携帯を開いたら一斉送信のメールで同窓会の知らせが届いていた。担任だった先生が定年退職するから最後に、ということらしい。同窓会というものにはあまり良い思い出がないので気乗りはしないが、対局の予定もないしこんな時くらいは参加しておくかと返事をしたのが数日前。

今俺は、クラスメイトだったやつらの話に適当に相槌を打ちながら、やっぱりこなけりゃよかったなと後悔していた。

どいつもこいつも、大して興味もないくせに酒の肴に根掘り葉掘り適当なことを聞いてくるのが鬱陶しい。けれど一番苛つくのは、場を白けさせるのも大人げないとそれを切り捨てられない自分自身に対してだった。生まれ持っての社交性なんてこれっぽっちもないけれど、せめて普通に社会に出て普通に働いていればもう少し上手くやり過ごせるようになったのだろうか。

そろそろ帰ろう……とほとんど水みたいになってしまった酒を一気に煽って腰を上げる。周りにいた数人に適当にでっち上げた理由を伝え、最後に恩師に挨拶だけして座敷を後にすれば、不意に後ろから名前を呼ばれた。

「山崎くん!ねえ、もう帰っちゃうの?」
「ああ……そのつもりだ」
「ちょっと待ってて、私も一緒に帰る!」

返事も聞かないまま座敷に駆けていった彼女は3年間クラスが一緒だった女子だ。ほとんどノータイムで再び俺の元へと戻ってきた彼女の意図が掴みきれないまま、「お待たせ、いこっか」と言われ店を出る。

「山崎くんすっごい久しぶりだよね〜元気してた?」
「ああ……まあお陰様でそれなりに」
「ねえねえ、この後暇?ちょっとだけ寄り道してこうよ。それとも将棋の勉強で忙しい?」

どう答えていいのかわからず悩んでいるうちに彼女は「この近くにね、おでんが美味しい店があるんだ!そこ行こ!」と俺の袖口を掴んで引っ張っていく。ますますもって理解しかねる彼女の行動に困惑しながらもまあいいかとついていけば、彼女の行ったとおり『おでん』と書かれた小さな店に辿り着いた。扉を開いた瞬間出汁の香りが鼻をくすぐって腹が鳴る。さっきは専ら飲むばかりで、ほとんど食べ物らしい食べ物を食ってなかったのだ。

「旨そうだな」
「ここね、何食べても美味しいの!山崎くん何食べたい?」
「……任せる」
「オッケー」

メニューを片手にあれこれオーダーする横顔を盗み見て、随分垢抜けたなと感心する。コンタクトなんだろうか、前は黒縁の眼鏡をずっと掛けていたから素顔を見る機会なんてほとんどなかった。多分あの場所でなければ、声を掛けられても元クラスメイトだなんて気付かなかったに違いない。

「はい、お疲れ様でーす!」
「お疲れ」

重たいジョッキをゴチンとぶつけ、お互いにビールを流し込んだ。あっという間に運ばれてきた冷やしトマトをつまみつつ、本当に久しぶりだなから始まるありきたりな会話をしていればすぐさま皿に盛られたおでんが目の前に置かれた。

「山崎くんさ、びっくりするくらい変わんないよね」
「そっちは変わりすぎててびっくりした」
「一応聞くけどそれ褒め言葉だよね?」
「もちろん」

そう言えばはにかんだように笑った彼女を純粋に可愛いなと思った。将棋以外のものはほとんど捨てて生きてきた自分にも、一応人並みの心は残っていたらしい。

自覚すると少し恥ずかしくなって、気を紛らすために出汁のしみた大根を割っていると、「ね、ところで山崎くんさ」と声がかかる。顔は見ないまま「なんだ」と聞けばひと呼吸置いて、「私の名前覚えてる?」と尋ねられ手が止まった。だらだらと嫌な汗が出る。

「やっぱり!さっきから一回も私こと名前で呼ばないからおかしいと思った!」
「…………すまん」
「はあー……酷いなあ、3年間も同じクラスだったのに……」
「本当にすまん」
「いいよ。そんかしここ山崎くんの奢りね」
「……おう」

