「眠れないのか?」
「……すいません、人と一緒だとどうにも」
「気にするな。僕も同じだ」

いやにはっきりした声に、それが慰めのための偽りなどではないことがよくわかる。どうせ眠れないのならお喋りでもしようかと、スティーブンさんは枕元のライトをほんの僅かに灯し、自らの生い立ちを語りだした。

「スティーブンさんにも子ども時代があったんですね」
「おいおい、俺のことをなんだと思ってるんだ?」
「なんか想像もつかなくて……昔からこの姿でこの中身だったのかなって思ってました」
「んなわけないだろう」

愕然とした風にそう言うのがおかしくて肩を震わせていると、彼は私の指先を弄びながら「僕にだって純粋無垢な時代はあったんだ、こう見えても」とぼやいた。それこそ想像できないけれど、この人も恋人とのキスに顔を赤らめたりしてたんだろうか。

「スティーブンさんの初恋っていつですか?」

思ったよりか細い声が出て驚いた。初めて肌を合わせた夜に相手の恋愛遍歴を問いただすなんて自虐が過ぎるような気もしたけれど、過去の見知らぬ女への嫉妬心よりもひとつでもたくさん知らない彼を知りたいという気持ちのほうが勝った結果だった。

でもやっぱりタイミングを間違えたかもしれない。顔を見なくても分かるくらい、彼は慎重に言葉を選んでいるようだった。言いたくないのなら言わなくてもいいよと言おうとして顔を横に向ける。けれど彼のたたえた穏やかな笑みに目を奪われて、それは叶わなかった。

「君だよ」
「え?」
「僕の初恋は君だ」

それが単純にこの世に生を受けてから初めて落ちた恋の話をしているわけではないのは流石にわかった。

「君といると世界が鮮やかに見えるんだ。君の顔を思い浮かべるだけでどんな絶望的なシチュエーションでも力が湧いてくる。君が僕の名を呼んで笑いかけてくれるだけで、息が詰まって泣きそうになる……本当はこの気持ちは自分の中に閉じ込めておこうと思ってたんだ。だって君は僕の大切な仕事仲間だから。もししくじれば、他のやつらにも迷惑をかける。副官としてそんなこと、あってはならないと、そう思ってた。でも無理だった。君が他の男の名を呼ぶ度、それがクラウスであっても嫉妬した。他の人間に向けられる君の笑顔を見たくなくて、何回も目をそらした。何度も君のことは諦めようとした、でもその度に思いは膨らんでいった。もう限界だった。たとえ何もかもが滅茶苦茶になっても、この思いをぶつけずにはいられなかったんだ。でも君は受け入れてくれた。こんな僕のこと。涙が出るくらい嬉しかったよ」

アナウンサーみたいに饒舌にそう語った彼はふう、と一息ついたあとゆっくりとこちらに向き直し、熱の抜けきらない掌で私の頬を包み込んだ。

「きっと君が僕の最後の恋人だ」

嬉しいはずなのに泣きたくなるのはどうしてだろう。何も言えないままの私にスティーブンさんはそっとキスをして、もう寝ようとブランケットを引き上げた。

「スティーブンさん……」
「ん?」
「私も……きっと……スティーブンさんが、最後の恋人だと思います」

酷いかすれ声に恥ずかしくなってシーツの中に潜り込む。私の肩を抱き寄せたスティーブンさんは「うん、信じてるよ」と言って、おばけみたいになった私のつむじにまた口付けた。

「愛してるよ、カナエ」
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -