夏休み 5


「あの人のことだからどうせ、もう高校生なんだから一人でも平気だろうとか言って、二日分のカップめんやレトルト食材だけを置いて出かけたんじゃないのか?」
 十年近く会っていないとはいえ、父親と母親が離婚するまでの十五年間、あの母親の息子をやっていただけのことはある。さすがに鋭い。
 だけど、台詞の中で一言だけ引っかかる部分があって、俺はつい、聞き返してしまった。
「二日分?」
「出張だろ?」
「出張、だけど……」
「……まさか、今日明日の話じゃないのか?」
 相違に気づいたアイツの口調が鋭くなる。それに伴って、表情も。はっきりわかるほど、眉間に皺が寄っている。
 いつにないアイツの剣幕に、俺が何も答えられずにいると、催促するように厳しい声で名前を呼ばれた。
「勇翔」
「……夏休み、始まってから、ずっといない」
「――はぁ?」
 観念して正直に答えると、似合わない素っ頓狂な声を上げたあとで、アイツが深い深い溜め息を吐いた。
「……てことは、土曜日からだから……今日で五日目、か」
「あっでも昨日一回帰ってきて……」
 アイツの声色が責めてるように聞こえてつい言い訳じみたことを言ってしまったけれど、焼け石に水だったらしい。
「――ハ?」
「や……帰ってきたけどまたすぐ出かけて……」
 若干怒気を含んだ声で問い返されてしまって、答える声も次第に小さくなる。アイツがまたひとつ、溜め息を落として、車内に嫌な空気が流れる。
「――それじゃ、ずっといないも同然だろう。――ったく、高校生といったって未成年なんだから、保護者としての責任があるだろうに……」
 俺が悪いわけじゃないんだけど、そんな風に言われるとなんだか自分が悪いみたいな気分になってきて、なにも言えないままアイツがぐちぐち言うのを聞き流す。その保護者に無断で俺を連れて行くことに関しては大丈夫なんだろうか、と思わなくもなかったけど、とても口に出せる状況じゃなかったので、黙っておいた。
 気まずい雰囲気のまましばらく走ったあと、車は左折して、少し狭い通りへと入った。アイツはその後何度か右左折を繰り返して住宅街の中を進むと、月極めらしい平面駐車場で車を停めた。
「降りて。悪いけど、少し歩くから」
「うん……」
 言われたとおり車を降りて、先を歩くアイツの後ろをとぼとぼとついて行く。
 もし、こういう状況じゃなければもっと期待に胸を膨らませていたかもしれない。どんなところに住んでいるんだろうとか、どんな生活をしているんだろう、とか。いろいろ想像してどきどきしていたかもしれない。
 そりゃ、少しはそういうことを考えないわけじゃないけど、アイツが言葉だけじゃなく本当に「怒ってる」ってのがひしひしと伝わってきたから、正直、不安の方が大きかった。


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