「お前さ、カナエのことどう思ってんの?」

余りに唐突なその質問に、思わず思考が止まった。どう思ってる?カナエさんのことを?

「……っあ、UNO!」
「おせえンだよウスノロ陰毛頭!もう手遅れだ!」
「あああああ!!ックショー!」
「レオナルド君、6枚引いてください」
「くっそおおおおおお!!!」

まんまとSS先輩にハメられ、俺は泣く泣く6枚カードを引いた。情けがあるのかないのかよくわからないツェッドさんは「気を取り直して前向きに行きましょう、前向きに」と慰めてくれるけれど、この恨みはらさでおくべきか!!

「ドロー!」
「甘いぜ!ドロー重ね!」
「では僕はリバースで」
「ナメんじゃねえぞォ……ドロー!ついでにUNO!死ね陰毛頭!」
「残念まだ死にませんー!またまたドロー!」
「スキップ、そしてUNO」
「っはあああああああ!?!?!?」
「ほらほらさっさと8枚引いてくださいよSS先輩!」
「テメエ絶対後でけちょんけちょんにしてやるからな!!」
「負け犬の遠吠えってやつですか」
「斗流の名折れですね」
「チョーシ乗ってんなよ半魚人!!」
「乗ってません。アガリ」
「チックショー!!!」

テーブルに手札を叩きつけひとしきり放送禁止用語を連発したザップさんは気が済んだのか「あー腹減ったな……フィッシュアンドチップスが食いてえ」と呟いた。いやそんな目で見たって絶対パシられてやんねえからな!!

「で、だ……実際どうなんよ?ん?」
「え?何がですか?」
「だーかーらァ!カナエをどう思ってんのかっつう話だよ!!」
「その話まだ続いてたんですね」
「あったりめえだろ!!さっさとゲロれよ!!!」
「僕も少し気になります」
「ええー?うーん……そうだなあ」

そう呟きながら頭の中にカナエさんのことを思い浮かべる。このHLでも指折りの魔道士(スティーブンさん談)でありながら、最前線に立たせてもライブラの男性陣に引けを取らない強さを誇るバリバリの肉体派。ちょうどK・Kさんとチェインさんの間を取ったようなスタイリッシュかつ女性らしいボディで、性格はこざっぱりしていて付き合いやすい。時々ギョッとするくらい男前な言動をするけれど、その実リボンとかフリルとかついた可愛いものが大好きで、それをツッコまれると顔を真っ赤にして半泣きになるギャップもあったりする。そんなカナエさんは僕にとって……

「ヒーローです」
「……ハァ?」
「カナエさんは僕にとってのヒーローなんです」
「んだそれ!オメェもっと他にあるだろうがよ!!」
「だって!カナエさんいっつも僕のピンチのときに奇跡のようなタイミングで駆けつけてくれるんですよ!!」

ついつい力が入って拳を握りながら喋る僕に、ツェッドさんがいつもと変わらぬ声色で「具体的には?」と合いの手を入れる。僕は今でも鮮明に思い出せる記憶のいくつかをかいつまんで話しはじめた。

「一昨日はカツアゲされて今にも殴られる!ってときにどこからともなく現れて財布取り返してくれた上に相手をボコボコにやっつけてくれましたし、昨日はいきなり空から大型トラックが落ちてきて流石にこれは死んだなって思ったらアイスクリーム片手に現れて魔法でそのトラックをどっかにやってくれました。あ、そうそう先週の囮作戦の時はよそ見してたザップさんのせいで敵の体液もろに被って変な神経毒のせいで身動き取れなくなってたところに崩壊したビルの瓦礫が雨あられの如く降ってきてもう無理ってなったんですけどどうしてか別の任務に参加してたはずのカナエさんが「わかったわかったもういいそれ以上言うな」
「自分で振っといて自分で終わらすのかよ……まあとにかく、そういうことです。だからカナエさんは僕のヒーローなんです」

コイツほんと身勝手だなと思いながらも口には出さず、代わりに「けどなんで毎回あんなタイミングよく僕の近くにいるんだろ……」と日頃感じている疑問を口にすれば、ザップさんもツェッドさんも神妙な顔つきでお互いの顔を見合わせるので、なんか変なこと言ったかな?首を傾げてしまう。

「どうしてアイツが毎度毎度おめえさんの近くにいてピンチに駆けつけてくれるのか知りたいか?陰毛頭クンよ」
「え?わかるんスか?なら勿体ぶってないで教えてくださいよ」