少々腑に落ちないながらも拒否することもできず、せめて名前を教えてくれという気持ちで隣を見れば、彼女はふんと鼻を鳴らした後「家に帰って卒業アルバムで調べること!」と言って大根を口に放り込んだ。

「ねえ、最近仕事はどうなの?」
「……良くも悪くも変わらずかな」
「そっかあ……大変だね、プロの棋士ってのも」
「けど、自分の意思でやってることだからな」

弱音を吐くのはみっともない、と言外に滲ませて言えば、彼女は何のことはないといった風に「それでも、しんどいものはしんどいでしょ」と言い放った。力強いその言葉に少しだけ救われる。

「山崎くん、コツコツ一歩一歩前進していくタイプだもんね」
「器用じゃないからな」
「ふふふ、知ってる。誰もやりたがらない鶏の世話とか花壇の手入れとか、ずっとひとりでやってくれてたもんね。誰にアピールするでもなく」
「恥ずかしいな。見られてたのか」
「見てたよ、ずっと。山崎くんが頑張ってるところ、ずっと見てた。だから山崎くんがプロの棋士になったって聞いてすごく嬉しかったんだあ……」

その言葉に驚きと喜びが同時にこみ上げてきて、言葉が上手く紡げない。誰だって、俺と同じ立場ならそうなるだろう。

「うちのおじいちゃんもお父さんもね、将棋大好きなんだあ」
「そうなのか」
「だから私も昔よくつきあわされててね……」
「知らなかったな」
「当たり前だよ言ってなかったもん。2年のときかなあ……私が勝手に山崎くんの机の上にあった詰将棋の本読んでて、山崎くん『将棋やるのか?』って聞いてきたことあったでしょう?」

そんなことあったっけかなと深い海の底に沈んだ記憶を探そうとしていたら「これも覚えてないの!?」と脇腹を小突かれた。将棋以外のことに関心がなさすぎる弊害だ。

「あのとき私ね、全然知らないって言っちゃったの。だって恥ずかしかったんだもん……女子で将棋やるって言ったらなんかちょっと変な目で見られるでしょう?」
「まあ……否定はできないが」
「でもね、ずっと後悔してたんだ……あのとき変な意地張らなかったら、もっと山崎くんと仲良くなれたのになあって……」
「……」
「卒業してからずっとそれが心残りで、同窓会とかで会ったらゆっくり喋りたいなって思ってたのに毎回さっさと帰っちゃうんだもん。最近はそもそも全然来ないし……」

なるほどそれでさっきあんなにも必死だったのか。ようやっとストンと腑に落ちて、胸のあたりがスッキリとした。

「ねえねえ山崎くん、同級生のよしみでさ、今度いつか暇なとき将棋教えてくれない?」
「ああもちろん……俺でよければ」
「本当に!?やったあ!じゃあ連絡先交換しよう!」

駅までの道すがらそんなやり取りをして、お互いのメールアドレスと電話番号を交換する(といってもいつまで経っても機械の操作に慣れない俺を見かねて、彼女がほとんど全部やってくれた)。そうしてまた連絡するねと大きく手を振る彼女を見送って、どこかふわふわした感覚のままホームのベンチに腰掛けた。この時間になると30分に1本しか電車はこない。

「そういえば……」

ふと、連絡先を交換したということは、彼女の名前もこの中にあるのだということに気づいてアドレス帳を開く。頭文字さえ思い出せないけれど、大した数入っていないのだからすぐ見つかるだろうとあいうえお順の名前をひとつひとつ手繰っていって、『や』の列で携帯を取り落とした。

「ん、な!」

きっと見間違いに違いないと深呼吸をひとつして、恐る恐る拾い上げた画面をもう一度見る。確かにそこには、『山崎くんずっと好きでした』という異質過ぎる文字が並んでいる。いつの間にか顔は火を吹きそうなほど熱くなっていて、さっき食った蛸のようになっているであろうことは鏡を見るまでもなく想像がついた。

どうすりゃあいいんだ?と呟いて、腕で頭を覆う。電車が到着しますというアナウンスが聞こえたけれど、とてもじゃないがこのままでは乗れそうもない。せめて日付が変わる前には帰れますようにと心の中で願って、震える指先で電話番号を押した。
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