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  ラムネ


知らない場所のはずなのに、どこか懐かしい気がして立ち止まる。
なんだろう、この不思議な感覚は。前にも見たことがある景色のような気がするが、確かにここに来るのは初めてなのだ。

「・・・気のせい、か」

小さく呟いた言葉は誰に拾われるでもなく、風にさらわれた。
前にいた面々が立ち止まっている仲間に気付き、名前を呼ぶ。
それに返事をして小走りにれんは仲間の元へ合流した。

宿へと戻った三蔵一行は先ほど調達した食料の一部を食べながら、聞き込みした情報を整理していた。

「ここまで平和な村というのも最近では珍しいですね」

「昔から妖怪と関わりがなかったンじゃねーの?」

特別大きくも小さくもないこの村は、妖怪の影響をほとんど受けていなかった。
村人もみんな口をそろえて『この村には妖怪が出たことがない』と言う。

「安全なのはいいことだよ」

「たしかに!!」

肉まんを食べ終えた悟空がれんの言葉にニカッと笑って賛同する。
しかし三蔵は眉間にしわを寄せたまま、窓の外を見ていた。
不愛想で何かを思案している目の前の人物に、れんは人差し指を突き出した。

「そんなに難しい顔してたらハゲるぞ〜三蔵サマ」

ぐりぐりとしわを伸ばすように押してやれば、そのしわは伸びるどころか、ますます深いものに変わっていった。
しかし、それに気付いた時にはもう遅かった。
スパーン!とれんの頭に勢いよくハリセンが繰り出されたのだ。

「あだっ!!」

「何しやがるテメェ!」

「いやそれこっちのセリフ!いきなり叩くなんてひどい!暴力反対!」

「テメェから手出してきたんだろ!」

「だって眉間にこーんなしわ寄せてるんだもん。つつきたくなるじゃん?」

自分の表情の真似をして、謝る気など全くないれんの様子に、床に向かって深く溜息を吐く。
そうだ、コイツはそういうヤツだ。

「何か考えてるんでしょ?そういうのは私たちにも言ってよね。何かあってからじゃ遅いんだし」

その言葉に、ちらりとれんを見れば、さっきのイタズラ顔はどこへやら。悪意などこもってない笑みがこちらへ向けられている。
それを見て、三蔵は再び、だが先ほどとは違う溜息を吐く。
そうだ、コイツはそういうヤツでもあった。

「・・・こんなに平和なのは何か裏があるんじゃねェかって思っただけだ」

「一理ありますね。でも、三蔵。れんが言ったように一人で抱え込むのはナシですよ」

「そうだそうだ!ひとり占めなんてズリーからな!」

2人の言葉に、めんどくさそうに返事をして三蔵はタバコに火をつけた。

「そういえばれんチャン、途中で立ち止まって何か見てたケド、気になるモノでもあった?」

悟浄の言葉にれんは、ああ、と相槌をする。

「ただの家だよ」

「ただの家を見てたんですか?」

「あー、なんか懐かしい気がして」

八戒の入れたお茶を飲み、その時の様子を振り返る。

視界に留まったのはただの家と庭。
もう少し付け足すなら、平屋建ての家と、手入れされた芝が広がり玄関横に花壇のある庭だ。
ごく普通の建物なのに、なぜだか目に留まり、懐かしい気分になったのだ。

そう語れば、フーッと白い煙を吐いた三蔵が口を開いた。

「ただのごく普通の家だから、懐かしい気がしただけだろ」

風呂に入る、とタバコを消して、三蔵は部屋を出ていった。



翌朝。
昨日三蔵が言っていた、この村には何か裏があるのではないかという考えの元、今日は各自情報収集をすることになった。
正午には宿へ戻ってきて、昼食を取りながら集めた情報を伝えるという流れで各々出かけていった。
あと30分ほどで約束の時間という頃、特に妖怪についての手掛かりを得ることのできていないれんはどうしても昨日見た家が気になって、あの家の前まで来ていた。

着いたのは良いものの、一体どうするべきか。
ここでじっと眺めているのは完全に不審者だ。しかし、この家主を呼んだところで何を話せばよいというのか。
うーん、と腕を組んで考えていれば、ガチャ、と音がしてドアが開いた。
咄嗟のことに隠れることもできず、そのまま家主とご対面。

