「わあ!すごい!」
「これはなかなか……」

エントランスを抜けた先に広がる光景に、僕もカナエも感嘆の息を吐いた。日本出身の富豪たっての希望でHLに再現された日本のマツリ。大きな通りの左右にぎっちりと立ち並んだ屋台はこっちのそれとはまた違う趣きだ。

「どう?再現度は」
「本当に日本のおマツリそのまんまです!すごいすごい!タコヤキもタイヤキもリンゴアメも……あ、ベビーカステラもある!!」
「見たことない食べ物がいっぱいだね。さて、なにから行く?」
「えーっと、とりあえずタコヤキき!!」

日本のサンダル(ゲタというらしい)を鳴らしながら人混みへと駆けていく彼女を慌てて追いかける。膨大な量の中から30分近くかけて選んだユカタは白地に青い花が散らされたデザインでなんとも涼しげだ。

「スティーブンどのくらい食べる?」「これだけ色々あるんだ、ちょっとずついっぱい食べよう」
「じゃあ1人前ください!」

店主がアイスピックで器用にタコヤキを回すのを見ながら、見知らぬ異国の味に思いを馳せる。マイドアリ、とぶっきらぼうに渡された器にはきれいな円形のタコヤキが6つ入っていて、黒っぽいソースからはなんとも食欲をそそる匂いが漂っていた。

「これはどんな食べ物なの?」
「小麦粉で出来た生地の中に小さいタコが入っているんです。オオサカというところのご当地グルメです」
「へえ」

カナエを真似て、僕も落とさないように慎重にピックで持ち上げてひとつ口に放り込んでみた。お、意外と表面はカリッとしていて……

「あっっっつ!!!」
「あ、中はめちゃくちゃ熱いので気をつけてくださいね」

言うのが遅すぎる!!!と言いたいがなにせタコヤキが熱すぎてそれどころではない。いっそ口の中に氷を出してやろうかと思うほどの衝撃をなんとかやり過ごし涙目で隣の彼女を睨みつけると、カナエは鈴を転がしたような声でおかしそうに笑っていた。

「うっかりやさん」
「僕のことをうっかりやさんなんて言うのは君くらいなもんさまったく!」
「もうちょっと冷ましてから食べましょうね」
「先にその提案をして欲しかったね」

口蓋の薄皮がぺろんとめくれて思わず顔をしかめる僕に構わずカナエは「つぎはタイヤキ!」なんて無邪気にはしゃいでいる。それを見ただけで口の中のひりつきも数日間の仕事の疲れもなにもかもが吹き飛んでしまうのだから本当に恐ろしい。

ちょっと離れたところで「カスタードとあんこどっちがいいですか?」なんて滅多に上げない大声を上げるカナエに笑いながら、僕も仕事のときはまず出さないような声で「ひとつずつ!」と返してそのあどけない横顔に近づいていった。





「君、そんなに食べる子だっけ?」

タコヤキ、タイヤキ、フライドチキン、ヤキソバ……目につくものを片っ端から腹に収めた彼女はそろそろ甘いものが欲しいとデザートを物色しはじめた。コルセットよりはマシにせよユカタもなかなかの締付けだと思うのにまるでお構いなしどころか普段より明らかに食べてる量が多い。

「そんな格好でよく入るね」
「まだいけますよ!」
「ああそう……」

もう好きにしてくれと両手を挙げて降参の姿勢を示すと、カナエは軽やかな足取りで林檎の絵が描かれた屋台へと小走りで向かった。

「なんであの靴で走れるんだ?」

そう呟いて自分の足元を見下ろす。10分も歩かないうちに擦れてしまった指の股は血こそ出ていないがじんじんと痛み続けている。職業柄足の強さには自信があったが指の股は流石に鍛えていないので仕方ない。

別段急ぐ必要もないのでゆっくりと歩みを進め彼女の後ろに立つと、カナエはちょうど真っ赤に飴でコーティングされた林檎を手渡されていたところだった。

「……へえ、日本のキャンディアップルは奥ゆかしいね」

屋台に並んでいるそれはこっちで売ってるものに比べると色も装飾も随分シンプルでおとなしい。というかデコレーションもなにもなく単に林檎に飴でコーティングしているだけのものでかなり見た目が寂しい。

