『やあカナエ、元気にしてた?もし今夜空いているなら僕の家に遊びに来ないかい?』

そんな電話を受けたのはちょうど昼休みの終わる3分前のこと。訝しむ私に焦ったように『ほら、最近ずっと休出が続いてたろ?いい加減代休を取れってうちのボスがね。だから今日の午後と明日、休みを貰ったんだ。ほら明日は君も休みだろう?』と並べ立てるスティーブンに少し笑って「じゃあまた後で」とだけ言って電話を切った。

もう!こんな急に言われても困るわ!何ごとにも準備ってのがあるんだから!男は本当にわかってない!と文句を言いつつも、久々の逢瀬を前にあからさまに浮かれていたらしい。上司には「時計見すぎ」と叱られ、後輩には「デートですか?」とニヤつかれた。

そうしてデジタル時計が定時を示すと同時に誰よりも早くオフィスを出て大通りでキャブを拾う。異界人の運転手に素早く行き先を告げて、道はお任せ。あともう少しで大好きな彼に会えると思えば天にも昇るような気持ちだったけど、『出ました』なんて飾り気のないメッセージで冷静さを装った。

「いらっしゃい、早かったね」

足早にエントランスを抜けて、軽い足取りで彼の部屋へと向かう。玄関の前に立って深呼吸をひとつ。ベルの音が鳴り止む前に開いた扉から控えめに顔を覗かせた恋人はそう言って私を招き入れた。

「美味しそうな匂いがする!」

会いたかったの一言よりもその言葉が先に出てきてしまったのは致し方のないことだ。だって私はこの家で出てくるご飯の美味しさをようく知っている。それに今の今まで仕事をしていたのだから胃はとっくに空っぽなのだ。でもどうやらスティーブンにはその私の態度が気に入らなかったらしい。呆れたような表情で腕を組んで「開口一番言うことがそれ?」と鼻を鳴らした。

「会いたかったわスウィーティー」
「僕もだよダーリン」

まったく雑だなあなんてボヤきを耳元で聞きながら、私は彼の背中に腕を回し、甘い香りの立つ胸にそっと頬を寄せる。電話なんかじゃちっとも埋まらなかった寂しさがあっという間に癒えていくのがわかった。ずっとこのままいられればいいのになんて思いながら身を預けていれば、ふう、と短く息を吐いた彼がつむじにチュッとキスをして私を離した。

「さて、酷なようだがカナエには選んでもらわなきゃいけない。このままずっとここで抱き合ってるか、それともミセスヴェデット特製のディナーを食べてからふかふかのベッドで抱き合うか。どっちがいい?」
「そうね……ここで熱いキスを交わしてからスティーブン秘蔵のワインを飲みつつ最高のディナーを食べて、お姫様抱っこでふかふかのベッドに行ってから抱き合うのがいいと思うわ」
「君、ちょっと見ない間に随分我儘になったんじゃない?」
「気のせいよ」

うーん……そうかなあ、なんて演技がかった口調で言いながらスティーブンは私の顔にキスの雨を降らせていく。おでこ、目蓋、鼻先、頬、そして唇。小鳥の啄みのような可愛らしいリップ音がだんだんと湿り気を帯びて、震える指先で濃紺のシャツを掴み薄く目を開けば赤茶色の瞳がじっとこちらを覗き込んでいることに気付いた。

顔を逸らそうにも頬に手を当てられていては出来ず、目蓋を閉じようとすれば咎めるように親指が目の縁をなぞる。穏やかな表情とは裏腹に、乱暴にも思える手付きでかき抱くように私を引き寄せた彼は耳を塞ぎたくなるような音を立て私の舌を吸い上げた。

「……やっぱりこのままベッドに直行したいんだけど、我儘かな」

乱れた息を隠しもせずおどけて言う彼にかろうじて「気のせいよ」とだけ紡げば、見た目よりうんと逞しい腕が私を抱き上げ華麗なる一回転をしてみせた。えらくごきげんな様がおかしくて、吹き出してみせれば彼もまた笑う。

「レイチェルとフランクみたい!」
「ボディーガード?」
「そう!」
「随分物騒だな」
「もしも私が命を狙われたら守ってくれる?」

あっという間に下ろされたシーツの上で首にぶら下がったままそう尋ねれば、スティーブンは私を腕の中に閉じ込めて「もちろん」と穏やかに微笑んだ。

「けどあれ、最後は別れて終わるだろう?それはいただけないなあ……」
「じゃあもし私が、貴方とは生きる世界が違うから別れましょうって言ったらどうするの?」

ほんの軽い気持ちで聞いたことなのに、彼は見たこともないくらいの真剣な眼差しで私の目を見つめ、「そうだなあ」と考えを巡らせた。

「本当は別れてあげたほうが君のためなんだろうけど、もう僕には君のいない人生なんて想像できないんだ。だから君が泣いて嫌がっても絶対に手放してなんかやらないよ。運が悪かったと思って諦めてくれ」