「え、あの・・・うちに何か御用ですか?」

鍵を手にして出てきた彼は、庭先にいるれんに不思議そうに尋ねた。

「い、いや〜あの、その・・・す、素敵なお庭だな〜と思って!アハハ!」

苦し紛れに出た言葉に我ながら呆れたが、家主はその言葉を素直に受け取ったらしく顔を綻ばせた。

「本当ですか!?いやー芝を手入れするのって大変で!この花壇の花も枯れないようにと一生懸命育ててるんです!あ!良かったら中でお茶でも!」

「え」



「どうぞ」

コト、と客人用のカップが目の前に置かれる。

「あ、どうも・・・」

湯気を立てる紅茶に口をそっと近付け、一口。
なんとも香りの良い、ほっとするような味わいの紅茶に、緊張していた心もほぐされるようだ。

「すみません、お出かけするところをお邪魔してしまって」

カップを机に置いて、斜め前に座る家主、春英(シュンエイ)を見た。
お気になさらず、と柔らかく笑う彼は雰囲気からして優しく、口調も穏やかだ。年は自分より少し上くらいだろうか。

「一人暮らしで特に趣味もなく。ただ、理想とする庭がありまして、それに近付けようと日々手入れしているものですから、褒めてもらえてうれしかったんです」

「そうですか。理想のお庭ってどんな?」

「芝生が広がっていて、玄関の横には花が溢れる花壇があって、そして端には家庭菜園のようなスペースがあるお庭です」

「お〜なるほど」

嬉々とした表情で語る彼に、聞いているれんも心がほっこりとした。
しかしながら、あの懐かしさの謎は解けていなかった。
さっき見たときにもやはり感じたのだ。何とも形容しがたいあの気持ち。絶対どこかで見た気がする。しかし、それがどこだったのか、いつだったのかは全く思い出せない。
春英の話を聞く傍ら考えていたが、最後までその正体がわかることはなかった。



「・・・とまあ、俺はこんな感じ」

約束の正午、全員が宿に帰り、宿の主人が作った昼食を食べながら報告が行われた。
しかし、三蔵、悟空、八戒、悟浄の4人は特にめぼしい情報を手に入れられず、残すはれんだけとなった。

「私も特に有力な情報とか怪しい動きとかはなかったなー」

「全員そろってとなると・・・本当に何もないのかもしれませんね」

単なる思い過ごしということで話が締めくくられそうになったとき、れんはふとあることを思い出した。

「あ、でも一つ気になったことがあった」

その一言に、全員の動きが止まり、視線が彼女へと向けられる。

「昨日言ってた家に行ったんだけど、そこの家主の言葉がなーんか引っかかって・・・」

それは、れんが春英の家を出ようとした時。

『次は、お菓子でも用意しておきますね』

彼はにこやかなままそう言った。

「次行くかどうかなんて分からないのに、何でそんなこと言ったんだろう?」

「自分家の庭、褒めてくれたから次もまた来てくれるだろーって勝手に思ったんじゃねェ
?」

悟浄の言葉に、そうかなぁ、と返事をする。
何か意味のある言葉なのか、それとも悟浄の言う通りなのか。

「住民から妖怪の情報がない以上、この村に長居は不要だ。明日の昼、ここを発つ。準備しとけ」

三蔵の言葉に各々返事をした。
れんはもやもやが晴れないでいたが、きっと気のせいだと言い聞かせて昼食と共に流し込んだ。



昨日の夜も特に何もなく、平穏に朝を迎えた。
いつもより早く床についたれんは、いつもより早く目が覚めた。他のメンバーはまだ寝ているようで、自分だけ布団でゴロゴロしているのも暇なので、散歩に出かけることにした。

「ん〜〜〜っ!」

宿を出て思い切り伸びをする。
朝の新鮮な空気が身体に入ってとても気持ちいい。
日が昇って少し経ち、辺りは明るくなっているが、まだ村人も目覚めている人は少ないようで、昼間は賑やかな通りも今は静かだ。
今日の昼にはここを離れる。その前に探検だ、とでも言わんばかりにれんは村のいたるところを歩いていた。
家の数がだんだんと少なくなっているのを感じたとき、少し先に野原が広がっているのが見えた。
そこへ近づいてみれば、白い花がたくさん咲いている。
れんはできるだけ花を踏まないように、野原へ入った。
足を踏み入れて分かった。ここにあるのはシロツメクサだと。
シロツメクサがあるということは、四葉のクローバーもあるかもしれない。
れんはしゃがんで、四つ葉のクローバー探しを始めた。