ザップさんにわかるくらい単純なことなんだろうか、と思いつつその顔を伺い見れば、彼は仰々しい口ぶりで「それならば教えてやろうレオナルド君」と僕の両肩に手を置いた。

「それはアイツがただのストーぐふッ」
「その答えは私が教えてあげる」

やけに神妙な顔つきで口を開いたザップさんは、しかしその台詞を最後まで言い終わることなく床に沈みこんだ。頭の上には鋭いヒールのついた踵がめり込んでいる。すらっとした脚を上へと辿っていけば、渦中の人がそこにはいた。

「答えは簡単、君が私にとって大切な人だからだよ」

おおよそ人を足蹴にしているとは思えない綺麗な笑みにいたずらっぽく人差し指を重ね、おまけと言わんばかりにウィンクまで投げつけるその姿はサマになりすぎていて、もしこの人が男だったならザップさんより遥かにモテてたんだろうなあと思う。ザップさんは恥も外聞も捨てて自分からガツガツ狩りに行ってまあまあの割合でウザがられてるけど、カナエさんはたぶん何もしなくても女性の方から寄ってくるタイプだ。羨ましいなあなんてぼんやり考えてたら「あれ?無視?」と困惑した声が聞こえてきて慌てて我に返った。

「あっ!いや!違うんですスイマセン!!」
「何がどう違うのさあ……」
「えーっと、その、家族以外に大切な人なんて言われたの初めてだったからその、ビックリしちゃって!」
「本当に?」

少なからずそう思ったのは事実なので「ホントです!ホント!」と大げさな身振りで必死に訴えれば、カナエさんはようやっと納得したらしい。さっきまでの疑いの眼差しが一転、ちょっとはにかんだような笑顔で「そっか、じゃあよかった」と呟いた。

「なァにがよかっただよ!こっちはこれっぽっちもよくねえんだよこのクソアマ!!!さっさとその足どけやがれ!!」
「ちょっと黙っててザップ、私とレオナルド君の邪魔しないで」
「うるせええぇぇ!!どう考えたってテメェのほうが邪魔だろうが!!!」
「もういい。どっか行って」
「は!?誰に向かって物言って……」

またもや最後まで台詞を言うことなく、ザップさんは僕らの目の前から姿を消した。毎度毎度こうやってカナエさんを怒らせては転送魔法で西へ東へ飛ばされているというのに本当に凝りない人だ。

「レオナルド君」
「はい?」
「君が困っているときはどこにいたってきっと助けに行くよ。だから遠慮なく私のことを頼ってほしい」

その射抜くような眼差しはクラウスさんととても似ていて、けれどクラウスさんの言葉みたく素直に受け取れないのはきっとカナエさんが生物学上の女で、僕が男だからだと思う。一体どんな顔をしてどんな言葉を吐き出せばいいのかわからず、きつく唇を噛み締めた。

「なんか不服そうだね」
「不服……ってわけではないんですけど」
「けど?」
「女の人に守られっぱなしってのはなんかちょっと、男として情けなすぎるっていうか」
「きみ、それは男女差別でしょ」
「ちっぽけなプライドだってわかってるんです!けど……僕には、カナエさんに返せるものが何もないから……どっちかがどっちかに頼りっぱなしの関係って、不健全ですよね」
「フケンゼン」
「なんでちょっと嬉しそうなんですか?」
「いやいや、ちょっとね……うん、そうか、私とレオナルド君は不健全な関係なのか……不健全な関係ね……」
「なんかそれ意味ちがくないっすか」

どこにそんなニヤける要素があったんだと若干引きながら見ていると、カナエさんは「まあそれはともかくとして」とほんの少し口元を引き締める。

「これは私がやりたくてやってることなんだから君が申し訳なさを感じる必要はなんらないんだよ」
「そういうわけにはいかないッス」
「でも私が助けに行かなかったら君週の半分は病院だよ?」
「そりゃそうかもしれないですけど……」
「君ってほんとそういうとこ律儀っていうか、へんなとこ頭固いよね」
「突然ディスるのやめてもらっていいですか?」
「まあそんなとこが君の魅力でもあるんだけどさあ」
「急に褒めるのもやめてください照れるんで」
「わがままだなあもう……じゃあさあこうしようよ」