瞳の奥に見えた仄暗い欲に当てられて、背筋が震えた。冷凍庫を開いた瞬間みたいにつま先がひやりとして、けど激しく脈打つ心臓は確実に体の熱を上げていく。

「おしゃべりはここまで」

ひとつふたつとボタンを外され、ブラジャー越しにきゅっと乳首をつままれた。思わず飛び出たビニールの人形みたいな悲鳴に喉を鳴らしながら、スティーブンはあっという間の早業でホックを外し、冷えた掌で胸を揉みしだく。まだひとつも乱れていない彼の姿と触れた肌の温度差にじわじわと羞恥心を煽られて顔をそらせば嘘みたいに熱い舌が顕になった首筋をねっとりと舐め上げた。

「ん、っく」
「ひと月以上こうしてなかったっていうのに声を聞かせてくれないのかい?意地悪だなあ……まあいいけどさ」

鎖骨の真下まで下りてきた唇がたわんだ胸の麓を吸い上げる。きっと赤く印のついたそこを今度はがじっと甘噛みして、彼は自らのベルトを外し床に放り投げた。カチャ、と金属が音を立てるのを聞きながら私は左脚を彼の太ももに絡め、右の脛でパンパンに膨れあがった股間を撫で擦る。

「っ……」
「スティーブン、もうこんなになってる」
「それは、君もだろ?」

いつもならうんと焦らしてくる指先が我慢できないというように下着ごとズボンをずりおろす。ひやりとした感覚にきゅっと締まったそこはもうすっかり潤っていた。

「いつもより濡れてる」
「ん、ぁ……」
「まさか仕事中もこうだった?」

その質問に口を噤む。だってノーとはっきり言うには、昼間の私の頭は色んな妄想をしすぎていた。それを見透かしたように彼は唇の端を吊り上げ、「いやらしい子だ」と私の頭を撫でた。

「けど僕もずっと君を抱きたかった」
「あ、」

彼はいやに洗練された手付きで自身のスラックスを下ろし、膝が胸につくくらいまでぐっと私の脚を折りたたんだ。ひたりと押し当てられたペニスの生暖かさに背筋がぞくりと震える。

「カナエ……今から君をぐちゃぐちゃに犯す。いいね?」

熱の籠もった目に射抜かれて、脳の回路がジュッと焼ききれた。めちゃくちゃにして、とうわ言のように私が呟いたのと同時に彼は一気に腰を沈め、腫れ上がった中に圧し入っていく。重なった唇からお互いの呻くような声が漏れて、静かな部屋にBGMを作り上げていた。

まるで初めての時みたいに抱き合ってお互いの存在を肌で確かめ合う。少しも動いていなくても、大好きな人が自分の中にいるというただそれだけで天国にいってしまいそう。

「……参ったなあ」
「どうしたの?」
「あんなこと言ったのに、君の中が気持ちよすぎて1ミリでも動いたらすぐにイッてしまいそうだ……」

眉を下げて心底困ったふうにそう言う彼を見て、子宮がキュンとうずいた。「あっこら、締めるなって」と慌てる彼のうっすら汗ばんだ額にキスをして、愛しさをかき集めるようにそっと頭を抱き寄せる。

「いいよ……私のなかに、いっぱい出して……」
「っ、」
「すき……アラン、大好き」

そんな大胆なことを口走ったのも、離れそうになった彼の腰にゆるく脚を巻き付けたのもほとんど無意識のことだった。再び私を見下ろしたスティーブンが呆れたように「君、ほんとさあ……」と呟く。深い溜め息の後お返しとばかりに額にひとつ口付けを贈られ、次の瞬間には頭のてっぺんからつま先まで電流が走り抜けていた。

「ん、ああぁっ……!!」
「こっちの気もっ」
「あっ、あ、や……ぁ」
「知らないでッ!!……っく」

手首を掴み容赦なく腰を振る彼の目は飢えた獣そのもので、冷静沈着ないつもの姿とはかけ離れている。私が、私が彼をそうさせている。その事実にぎゅっと胸が締め付けられる。

