「一年あっと言う間ですねえ。」

とんとんとん、と七味の瓶を指で弾きながらかなえが言う。俺はそうだなあと相槌を打って、蕎麦をすすった。

「ん、美味い。」
「出汁はちょっと甘めにしてみました。」
「うん。なんかいいな。上品で。」

今年も残すところあと数十分。俺とかなえは当初の約束通り、まったりとした大晦日を過ごしていた。

「今年は一年どうでしたか。」
「ん……そうだなあ……」

そう言われて今年一年を振り返る。将棋に関して言えば、牛歩の歩みではあるが、それでも着実に一歩ずつ前進している実感の得られた年だった。順位戦も、決して順風満帆とは言えないが、それでも周りに置いていかれないようになんとか今のところ食らいついてはいけている。タイトル戦は、後一歩というものが多かったが、それでも挑戦者の切符に手が届きそうな位置まで来られたことは大きな成長だ。それもこれも全ては、かなえがいてくれたからこそだと思う。今になって、将棋だけに専念できる環境がどれだけありがたいかを痛感している。

「かなえのおかげで、いい一年になったよ。」

本当にありがとうと頭を下げると、かなえは照れくさそうに笑って「どういたしまして」とかまぼこをかじった。かなえはいつもそうやって、かなえの優しさの上に胡座をかく俺を許していてくれる。ほんとだめなオッサンだよなあ、俺。

「んで、かなえは?」
「私は?そうですね、大きな病気もしなかったし、単位も今のところ落とさずこれてるし……」

それに、と言ったあと一息置いて、かなえはまっすぐに俺を見た。

「島田さんと一緒にいられたから、よかったです。」

恥ずかしげもなくそう言い切るかなえの瞳は胸元で揺れるダイヤモンドよりずっと輝いて見えて、その美しさに思わず手を伸ばしそうになる。

もし今かなえに触れたらどうなるのだろう。シャボン玉のように弾けてしまうのだろうか。それとも。

思考が頭の中を巡って上手くまとまらない。きっと年越しだからと張り切って、普段飲まない酒を飲んでいるからだ。そんな俺を正気に戻したのは、かなえの「あっ」という一声だった。

「島田さんお蕎麦伸びてる!」
「うわ、ほんとだ。」
「早く食べないと年越せませんよ!」

そうこうしている間にすっかりカサを増した蕎麦をふたりで必死に片付けていれば、遠く、厳かな鐘の音が響いてくる。いつかなくなってしまうとしても、この幸せが少しでも長く続くようにと、願わずにはいられなかった。

もうすぐ新しい年がやってくる。
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