▼ “スコッチ”
「ただいま、スコッチ」
おかえり。遅かったね。
背を向けたまま言葉を返せば、ご機嫌ななめか?と見当違いなことを言われる。違うぞレイ。今はただそんな気分なだけなんだ。
突然だが、私の名は“スコッチ”という。
ある日突然この男、レイに囲われた可哀想な子です。こういうのを籠の中の鳥って言うんだ。いや、私は鳥じゃないけど。例えだ、例え。
詳しい事情は知らないが、どうやらレイが私を誰かと重ねて見ているということだけは分かっている。レイのこころが不安定な時、私を痛いくらいに抱きしめて、ごめん、ごめん、と謝るのだ。レイは“本当のスコッチ”にとても悪いことをしたらしい。
そうこうしている内に、スーツのジャケットを脱ぎ捨てたレイに脇の下を掴まれて、そのままベッドへダイブ。ばかレイ。これをやめろといつも言っておろうに!
抗議の声を完全に無視してレイは私の首元やお腹に顔を埋めてきた。そうなんです。皆さま、レイは変態なのです。
「あー‥‥癒される‥‥‥」
さよか。でもやめれ。
変態レイは行為だけでなく、その手付きも中々のものだ。ほら、こうやって、今も‥‥ァッ。
こやつ、全身をくまなく弄ってきよる!
あ‥‥こら、へんたい、そこっ‥‥!そこは!らめぇ!!
×××
「ただいま、スコッチ」
「‥‥邪魔するぞ」
今日はレイの後ろにアカイがいた。
私が知る限り(一方的にレイだけが)声を荒げて話をするこの二人は、実はかなり仲が良い。
スーパーの袋を持ったレイと、ガチャガチャと瓶がぶつかる音が聞こえてくる袋を持ったアカイ。‥‥今夜も二人で呑んだくれる様ですね。
着替えに行ったレイがそのままキッチンに入ってつまみの用意をしている間、アカイは私にちょっかいを出してくる。
うーむ、また煙草をしこたま吸っていた様だ。きさま、くさいぞ。
近づいてきた手をはたいて、つん、とそっぽを向く。その匂いをなんとかしなければ近寄るでないぞ。その意を込めて。
私自身に匂いが移るのも嫌だが、この部屋に染み付いてしまったらどう責任を取ってくれるんだアカイィ!‥‥今のはレイの真似だ。ふふん、上手いだろう。
「ん‥‥?ああ。すまない降谷くん、消臭剤を借りるぞ」
「棚にある。勝手に使え」
「ありがとう」
シュッ、シュッ、とアカイがジャケットやシャツにフローラルな香りをふりかける。そうだ、それで良い。
「これで良いだろう?‥‥全く、降谷くんに似てきたな」
漸くアカイの手を受け入れる。アカイの手はレイの手よりごつごつだ。まあ、この手も嫌いじゃない。
でも、私を見るアカイの目は嫌いだ。レイみたいに‥‥そう、罪悪感を持った目。それで私を見てくるのだ。きっとアカイも“本当のスコッチ”に悪いことをしたに決まっている。
私は“本当のスコッチ”ではない、そんな目で見られても困るだけだ。“スコッチ”は、君たちに何もしてやれないのだから。
「赤井、ほら。てきとうに作ったぞ」
「‥‥降谷くん。君のてきとうは、いつも最高に適当だな」
「煽ててもあと二品しかないからな」
「‥‥ふむ‥‥」
レイのお陰でアカイの視線から外れた私はそそくさとリビングから出る。酒の匂いはそんなに好きじゃない‥‥その好きじゃない匂いを纏ったレイも勘弁だ。
お二人さん、楽しめよ。
部屋を出る際に一言掛ける。
おやすみとレイが笑って、アカイもレイが作ったつまみをもぐもぐしながら片手を上げた。
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