「う〜ん・・・あっ!あー違ったぁ・・・」

四つ葉かと思いきや三つ葉、ということを繰り返してどれくらいの時間が経っただろうか。

「あの、れんさん?」

突然名前を呼ばれた。
クローバー探しに夢中になっていたれんは人の気配に全く気付かず、飛び跳ねるようにして立ち上がった。


「うぇぇっ!?はいぃ!!」

ぐりん、と後ろを振り返れば、そこにいたのは昨日出会った春英だった。
れんの反応に申し訳なさそうに眉を下げている。

「すみません、驚かせてしまいましたよね」

「あ、春英さん。いえ、私こそすみません・・・」

「ここで何を?」

「散歩していたらこの場所を見つけて。四つ葉のクローバーがないかなって探してました」

「そうだったんですか。一緒に探しましょうか?」

そう言った春英は野原へ入ってきて、れんとは少し離れたところへしゃがんだ。

「えっ!?そんな、申し訳ないですよ。ただの思い付きですし」

「まぁまぁ。どっちが先に見つけるか、競争ですよ!」

「えっ!競争!?ちょっと待って!!」

春英の言葉にれんも乗り、2人して四つ葉のクローバー探しが始まった。



「ん〜ないなぁ・・・春英さーん、もう帰りませんかー?」

諦めて春英にそう声をかけた時、

「あっ!あった!」

と声が上がった。
その声にれんも反応し、すぐさま駆け寄る。
春英の手には、確かに四つ葉のクローバーがあった。

「えっ!ほんとだ!四つ葉!すごい春英さん!!」

感動して拍手をしているれんの目の前に四つ葉が差し出される。

「え?」

「はい、どうぞ」

差し出された四つ葉の意味が分からず、れんが固まっていると、春英はれんの右手を優しくつかんで、そこに四つ葉を持たせた。

「あげます。探していたでしょう?」

「えっ、いや、でもこれは春英さんが見つけて・・・」

「いいんです。僕は四つ葉を見つけた時点で幸せを感じたので。あなたが持っていてください」

ね、と春英が念押しした瞬間、れんはまたあの不思議な感覚に陥った。

この言葉、前にも言われたことがある。

四つ葉を一緒に探した。
私は見つけられず、一緒に探した人が見つけたんだ。
そして、その人が私に四つ葉をくれた。
さっきの春英と同じ言葉と共に。

頭の中にザーッと映像が流れ込む。しかし、そこに一緒にいた相手は黒く塗りつぶされていて誰だか分からない。
誰と一緒にいたんだっけ?誰に言われたんだっけ?これ、いつの話?本当に私の記憶?
確かにあった出来事のはずなのに、肝心な部分は思い出せない。

突然のことに固まっているれんに、春英は気付かないまま話し続ける。

「そうだ。このあと何もないようでしたら、うちへ来ませんか?昨日の夕方に、お菓子を買っておいたんです」



春英の言うままにれんは家へ着いて行った。
時計の針は7時をさしていた。
そろそろ八戒や三蔵あたりが起きそうな時刻だが、置手紙を残してきたので心配はいらないだろう。

「はい、どうぞ」

昨日買ったというシフォンケーキとココアがれんの前に置かれる。
お礼を言ってフォークで小さく切って口に入れる。柔らかいスポンジが口当たりよく、控えめな甘さが絶妙だ。一緒に飲んだココアもケーキと相性抜群。
率直に言って、おいしかった。
しかし、感じたことはそれだけではなかった。
この組み合わせに懐かしさがあった。
ふわふわのシフォンケーキと温かいココア。フォークを握ったまま凝視する。

この2つを一緒に食べたことは絶対ある。でも、旅をしてからではない。じゃあ、その前?長安にいたとき?でも、1人で暮らしている時にシフォンケーキを買ったことはないし、作ったこともない。もっと前ということ?

いや、それよりもこの街に来てからというもの、幾度か陥っているこの感覚。家を見た時、四つ葉のクローバーの時、そして今。さすがにおかしい。三蔵の言う通り、やっぱりこの村には何か裏があるのではないか?私たちが気付いていないだけで、何か隠していることが・・・。


じっと固まって動かないれんに、春英は話しかける。

「あの、美味しくなかったですか?」

その声にハッとして、我に返る。

「あぁ、いや、美味しいです!」

春英の顔を見て、れんはあることに気付いた。

懐かしいと感じるのは、いつも春英がいたときだ。彼の家、彼の言葉、彼の出すお菓子。
こんな偶然ってある?
彼は私がまた家に来るかのような発言もしていた。そして、実際、私は再び彼の家に来ている。今朝、会ったのは本当に偶然か?野原とこの家とではかなり距離がある。

一度疑ってしまえば、彼の言動・行動すべてが怪しく思えてきた。

「あの、どうしてあの場所にいたんですか?」

れんは春英に探りを入れることにした。
あの場所が野原だということに少し考えてから気づいた彼は、ああ、と相槌を打ってから返事をした。

「ちょっと早く目が覚めたものですから、散歩でもしようかと思って」

「この家からだと結構遠いですよね、あの場所」

「ええ。でも、いい場所なので今朝みたいに行くことも時々ありますよ」

早起きしたから散歩に出かけたという自分と同じ理由であることに少し驚いたが、それ自体は不自然でも何でもない。確かにあの場所は素敵だったので、少し離れていたとしても行こうという気持ちは理解できる。