そう言ってカナエさんはどこからともなく取り出した名刺サイズの紙にさらさらと何かを書き始めた。

「なんですかそれ」
「ポイントカード」
「ポイントカード?」
「一回助けるごとに1ポイントで、5ポイント貯まったら1つ私のお願いをきいてもらう」
「お願い……」
「お願いったってザップじゃないんだから内蔵売ってこいとかスティーブンさんの顔にらくがきしてこいとかそんな無茶ぶりはしないから安心してよ」
「よかったです」
「あくまで簡単にできるお願い。それならいいでしょ?」

はい、と渡された手書き感あふれるそれを見て、果たしてそんなことで恩返しになるのだろうかと頭をひねる。けれどカナエさんはそんな僕の心も知らず、「レオナルド君が助かった〜!と思うタイミングで書いてくれたらいいから」と笑うので、それはいくらなんでもあんまりすぎるだろうと息を吐いた。

「カナエさんペン貸してください!」
「え?はいどうぞ」
「どうも!」

半分ひったくるように借りたペンで、歪な枠線のなかを埋めていく。とっ散らかった頭の中を掘り返してカナエさんとの記憶を拾い上げれば自分でも思った以上に彼女に助けられていることに気付いて、まだ固いかさぶたを無理やり剥がしたときみたいなじくじくした痛みが胸に走った。ほんと情けないなあ俺。

「カナエさん」
「うん?」
「カナエさんも、僕にとっちゃすごく大事な人です」
「うん」
「俺、すげえ非力だし、目が良い以外は別段とりえもないし、どんなに頑張ったってきっとカナエさんにしてもらったことの1/3も返せないと思うけど……でも、俺もカナエさんが困ってる時は力になりたいし、ピンチの時は駆けつけたい。俺に出来ることなんてたかが知れすぎてると思うけど、でも、俺だってカナエさんの力になりたいんす。だから、俺に出来ることならなんだって言ってください。こんなのなくったって、カナエさんのためなら俺、頑張りますから」

顔を見ながら言えないところが俺の駄目なところだよなあと思いながら頭を掻いて、使い終わったペン先を仕舞う。ここにザップさんがいなくてよかった。いたら絶対にからかわれまくっていたに違いない。

「はいカナエさん、これで2つはお願い聞けますから」

何でも言ってくださいと言いかけて固まった。なぜかっていうと、顔を上げた先に見えたカナエさんの頬が真っ赤に染まっていたから。

「あの、カナエさん?」
「嬉しい」
「え?」
「すごく、嬉しい……私、君の大切な人のひとりになれてるんだね」

その言葉に思わず目を見開き、はっと息を呑んだ。大切なものを愛おしむような、慈しむような、そんな色。懐かしいふるさとの景色を思い起こさせる穏やかな微笑みに、心の中の自分が『あ、すごい好きだな』と呟いた。

「んっ?」

瞬間、濁流のような何かがとめどなく押し寄せてくるのを感じた。心臓がバクバクと脈打って、息が上手くできない。なんだこれ、俺、どうしちまったんだ?今すぐいろんなものを放っぽりだして、街中を叫びながら駆けずり回りたい。駄目だそんなのただの変人じゃあないか!落ち着け自分!今はただ、この嵐のような何かが過ぎ去るのをじっと待つんだ。

「レオくん、顔が真っ赤ですよ」
「へっ?」

そうしてなんとかやり過ごそうと拳を握りしめたのに。すっかり存在を忘れていたツェッドさんが髪にホコリついてますよみたいな軽さで繰り出したその一言のせいで、俺の努力は見事水の泡となった。

「う、うっ、うわあああああああぁぁぁ!!!!」
「レオ君!?」

熱い、あつい、まるで全身の血を熱湯に入れ替えられたみたいだ!どうして、なんでこんな。駄目だ全然理解が追いつかない。恥ずかしい、いたたまれない、今すぐここから逃げ出してしまいたい。

「きゅっ急用が出来たので帰ります!おやすみなさい!!」

後ろでカナエさんが呼んでた気がするけれど、振り向くことなんてできやしなくて、明らかに苦しすぎる言い訳を吐き捨てて俺は事務所の玄関を転がり出た。普段は楽チン快適なエレベーターも、今ばかりは階段でないことを恨んでしまう。ほんの数十秒だってじっとしていたら気がおかしくなりそうで、さっきの比じゃないくらい大きな声を上げながら頭を抱え、うずくまった。

カナエさんは俺の大切な人で、でもそれはあくまでライブラの仲間だからで、でもこの胸に芽生えてしまった感情は、この気持ちの名前は。

「嘘だろ、マジかよ」

こんな肝心な時にヒーローは来ない。いや、来てもらっちゃあ困るのだ。だって僕は、彼女のことをーー
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