「かなえちゃーん、かなえちゃーん!」
「はい、お呼びですか会長。」
「悪いんだけどさあ、ちょっと用事で離れるからコイツのこと頼むわ。」

会長に呼び出され頼まれたのは宗谷名人のお世話。具体的には、名人がスムーズに免状に署名出来るようにお手伝いすること。一見簡単そうに見えて結構気を使うのだ。なぜなら宗谷名人が超が付くほどの天然ちゃんだから。墨をこぼさないか、筆を落とさないか、スーツを汚さないかなど色々気を付けないといけないことはたくさんある。頑張らねば、と意気込んでいると、黙々と筆を動かしていた宗谷名人が不意に顔を上げた。

「こんにちは。」

こうして何度か会長に頼まれて手伝うことはあったけれど、宗谷名人が喋ったところなんて本当に数えるほどしかなかったので面食らい、ワンテンポ遅れて「こっこんにちは!」と返事をした。

「お手伝いさせてもらいますので!」
「うん……よろしく。」

そう言って宗谷名人はにこっと微笑み、また筆を執った。

勝手なイメージとして、宗谷名人はさらさらと流れるような字を書くのだと思っていたけれど、意外と一画一画力強く丁寧に書いている。字は性格を表すなんて言うけれど、宗谷名人の本質もこんな風に意外性があるのかもしれない。

「綺麗な字ですね……」
「……先生に習って、練習したから……」
「書道部、入っておられたんですか?」
「昔少しだけ……」

書き終わった免状を汚さないように慎重に持ち上げて脇へ避ける。残りは一体何枚あるのだろうと紙をめくってみれば丁度十枚だった。

「……宗谷って、かっこいい名前ですよね。」
「……そう?」
「強そうだし……」
「つよそう……?」

私の言葉に宗谷名人は不思議そうな声色でそう言い、少しだけ首を傾げた。その間にも一枚、また一枚と、ハンコでもついたように正確な字が書き上げられていく。

「そんなこと、初めていわれた。」
「本当ですか?かっこよくて憧れます、宗谷って名字!」

そう力強く言ったところで、ハッと我に返った。よろしくと頼まれたのに、さっきから邪魔しかしていない気がする。すいませんどうぞ続きをお書きくださいと言うと、宗谷名人は止めていた手を再び動かし、おもむろに口を開いた。

「なら……君も宗谷になれば?」

なら、君も、宗谷になれば?それは一体どういう意味なのだろう。冗談、にしてはちっともそんな風な感じに見えない。私はなんて言ってよいのかわからず、苦し紛れに「……そ、そんなの……宗谷って名字の人と結婚でもしないと無理じゃないですか……!」と軽い口調で返した。

「うん……だから、」

肝心のその後は言わず、宗谷名人は微笑みを浮かべたまま静かにこちらを見つめる。思いがけないその反応に困惑しながら、えっとと言葉を紡ごうとしたとき、宗谷名人はまたおもむろに筆を走らせた。

「…………似合ってると思うけど……」
「……そっ、それは、」
「どうよ、順調?おっ、もう終わったのか、やるじゃ……ってなんじゃこりゃ!?お前証書に何書いちゃってんの!?この紙高いんですけど!?えっていうか君ら何、そういう仲なの!?えっ!?」
「しっ……失礼します!!!」

証書をむん掴んで慌てて休憩室まで走り抜ける。後でお局様に怒られるかもしれないけど今はそれどころじゃない。

「どうしよう……」

顔が赤い。心臓がバクバクする。たまらなく恥ずかしくて逃げてきたのに、もう一度あの場に行って真意を問いただしたい気持ちでいっぱいになる。

夢が現かもわからなくなってきて、握りしめた証書を恐る恐る広げれば、そこにはやはり見間違いでもなんでもなく、達筆な『宗谷』とちょっとバランスのおかしい『かなえ』の文字が踊っていた。
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