「なんでそんなに食べるのに太らないんですか」

おもむろに投げかけられた問に、思わず手を止める。運動量、筋肉量、基礎代謝量、全てにおいて違うのだから比較するだけ無駄なのではないかと言おうとして流石に止めた。人の心に鈍い俺でも彼女の求める答えがそれでないことくらいはわかる。

「……どうした、藪から棒に」
「だって……」

彼女は一旦そこで言葉を途切らせ、自分の手元にあるケーキと俺の前にそびえ立つ巨大なパフェをじっとりとした目で見比べた。そうしてこれでもかというほど大きなため息を吐いて、おずおずと口を開く。

「……健さんと付き合いだしてから5kg太ったんです……わたし」

なんとも返答に困る台詞だった。じっくり長考したいが持ち時間はほとんどない。彼女のこれまでのパターンでいくと恐らく、安易に太ってないと言えば「適当なこと言わないでください!」と怒るし、気にしなくていいと言っても「気にしてるから言ってるんです!」と怒るだろう。さてどうしたものかとしばし考えを巡らせて、さっき口に運びかけた小さなシュークリームを彼女の目の前に差し出した。

「うっ……」
「美味いぞ」

躊躇うようにほんの少し引かれた口元を追いかけるようにスプーンを突き出せば、しばらくの後、観念しましたと言わんばかりに大きく唇が開かれる。

「あ、ほんとだ美味しい……」
「こっちのチーズケーキも食べるといい」
「もう!そういうところですよ!」

キッと目を吊り上げて怒りながらも一口に切り分けたケーキを差し出せば不服そうな顔でそれを食べ、また「美味しい……」と漏らす彼女に思わず喉の奥で引きつったような笑い声が出た。

「健さんが餌付けするからつい食べ過ぎちゃうんです!」
「そうか、それは悪かったな」
「全然悪いと思ってないでしょう!」

あまり嘘はつけない質なので何も言わずにやり過ごしていると、彼女はそっと自分の腹をつまんで「最近会う人会う人みんなに太った?って聞かれるんです……」と嘆きの声を上げた。

別にそれを理由に故意に食べさせているわけではないが、女は少々ふくよかな方が抱き心地が良くていいということを彼女は一向に理解しようとしない。

そんなことを思っている間にも彼女はぶつぶつと俺に対する恨み言をこぼし続けているし、グラスの中のアイスは刻々とジュースに変わってきている。そろそろこの局面を打破したいところだ。

「ねえちょっと、健さん聞いてますか?」
「ああ……つまるところ君のそれは幸せ太りだろう?」
「はぁっ?」

俺の言葉が余りに予想外だったのか、丸い目を更に丸くして彼女は口をぽかんと開ける。「違うのか?」と畳み掛ければ数回唇を震わせて、それから蚊の鳴くような声で「ちがわないです」と囁いた。

「なら、堂々としておけばいい」
「……はい」
「俺も、もっと太ってもらえるように努力しよう」

液体になったアイスを流し込んでそう言えば、「馬鹿」の一言と共にコツンと脛を蹴られる。どんな君でも好きだくらい、言えばよかったかな。




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