「あっ、ぐ、ぅんっスティ……ン」
「は、……望みっ、どおり……中にたっぷり出してやる」
「ん、ん、あ……ひっ」
「一滴残らず……全部っお前のここに……注ぎきってやるからな!!」
「いっ……ああ……」

もうすっかり熱くなった親指がぐりっと下腹部をなぞり、呼応するように腰の動きが激しくなった。犯されている。彼に、大好きな人に、身も心も。どんどんと白んでいく意識の中、階段をのぼるように幸せへと近付いていく。

「んんっ、あっ、や、アラン……ア、ラン……!」
「カナエっ……」

ごくりと唾をのみこんだ後短く「出る」と呟き、彼は私の上にのしかかった。ペニスの先でぐうっと子宮口を押し潰され、快楽のるつぼへと引きずり込まれる。音も視界も途切れていく中、彼に精を注ぎ込まれる感覚だけがいやにはっきりと感じ取れた。





あれからどのくらい経ったのかわからない。はっきり言えるのはとうに夕飯時は逃してしまったということと、ふたりともそれどころじゃないくらい精も根も尽き果ててるということだ。

目も開けられない。指先ひとつ動かすのも億劫で仕方ない。散々喘いだせいで喉がひりついて唾を飲み込むことさえ上手くできなかった。

「カナエ……生きてる?」
「……しんでる」
「よかった生きてるな。水、飲むだろう?」

飲みたい、けど動けない。うつ伏せのままかろうじて頷けば彼はボトルをベッドサイドに置いて私の身体を優しく引き寄せた。

「よいしょ」
「ぁ、ん……」

ころんと横向きにされた拍子にさっきまで可哀想なほど嬲られていたあそこからコプンと精液が溢れ出し、太腿を濡らした。喪失感とも不快感ともつかない独特の感覚に息を潜めていると、スティーブンは確かめるようにその場所を覗き込んだ。

「あーあ、勿体無いなあ」

出てしまったものをかき集めるように二本の指を走らせた彼は「駄目だよカナエ」と言いながらその指を再び私の中へと差し込んだ。

「んー、んー!」
「すごいな。あんなにしたのにまだこんなに締め付ける」
「や、ぁ、いやん」
「あと10歳若かったらもう2回くらい出来たのになあ……残念だ」
「ひ、んっ」

ミキサーで泡立てるように中をくるくるとかき混ぜた彼は心底残念そうにそう言って、ちゅぽんと指を引き抜いた。それが呼び水となったのか、たらたらと流れ出るその感覚に小さく呻く。

「ああそうそう、水だったね」

自分で言い出したことなのにすっかり忘れていたらしい彼は緩慢な動作でボトルを持ち上げ自らの口に含んだ。

「ん、」

促されるまま唇を薄く開き、移された生ぬるい水を飲みくだす。二口、三口と同じように与えられ、すっかり潤った喉から自然と深い息が漏れた。

「落ち着いた?」
「うん……あー腰痛いお腹も痛いシーツ気持ち悪い!」
「俺のこと煽ったのは君の方だろ」
「別に煽ってないもん……本当に思ったことを言っただけで……」

唇を尖らせる私を見てスティーブンは「だからそれが煽ってるって言ってるんだよ」と眉を潜め、人差し指の節でこつんと私の頭を叩いた。

「はあー……しかし疲れたな。仕事でもここまで消耗することは早々ないぞ」
「ミセスヴェデットのディナー食べたかったなあ」
「ランチに振替になるだけだろ?そんな恨みがましそうな目で見ないでおくれよハニー」

鼻先をかぷりと噛んで、スティーブンはベッドの縁からのっしりと起き上がり私の横へと寝転んだ。後ろから枕代わりに差し込まれた腕はもうすっかり冷えている。背中の鼓動がまるで子守唄のように私を眠りに誘う。

「明日はどうやって過ごしたい?どこか行きたいところは?」
「こんな体じゃあどこにも行けないわ……一日中、ベッドの上よ」
「寝ても覚めても愛する人がベッドの中にいるなんて最高の休日だな」
「けれど貴方は一日中私の召使いよ……とりあえず起きたらシャワーに入れて頂戴……それから、朝ごはんは、エッグベネディクトがいいわ……具は……サーモンと……アボカド……」

電池切れのおもちゃみたいに唇がぱたりと動かなくなって、最後の「ね」は私の中に溶けて消えた。遠くで響く「Yes, my lady.」の声は甘くて優くて、ちょっぴり泣きそうになる。

「おやすみ、良い夢を」

おやすみ、ありがとう、あいしてる。そのどれひとつ言葉にできないまま、私は夢の国へと旅立った。



お題:サンタナインの街角で さま
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