のせいで、俺は頭を動かすことができない。 だってもし、少しでも動いたら、俺の唇が翼の――。 固定された視線の先にある写真が、急に違って見える。 心臓が、うるさい。 左頬が、熱い。 「のん兄……」 アルバムを見ているはずの翼の呟きが、その吐息が、俺の頬にかかる。 次の瞬間には、もっと温かな――。 「………!」 声も出せずに固まる俺から、ゆっくりと遠ざかっていく体温。 とてつもなく長い時間に思えたそれは、むしろ刹那の出来事で。 「なん、で……」 「なんか、悔しいから」 「………」 「――アイス、食べに行こうよ」 「………うん」 空気を変えるように口調を変えた翼に倣って立ち上がる。 もう子供じゃないんだから、とか。 兄弟なのに、とか。 言いたいことはたくさんあった。けれども。 『悔しいから』 その一言にせき止められて、どれも音にはならない。 『悔しいから』 その言葉の意味を、今は考えたくない。考えるのが、怖い。 翼の唇が触れた左頬が、さっきよりもずっと熱を持っていた。 END |