「リンゴアメなのに苺の味しかしない……」
「どれどれ」

ひと舐めすると確かに人工的なストロベリーの味がする。にしても甘いなと顔をしかめる傍らで、カナエは明らかに自分の口には大きすぎる林檎に一生懸命かぶりつこうとしていた。噛めない、硬いとぼやきながらひと目を憚らず大口を開ける姿は正直かなりお馬鹿で可愛い。こういう打算のないところに癒やされるんだよなあと思いながら様子をうかがっていると、流石にこのまま噛み切るのは無理だということに気付いたらしい。カナエはちょっとぶすくれながらチロチロと飴を舐めはじめた。

「カナエ……」
「はい」
「あー、転ばないように気を付けろよ」
「はい!」

触れる度形を変える柔らかな唇も、ねっとりと這う舌も、汗で張り付いた後れ毛も、全てが容赦なく劣情を煽ってくる。正直マツリはもう十分堪能したし、そろそろ帰りたい。帰ってこの服のまま涼しい部屋で汗だくになりながらセックスしたい。でもそんなこと言ったら怒るだろうなあ。いや、怒るだけならまだしも、軽蔑されそうで怖い。

「スティーブン」
「え?」
「手、いたい……」
「あっごめん!!」

そんなことを考えながらぼうっと歩いていたら無意識に彼女の手を握りしめていたらしい。慌てて手を擦ればカナエが心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

「大丈夫?疲れた?もう帰る?」
「いやいやほんと大丈夫だから!ちょっとね、考え事をしてただけだよ」
「仕事のこと?」
「違う違うほんとしょうもないことだよ」

後ろめたさでしどろもどろになって答えれば、カナエは疑いの眼差しを向けつつもそれ以上追及する気はないようで、「ならいいけど……」とだけ呟いてまたりんご飴に歯を立てた。

「あ、やっと割れた!」
「カナエ、僕にもひと口頂戴」
「はいどうぞ!いっぱい食べてください」
「うんじゃあお言葉に甘えて」

そう言って差し出された左手を掴んでやんわりと引き寄せ、てらてらと光る唇に舌を這わせる。リップグロスみたいに塗られた飴はさっきよりずっと甘くてそのまま唇を食めば大きな目が更に大きく開かれた。

「な、んなんですか急に……!」
「だからひと口頂戴って言っただろ?」
「それは飴の話でしょう!」
「誰も飴をなんて一言も言ってないよ」
「へりくつ!」
「屁理屈も理屈は理屈ってね。ところでさ、やっぱりその飴食べ終わったら帰ってもいい?」
「仕事ですか?ならすぐ……」
「早とちり」

慌てて踵を返そうとするのを押しとどめてもう一度、今度はさっきよりも深く口づける。綺麗に結わえられた髪を崩さないように慎重に、けど逃げられないようにしっかりと頭を押さえ林檎の味なんて全くしない甘ったるい舌を味わって、ひとしきり楽しんだ後耳元にそっと息を吹きかけた。

「君が可愛すぎて今すぐ抱きたくて仕方ないんだ。だから……それ食べ終わったら僕の家に帰ろう?」

カナエのことだから慌てふためくに違いない、もしかすると馬鹿とかなんとか罵倒されるかもしれないと思いながらそっと顔を覗き込んで、僕は首を傾げた。思ったような反応が返ってこない。すっかり身を固くしている彼女を気の毒に思って名前を優しく呼びかければ、カナエはおずおずといった風に僕の方に手を伸ばし、袖口をきゅっと掴んだ。

「じゃあ、これ……食べてください……」
「えっ」
「わたし……食べるの遅いから……」

そう言って彼女はゆっくりと僕の方を見上げ、手に持ったキャンディアップルを手渡した。

「…………わたしも……し、したい……から、早く食べてくださいね」
「っ……う、うん!」

林檎よりも林檎らしい真っ赤顔でそう言って、カナエは恥ずかしそうにもじもじと地面を蹴った。

「あーじゃあとりあえず、食べながら……帰る?」
「……はい」

二人して無言のまま、来た道を戻っていく。参ったな、こんなの、鏡を見なくったって今自分の顔がどんなことになってるかなんて容易に想像がつく。僕はすっかり味のわからなくなってしまった飴を必死に噛み砕きながら、少しでも年上の威厳を保てるように早足でカナエの手を引っ張った。



お題:サンタナインの街角さま
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