春英の言葉に一度相槌を打ってから、今度は違う視点で話をすることにした。

「2日連続でお家にお邪魔するとは思ってもみませんでした。昨日言っていたお菓子も用意されてるなんて、本当にびっくりです」

「いやー、僕も驚きましたよ。でも、次いつ会えるか分からないので早めに用意しておいて正解でした」

「なるほど〜。用意周到なんですね。あまりにも偶然が重なるので、春英さんって未来が見えるような超能力者なのかなって思っちゃいました」

ヘラッと笑って冗談っぽく言ってみせた。
しかし、この言葉に春英がどんな反応を示すのか、れんは注視していた。
焦るか、驚くか、何かを隠そうとしてごまかすか・・・。
だが、春英はその言葉を聞いて顔色を変えることはなく、穏やかな表情のままだった。

「いやいや〜ただの偶然ですよ」

特に変わらぬ様子の春英に、れんは少し拍子抜けした。
自分の考えすぎなのだろうか。
フォークに乗せられた最後の一口となったシフォンケーキを見る。
このケーキとココアにも懐かしさを感じたのは事実。その謎を探るべく、話題を切り出した。

「この組み合わせにしようって思ったのは、何か理由があるんですか?」

「シフォンケーキとココアのですか?」

「はい。だって、シフォンケーキって賞味期限が短いでしょう?いつ来るか分からない客人に用意するのってリスクあるよな〜って。それに、キッチンには紅茶もあるのにどうしてココアなのかなって」

シフォンケーキはもって2〜3日くらい。それに比べてクッキーなどの焼き菓子は期限が長い。キッチンには様々な種類の紅茶が並べられてある。しかし、それを聞くこともせずに春英はココアをいれた。
賞味期限が長い焼き菓子ではなく、シフォンケーキ。
いろとりどりある紅茶ではなく、ココア。
そこに一体何の意味があるのか。それが分かれば、あの謎の感覚も分かるのではないか。

じっと春英を見つめれば、彼は決まり悪そうに視線を下に落として口を開いた。

「あー・・・その、昔、近所に住んでいた女の子が好きだったんです、その組み合わせ」

そう言って、彼は自分の過去の話を始めた。

今の村に来る前のこと。
近所に仲のいい年下の女の子がいた。彼女はまだ幼くて、自分もまだ子どもだった。
幼い彼女の大好きな食べ物はシフォンケーキ。そのお供は必ず、ココアだった。
それを知り、彼女にシフォンケーキとココアを渡した。すると、彼女は目をキラキラと輝かせて喜び、その姿を見るのが自分の喜びになった。それからは、彼女に会うときは必ずシフォンケーキとココアを用意した。
しかし、彼女が急に引っ越してしまった。連絡先も知らなければどこの町に住んでいるのかも知らない。ただ、彼女の好きな食べ物とあの頃の記憶は覚えておきたい。シフォンケーキとココアを出せば、いつでもあの時の思い出がよみがえってきて、幸せな気持ちになれる。そういう理由で客人にはその組み合わせを出している。

「お客様なのに、自分のことしか考えてないなんて、僕は最低ですよね」

そう言って悲しそうに春英は笑った。

なるほど。
とれんは思った。見た感じ、嘘はついていなさそうだ。そういう理由で出しているのは、確かに自分の都合のいいようにではあるわけだが、まぁそういう人もいるだろう。
懐かしさの謎とは関係がなさそうで残念ではあるが、これ以上踏み込んでも何も出てこなさそうだ。そう思ったれんは、春英に励ましの言葉をかけた。

「そんなことないですよ。過去の思い出を大事にされてるなんて素敵じゃないですか」

その子にまた会えるといいですね。

そう一言付け加えて、れんは最後の一口をパクッと食べた。
うん、美味しい。一口目の時も思ったが、ふわふわで程よい甘さで、前と変わらない。




今、私、何て思った?


前と変わらない?
前って、いつ?

自分の思考に疑問を感じた瞬間、ブワッと脳内に映像が流れ込んできた。
母の腕の中にいる自分、それを愛おしそうに見つめる父。小さい靴に足を入れ、よたよたと歩く自分を両側から見守る両親。補助輪なしで自転車に乗ろうとして、何度も転んでは涙を流す自分。

幼い頃の記憶が無音で脳内に映し出される。
なにこれ、走馬灯?
小さくて覚えていなかったのか、記憶に残っていないものばかりが流れている。
突然のことに何も言えず、そのまま流れる光景を見ていると、気付けば7歳の頃になっていた。

