「あー……お腹減った……」

二月に入って、かなえは教科書と向き合っている時間が長くなった。どうやらもうすぐ期末テストらしい。俺は中卒だから、大学生活というものが全く想像がつかないが、かなえを見ている限り結構大変そうだ。

「うどんでも食うか。」
「こんな時間に食べたら太っちゃう……でもお腹空いたよう……」
「そんな細っこい体して何言ってんだ。待ってろ、作ってやる。」
「えっいいんですか!?」
「たまにはな。っていうかうどんでいいのか?」
「卵とじ!卵とじがいいです!ねぎも大盛りで!」
「了解。」

かなえがうちに来るようになってからすっかり立つことの少なくなった台所。ここは多分うちのなかで、この一年で一番大きく変化した場所だと思う。

ガラガラだった冷蔵庫は色んな食材やら調味料で溢れかえっているし、スペースのあり余っていた引き出しには、計量用のスプーンやら、すり鉢やら、かなえが買ってきた道具が目白押しだ。

かなえの手は魔法の手だと思う。俺には全く調理方法の分からない食材を、全く使い方の分からない道具で、たちまち食べたこともない料理に変えてしまうのだ。かなえの料理を見ると、俺が今までどれだけ適当なものしか作っていなかったのかを痛感する。

「んーと、うつわうつわ……ってうわ、びっくりした!」

お湯を沸かしているうちに卵をといてしまおうと、器を出そうとして心臓が飛び跳ねた。暗い廊下からかなえが幽霊のようにこっちを覗いていたのだ。鍋を持っていない時でよかった。

「俺の料理の腕がそんなに心配か?」
「んーん、違うんです。島田さんが料理作ってくれるの、珍しいから、目に焼き付けとこうと思って。」
「悪いな。いっつもやってもらってばっかりで。」
「気にしないでください。私、料理作るのは全然苦じゃないんです。むしろお財布の心配をせずに好きなものを好きなように作れて、それを美味しいって食べてくれる人がいて、ありがたいくらいなんですから!」
「ははは、そう言ってもらえると、こっちとしても助かるよ。」
「やっぱり、作っても食べてくれる人がいないと、寂しいですからね。」

そんなもんなのかな、と俺は内心思った。そもそも俺にとって料理とは、致し方なく自分の腹を満たすためのものであって、誰かに食べてもらうものという発想がまずない。男女の違いかもしれないが、ひとりで飯を食うこと自体に寂しさを感じることはあっても、自分の手料理を食べてくれる人がいないことが寂しいとかいうのは、一度も感じたことがなかった。

「……よし、できたぞ。」
「やったー!」
「箸出してくれるか。」
「はーい!」

結構汁だくになってしまったので、こぼさないように気を付けて、丼を運ぶ。ホカホカと立つ湯気を見ているとやっぱり食べたくなるもので、二人前作って正解だったなと心の中で頷いた。ふたりで頂きますと手を合わせて、箸を手に取る。

「どうだ?味。つってもうどんスープ入れただけだから味付けも何もないけど。」
「めちゃくちゃ美味しいです!」
「そっか、よかった。」
「あー……やっぱり卵とじうどんは最高ですね……ほっこりします……」
「寒い時に食べると沁みるよな……」
「はあ……おいしい。」

心の底からしみじみと、美味しいと呟くかなえ。大げさだなあと笑いながらも、ここまで喜んでもらえるのなら、また作ってやろうと思った。

「あ、そうか……」
「ん?どうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ。」

これが、さっきかなえが言ってたことなのかもしれない。同じうどんでも、自分の腹を満たすためにただ機械的に作って食べている時とは明らかに違う。自分だけのためになら、また作りたいなんて思わない。今まで感じたことのない不思議な、でもどこか幸せな感覚だった。

もしかなえもこんな気持ちで俺にご飯を作ってくれているのなら。そう考えて、胸の中がこそばゆくなったのでやめた。

「……さて、腹も膨れたことだし、もうひと踏ん張りするかね。」
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