珍しく棋譜でも盤でもなく窓の外を眺めていた冬司くんに気まぐれで晩御飯のリクエストを聞いてみたら、思いも寄らない答えが返ってきた。

「たこ焼き……」

じゃあ食べに行く?と尋ねると、冬司くんは目線も向けず、ふるふると頭を振る。じゃあ買ってこようか?と聞いても同じように頭を振るので、恐る恐る、家でやりたいの?と聞いたら、こくんと深く頷いた。

一体何がそこまで彼を駆り立ててしまったのか。そもそも彼の辞書にたこ焼きという文字が存在していたことにまずびっくりなのだけれど。食に対する興味関心が著しく欠けている彼が食べたいと言うのだから、面倒だけれどここは一肌脱ぐしかない。

「どこ仕舞ったっけなあ……」

たこ焼きなんて家でやるのは何年ぶりだろう。実家にいる時は時々やってたけど、ここに嫁いでからは冬司くんがこんななのでやる気になれなくて、持ってきたたこ焼き器もすっかりお蔵入りしていた。

「あった……」

蛸やら天かすやらは近所で調達してきて、生地も適当に作る。台所の机の上にこれでもかというくらい新聞紙を引いて、ソースとマヨネーズと青のりと鰹節を出したところで、冬司くんが顔を覗かせた。普段は絶対にそんなことしないのに、どんだけ楽しみなんだ。

「はい、準備出来たよ。」

いつもなら声を掛けないと手も洗わないのに今日は自主的に洗ってるし。本当に子どもみたいだなあと思いながらたこ焼き器に火を付けた。

「っていうか宗谷くん、たこ焼きやったことあんの?」
「前に大阪で対局の後に……」
「へえ、」

そういえばいつぞやに大阪から帰ってきたとき、やたらとスーツが臭かった記憶があるけど、あれはそのせいだったのか。あちこちに染みがついてるのはいつものことだから気にせずすぐにクリーニングに出してしまったけど。

「で、楽しかったん?」
「うん。おいしかった。」

受け答えが若干噛み合ってないのはいつものことなので、そらよかったなあと返す。この人にすれば楽しいも美味しいも同義だ。私は煙の上がってきた鉄板に油をたっぷり引いて、勢い良く生地を流し込んだ。

「はい。ヤケドせんようにね。」

とりあえず手前の一つをひっくり返してみたら、ええ塩梅だったので冬司くんにもう一本のピックを手渡した。果たして本当にちゃんと出来るんだろうか。普段の不器用っぷりを知っているだけに、ハラハラしながら見守っていると、冬司くんは上手に生地を剥がして、ひと思いにくるりとひっくり返した。

「おお。上手上手!」
「教えてもらったから。」

ちょっと得意げにそう言って、ニコニコとたこ焼きを回す姿は無邪気そのもので、とっくに三十路を超えているとはにわかには信じがたい。おまけに、このたこ焼き器が将棋の盤になればこの人は途端に将棋の鬼に早変わりするのだから、世の中わからないものだなあ。

そんなことを思っているうちに着々とたこ焼きは焼きあがり、お皿に積み上がっていく。ソースもマヨも薬味もたっぷりかけて熱いのを承知で口に放り込んだ。

「あっつ……あつ……でもおいしいー!」

やっぱり焼きたては一味違う。冬司くんが焼けにくい真ん中のたこ焼きにかかりっきりになっている間に、ふたつみっつと遠慮なく食べ進めていると、ふと自分の取り分があまりに少ないことに気付いたらしい冬司くんに恨めしそうな目で見られた。

「……かなえ、食べ過ぎ。」
「ごめんごめん……」

いじけモードに入ってしまった冬司くんはお皿の上のたこ焼きをつんつんつついて遊んでいる。いや、恐らく本人的には冷ましているつもりなんだろうけど、これではいつまで経っても冷めるわけがないので、お箸でパカッと割って息を吹きかけた。

「はい。熱いし気ぃつけてね。」

そう言って、あーんとたこ焼きを口に運ぶと、猫舌な冬司くんはこれでもかというくらいハフハフと熱そうに食べる。そしてごっくんと飲み込んだ後、また口を開けた。

「……おいしい。」
「ねえ、おいしいねえ。」
「はやく次入れて。」
「はいはい。」

二人三脚で山のように出来上がったたこ焼きは普段の少食っぷりを微塵も感じさせない冬司くんの働きにより大半がなくなり、いくらか余った分も、冷凍するまでもなく次の日には平らげてしまった。

この日を境に宗谷家では月に一回たこ焼きパーティーが開催されることになるのであった。
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