家を出て一人でどこかへ遊びに行く自分。街はずれの閑散とした場所に建っている一軒家のドアを叩けば、出てきたのは一人の男の子。耳の形からして妖怪だが、自我は保てているようだ。一人で暮らしているのか、中には彼以外誰もおらず、冷蔵庫から彼が取り出したのはシフォンケーキ。そして、カップに入れたのはココア。それを嬉々とした表情で食べる自分。
それから映像がパッと飛んで、別の日。その日も自分は同じ家に行って、同じようにシフォンケーキを食べてココアを飲んでいる。また別の日も然り。
そんな光景が何度か続いて、1、2歳ほど大きくなった自分がまたその家に行こうと自宅を出ようとしたとき、両親に止められた。言い争っているようだ。両親の腕を振り切って、逃げるようにその家へと駆けこんだ。男の子はなだめるように背中を撫で、その日もまたシフォンケーキとココアを出した。
重い足取りで帰路をたどっていると、大いに荒らされた街の様子が目に飛び込んできた。妖怪の仕業だと騒ぐ住民たちを見て、急いで自宅へ向かう。幸い、自宅も両親も無事で、帰宅した自分を両親は抱きしめる。そしてすぐに街を出ようと家を出た時、妖怪に襲われた。両親が身を挺して守ってくれたおかげで自分は助かったが、両親は帰らぬ人となった。一人となった自分は長安にいる親戚のところへ行くために街を出た。街を出る自分の後ろ姿をあの妖怪の男の子がそっと見つめていた。


そこで映像はプツンと途切れた。
状況が呑み込めない。頭の中を整理しようとするけれど、何をどう整理したらいいのか、どこから考えればいいのか、混乱状態だ。
テーブルに肘をついて額を押さえる私に、春英が話しかけた。

「シフォンケーキ、美味しかった?」

その言葉に、私はバッと顔を上げる。
彼と目が合い、ハッとした。

あの男の子だ。

脳内で流れてきた妖怪の男の子とそっくりの顔が目の前にあることに気付いた。もちろんあの頃よりも大人びているが。髪の毛で隠れている耳も尖っているのだろう。
さっきの小さい女の子は明らかに自分だ。そして、あの妖怪の男の子が彼だとするなら。

「さっき、あなたが言っていた女の子って・・・」

「うん、君だよ。れん。」

久しぶり、と笑う彼に背中が震えた。
私、幼い頃に彼と出会っていた?だから、彼との出来事が懐かしく思えていたのか?
自分のもつ記憶と今流れた映像とが一致しなくてさらに頭を抱える。
その様子を見ていた春英はフッと笑った。

「混乱するよね。でも大丈夫。今頭の中で流れた映像が本当の記憶だから」

「え・・・?」

「両親を妖怪に殺されてしまったのは覚えてるよね?」

「ああ、うん・・・」

そう、両親が目の前で妖怪に襲われて、私を守ってくれたことは覚えている。亡くなって、親戚に引き取られる形で長安に行ったのだ。さっきの映像の通りだし、これはもともと私の記憶にもあった。

「本当はすぐにでも君に駆け寄りたかったけど、大事な人を妖怪に殺された君は妖怪を恨んでるだろうから、僕のこともきっと嫌いになるだろうと思ってできなかった。だから」

続く言葉をじっと待った。

「だから、僕は君の記憶を操作した」

耳を疑った。
記憶を操作する?そんなことができるのか?
目を見開いて驚くれんをよそに、春英は話し続けた。

「君のことが大好きだったから、嫌われたくなかった。覚えていたらきっと嫌われる。嫌われるくらいなら記憶を消した方がマシだ。そう思って、君の記憶から僕のことを全て消した。ちょっと力が強くて、僕に出会う前のことまで消えてしまったのは申し訳なかったね」

「ちょ、ちょっと待って!記憶を消すなんて冗談でしょ?そんなことできるわけない。妖怪だからってそんな特殊能力が」

「でも、思い出したでしょ?ケーキもココアも、四葉のクローバーも、家のことも」

食い気味に言われた言葉にれんはまたもやハッとした。
言われて気付いた。自分の中に、さっきまでなかった記憶があることを。
確かに、自分は幼い頃に彼と野原で四つ葉のクローバーを探した。そして、あのセリフを言われた。この家に懐かしさを感じたのは、彼が昔住んでいた家と同じだったからだ。

「まさかれんにもう一度会えるなんて思わなかった。一目見てすぐに君だと分かったよ」

「・・・それは偶然なんだ」

「うん。それに最初は記憶を思い出させるつもりはなかった」

「え?」

「楽しそうに仲間といる君の悲しい顔は見たくなかったから。君がこの家を訪れて、野原でクローバーを探して、シフォンケーキとココアを食べていて・・・それだけで僕は幸せだった。でも・・・君があんなこと言うから・・・」

