「いちごちゅわああぁぁぁん……!!!」
かなえが風呂に入ってる間、俺は愛しの子猫ちゃんと戯れていた。腹這いでにじり寄る俺に逆毛を立てて威嚇するいちごちゃん。いくらなんでも俺、嫌われすぎじゃね?雪の中凍え死にそうになっていたところを拾って早ウンヶ月月、こんなに可愛がっているのに一向に懐いてくれる様子がないのはなぜ?
「いちごちゅわーん……こっちおいでよ早くぅ……」
パンパンッ、と手を叩いて呼んでみるものの、一向に近づいてくる気配はないどころかちょっとずつ後退している気さえする。はてさてどうしたものかと考えているうちに、廊下に続くドアがガチャリと開いた。その音に弾かれるように俺の横を駆け抜けていく黒い影。
「わ!びっくりした……何、いちごちゃん、またいじめられてたの?」
「いじめてねえし!人聞き悪いこと言わないで!」
「じゃあ嫌がらせの間違いか。」
「嫌がらせでもねえし!!飼い主とペットのハートフルな交流だよ!!!」
よしよし、と言いながらかなえはいちごちゃんを抱き上げて俺の方へとやってきた。ショートパンツから伸びるむっちりとした太ももが眩しい。っていうかすっげえいい匂いがする。同じものを使ってても俺からはこんないい匂い絶対にしない。女子の七不思議のひとつだ。
「しつこい男は嫌われるって知ってる?」
かなえは冷ややかな目で俺を見下ろした後、いちごちゃんに顔を近づけて「ねえ?」と囁いた。いちごちゃんは同意するようにひと鳴きして、ぺろっとかなえの鼻を舐める。おかしいな。ここは俺の家で、いちごちゃんの飼い主も俺なはずで、なのになんだろうこのそこはかとないアウェー感は。俺の居場所はどこに?
「さっさと風呂入ってきなよ。冷めるよ。」
「ああうん……」
「いってらっしゃーい。」
ひらひらといちごちゃんの手を動かしてお見送りしてくれるかなえと、嬉しいような、悲しいような、複雑な気分で部屋を後にする俺。後ろからは聞いたこともないようなふたりの甘い声が聞こえてきて、思わず短い廊下を走り抜けた。
「ただいまー」
「おかえりー」
そう言うかなえの目は本にそそがれていて、ちらりともこちらを見てはくれない。っていうかそれ、俺が買ってきた『将棋ワールド』じゃん。帰ってから読もうと思ってたやつじゃん。買った人間より先に読むなよなー、いや別にいいんだけどさあ。そんな文句を心の中でぶつぶつ言ってると、ふとあることに気付いた。
「……ん?そういえばいちごちゃんは?」
部屋のどこを見ても可愛い姿が見当たらないし、声も聞こえない。おーい、いちごちゃーん、とキョロキョロしていると、かなえはおもむろに膝にかけていた布団をめくって「ここ」と言った。
「……いち……ご……ちゃん……」
かなえの指した“そこ”には丸まってスヤスヤと寝息を立てるいちごちゃんが。そしていちごちゃんが眠る“そこ”とは、紛れもない、かなえの白くて柔らかい太ももだった。
ちなみに俺はいちごちゃんにそんな風に懐かれたこともなければ、かなえに膝枕してもらったこともない。最早どっちに嫉妬すればいいのかさえわからず半泣きになった頃、かなえはようやく雑誌を置いて、静かにいちごちゃんを抱き上げた。
「いつまでそこに突っ立ってんの。」
「え……ああうん、」
それもそうだとかなえの横に腰掛ければ、なんともうんざりしたような、いかにも『気が利かねえなオメェは』みたいな目で見られる。え、なに、俺なんかした?え、待ってそのため息はなに?身に覚えなんてありすぎて、涙の次は冷や汗が出てきたと身を固めていると、かなえは口をへの字にひん曲げて俺をじとっとした目で睨みつけた。
「そっちじゃなくて、こっち。」
ぽんぽんと膝を叩くかなえに、「へ、」と間抜けな声が出る。鈍くさい俺に愛想を尽かしたらしいかなえはますます口をヘの字にして、「もういい」とそっぽを向いて布団にもぐろうとする。俺はすかさず、それを押しとどめて、かなえの膝にダイブした。
「……やわらけえ……あったけえ……っていうかほんといい匂いする……」
「……変態。」
変態と言われようが何と言われようが、事実なのだから仕方ない。スンスンと鼻を鳴らしているとパシッと頭をはたかれて、胸の上にいちごちゃんを乗せられた。見上げたかなえの頬は風呂上がりの時より赤い。
いつもはツンケンして女王様オーラ全開のかなえが珍しくデレながら膝枕をしてくれていて、いちごちゃんも嫌がることなく静かに胸の上で寝息を立てている。
「ここはもしかして、地上の楽園……?」
思わず口にすれば、氷よりも冷たい目で「はあ?」と返された。