だんだんと春英の声は小さくなっていき、表情も暗くなっていった。
その様子にれんは眉をひそめる。

「あんなことって・・・?」

「・・・言ったじゃないか、『その子にまた会えるといいですね』って」

もう会えているのに思い出してもらえない。目の前にいるのに気付いてもらえない。過去を大事にしているのは僕だけ。記憶を操作してまで君のことを想っていた僕の気も知らずに笑う君を見て、何も考えずに発した君の言葉で、僕は決めたんだ。記憶を戻そうって。

そこまで言うと、春英は椅子から立ち上がった。さっきまでとは違う雰囲気に、れんも椅子から立ち上がり、彼から距離を取る。
妖怪である以上、何をしてくるか分からない。しかも今の彼は、れんに負の感情を抱いている。ゆっくりと近づく春英に合わせて、れんも後退る。しかし、トンと背中が壁に当たった。
もうこれ以上はさがれない。
チラッと視界を端に送れば、左にドアがあるのが見えた。距離をつめてきた春英が襲い掛かろうとしたタイミングで彼の脇をすり抜け、れんはドアノブを回してドアを開けた。
これで少し時間が稼げる、と思ったのも束の間、飛び込んできた光景に身体が固まった。

そこには、大量の服や靴が散乱していた。
子どもから大人まで、男女両方のもの。麦わら帽子やマフラーもある。
その異常なまでの服の種類と量とに唖然としていると、春英がいつの間にか背後に立っていた。

「あーあ、見ちゃった」

両肩にポンと手を置かれ、耳に顔を近付けられる。

「これ、何だと思う?」

「・・・服、でしょ」

さっきまで感じなかった威圧感に思わず身体が強張る。拳をギュッと握りしめ、相手に悟られないように静かに息を吐く。

大丈夫、怖がるな。

「誰の服だと思う?」

「・・・あなた一人だけではなさそうね」

「うん。というか僕のは一つもないんだ。これぜーんぶ、人間の」

そこまで言うと、春英はれんの前に立ち、にこっと笑った。

「れんの服も、これからここに仲間入りするからね」

ぐいっと力強く腕を引っ張られたかと思うと、次の瞬間には大量の服の上に押し倒されていた。あまりにも一瞬のことで思うままにされてしまったれんだが、自分の上に覆いかぶさる春英との距離を取ろうと、脚で彼のお腹を蹴りとばす。少しひるんだ春英だが、すぐさま体勢を立て直し、れんの両腕を片手でつかみ上げ、もう片方の手と脚でれんの両足を封じ込めた。

「ぐっ!離せっ!!」

「これから美味しくいただくんだから、暴れないで」

「は!?」

何?食べる?こいつ、私のこと食べるつもり?というか、人間を食べていた?ここにある服は、彼に食べられた人ということ?こんなにもたくさんの人を食べていたら村の人も気付くだろう。なのに、この村では妖怪が出ないなんて・・・。
あぁ、そういうことか。人間を食べる度に村人の記憶を操作していたのか。それで、こいつはのうのうと生きていたわけか。

あまりにも穏やかな村とこの異様な部屋、そして春英の能力とがつながった。
両腕はつかまれて動けず、両足も自由が利かない。使える部分は限られている。
れんは少し反ったかと思うと、額を目の前にいる春英に向かって思い切りぶつけた。

ゴンッ

鈍い音がして、その衝撃で春英の力が緩む。ジンジンとする痛みに耐えながら、れんは春英の身体に再び蹴りを入れた。
今度は彼も受け身が取れず、壁に勢いよくぶつかった。

「っはぁ・・・っはぁ・・・いったぁ・・・」

ツーッと顔の輪郭をなぞるように落ちていく血。
それを手の甲で拭って、勢いよく手を振り下ろす。床に手の甲についていた血が飛び散った。

相手は妖怪。しかもたくさんの人間を食べているということは、妖力は強いだろう。対してこちらは一人。しかも頭突きをしたがために、額は負傷。どう見ても分が悪い。
肩で息をしながら呼吸を整える。
彼からは目を逸らさぬように、しかし距離を取るため、入ってきたドアの方へ後退りする。
部屋を出て、数分前に座っていた椅子のところまでやってきたとき、春英の家のドアをコンコンと叩く音がした。
その音にれんも、起き上がろうと床に手を着いた春英もピタリと動きを止める。

「すみませーん。どなたかいらっしゃいませんかー?」

ノックの後に続く声に、れんは驚いた。

「八戒!?」

れんが八戒の名前を呼べば、ドア越しに八戒が返事をした。

「れん?れんですね?ここにいたんですか。開けますよ?」

ドアの方へ駆け寄ろうとした次の瞬間、れんの眼前を何かが横切り、ドアへと突き刺さった。どこにあったのか、もしくは隠し持っていたのか、春英がナイフを投げたのだ。
間一髪当たらなかったが、その音に向こう側にいる八戒も異変に気付いたのだろう。中にいるれんの名前を切羽詰まった声で呼んでいる。
春英は完全に立ち上がっていて、れんのいる部屋まで来ていた。

「行かないよね?」

ゆったりと落ち着いた声音とは裏腹に、その表情は暗く鋭い視線を向けている。

「・・・行くに決まってるじゃん」

そう言い終わると同時に、れんは勢いよくドアノブを掴み、外へと飛び出した。
目の前には驚いた顔の八戒、そして庭先には他3人が立っていた。

「れん!!どうしたんです!?その血!」

「いいから!とにかく話聞いて!早くしないと記憶変えられちゃう!」

八戒の腕を取り、3人のところまで駆け寄って、大雑把に早口で説明する。

「私の昔の知り合いに妖怪がいて、この家に住んでて、そいつはこの村の人食べてて、でも記憶改ざんしてて!とにかく、そいつやらないと!!」

「落ち着けよ!何言ってンのか分かんねーっうわ!?」

悟浄がれんの言葉に返していると、家の方からまたもやナイフが飛んできた。

「れん・・・食べるのはやめてあげるよ。その代わり、僕とここで一緒に暮らそう」

玄関に立つ春英はれんに向かって手を伸ばし、恍惚とした笑みを浮かべている。
れんは眉間にしわをよせて吐き捨てるように言った。

「悪いけど、人間を食べていることを知った以上、このまま生かせてはおけない」


「なんだかよく分かんねーけど、とりあえず、コイツやっちまえばいいんだよな?」

悟空が右手の拳を左手にパンと軽く音を立てて当てる。
悟浄も八戒も三蔵も、全員戦闘モードに入ったようで、臨戦態勢だ。
春英は俯いて溜息をつく。再び顔を上げると、そこに先ほどの笑顔はなかった。
そして、勢いよく跳びあがったかと思うと、空中から複数のナイフを投げてきた。避けられないほどのスピードではなく、それを交わす一行。今度はこちらの番だと言うかのように、悟浄が錫杖を振り回す。脚に鎖が巻き付いたかと思えば、その鎖を引っ張って、悟浄を自分の方に引き寄せる春英。それに身体がつんのめり、バランスを崩す悟浄。そこに春英が一発攻撃をくらわそうとしたが、横から悟空の如意棒が割り込んできた。それを避けて、緩んだ鎖から脚を抜き、春英は一行と距離を取る。

「フーン、なかなかやるジャン」

立ち上がりながら悟浄が言う。

「悟浄、やられそうだったじゃん」

「あ!?ハンデだよ、ハンデ!」

「フン、あのままやられてりゃ良かったのにな」

「おい聞こえてンぞ、クソ坊主」

「もう、そうやってすーぐ喧嘩する」

「みなさん、来ますよ!」

グダグダ話している一行に向かって、春英は走ってきた。胸ポケットに手を突っ込んだまま、距離をつめる。またナイフを投げるつもりだろうか。
れんはダガーナイフを装備して、春英の動きをじっと見つめる。春英が上空へ高く跳び、胸元に忍ばせた手を動かした。れんの考えでは、降ってきたナイフを避け、春英を迎え撃ち、自分のナイフで攻撃する、という流れだった。
しかし、春英が懐から取り出したのは、

「銃!?」

銃口をれんに向け、セーフティを外す。
しまった、このままではやられる。
れんは家の方に向かって走りだした。しかし、春英が逃すわけがなく、容赦なくれんに向かって弾丸を放った。八戒が弾丸とれんの間にすかさず入り、気功で防ぐ。れんは家の裏まで回り込み、なんとか攻撃を受けずに済んだ。八戒が防いでいる間に、三蔵が春英に向かって弾丸を放つ。しかし、それを交わし、今度は三蔵に向かって春英の攻撃が始まった。だが、一行側は人数が多い。空いている背中目掛けて悟空の如意棒が伸びた。それに気付いて避けたが、今度は悟浄の錫杖が攻撃を仕掛けてくる。それもぎりぎりのところで交わすが、そうしていると八戒の気功が飛んでくる。それは避けきれず、攻撃を食らって春英は吹き飛ばされた。
立ち上がる前に4人が春英を囲む。

「この村は妖怪の影響を受けてない、と村人たちは言っていた。だが、それは全くの嘘で、実際は、村人は妖怪に食べられていた。しかし、テメェが村人の記憶を操作し、それを無かったことにしていた」

三蔵が春英に銃口を向けたまま、話す。

「何のためにだ?」

春英は起き上がり、胡坐をかいてフッと嘲笑する。

「腹が減ったら、飯を食う。それはアンタらだって同じだろ。俺はただ食事しただけだ」

「自我を保てている妖怪は、僕たち人間と同じ食べ物を食べると思うのですが」

「大方はな。けど、食べて気付いたんだ。俺は人間の血が、肉が好きだってことに」

そう語る春英の表情は異様なほど興奮していた。
両手で顔を覆って、目を見開いている。

「一番おいしいのはやっぱり成人前の女かなぁ!程よい肉付きで柔らかくて・・・でも脂身が少ない男もうまいんだよ・・・!子どもは子どもで良い!時々味変したくて大人にも手を出すが、やっぱりかたくて・・・」

事態が落ち着いたのを確認して裏から出てきていたれんが、嬉々とした表情の春英の前に立つ。

「変わっちゃったね」

ポツリ、と呟く。
その言葉に春英は上を見上げる。鋭い視線がぶつかり合う。

「ッハ。変わったんじゃねえよ。元からこうだったのを隠してただけだ」

「でも昔は優しかった。私の遊び相手になってくれたし、両親と喧嘩したときも慰めてくれた」

鋭い視線から一変、悲し気な表情で春英を見る。春英は目を逸らし、バツが悪そうに顔をゆがめた。

「・・・私の好きなものもずっと覚えてくれてたんでしょ」

れんは膝をついて、春英と目線を合わせる。
同じ高さになったれんに、春英はチラッと視線を向けるが、またすぐに逸らした。

「記憶が戻ってきて、思い出したよ。私、あなたのことをすごく頼りにしていた。一緒に遊ぶのも、ケーキ食べるのも、四つ葉のクローバー探しも、全部楽しかった」

春英は視線を逸らしたまま、ただ黙って聞いている。
一行も2人を囲むように立ったまま、れんの言葉をじっと聞く。

「妖怪だとか人間だとか、そんなの、どうでもよくて・・・なんで・・・っ」

れんの言葉がだんだん歯切れが悪くなり、不思議に思った春英はれんを見た。
そして、驚いた。
目の前の彼女が大粒の涙を流していたから。

「な、え・・・なんで、泣いて・・・」

「なんでっ・・・そんな風になっちゃったの!記憶だって・・・別に消さなくても・・・!」

ボロボロと涙を流すれんを前に、春英からは先ほどのおぞましいオーラは消えていた。
幼い頃のままでいてほしかった、と両手で顔を覆って泣くれんの背中をそっと八戒がさする。
春英はギュッとこぶしを握り締め、ようやく口を開いた。

「れん」

名前を呼ばれたれんは、嗚咽交じりに返事をする。

「な、に・・・?」

「俺を殺してくれ」

その言葉にれんの涙も止まった。
春英の目は真剣そのものだった。

彼は生かしてはおけない、とれんも言った。
大量の人間を食べてきた目の前の男を、このまま見逃すわけにはいかない、それは一行全員が思っていた。
でも、記憶が戻って、懐かしいあの日々を思い出して、親しかった者を殺すのはやはり苦しかった。

「自分がどんなに悪いことをしているのかは分かっていた。それでも止められなかった。我を忘れていたこともあった。もうすぐ、俺は完全に自我を失うだろう。その前に」

れんの右手首をつかみ、掌にカチャと銃を置く。

「俺を殺してくれ」

春英の両手がれんの右手を優しく包み、銃を握らせる。
れんの手はわずかに震えていた。

「俺の最後の記憶はれんがいい」

止まっていた涙が再びあふれ出す。肩も震えて止まらない。

「ごめん、こんなことを頼んで。本当に、ごめんな」

そう言って頭を下げて、再び顔を上げた春英は、あの幼き頃の表情そのままで、その優しい顔にれんは俯いてまた、泣いた。
4人は2人のやり取りをただ静かに見守っていた。
春英を殺すことなど、造作もない。でも、これはれんがやるべきだ、れんが終わらせるべきだ。
彼女が辛いことも苦しいことも、全てを分かった上で黙って見ていた。

空いている左手でぐいっと涙を拭いたれんは顔を上げて春英を見る。
それは、覚悟を決めた顔だった。

「ありがとう、れん」

右手でグッと銃を握りしめ、セーフティを外す。焦点を定めるその先に、春英の顔が見える。それがだんだん歪んできて、ゴシゴシと目をこする。
再びはっきりした視界に、今度こそ、と震える手を支えるように左手を添える。

一つ、短く息を吐いて。

「・・・うん、ありがとう」

パンッ

乾いた音が響いた。そして今まで座っていた春英の身体がぐらりと揺れて、地面に倒れた。
倒れた音を合図に、れんも両腕を下ろして銃を手放し、肩で息をする。
すぐに視界が歪むが、今度はそれを止めることもせず、流れては地面に落ち、を繰り返す。
ずっと隣にいた八戒がれんの肩を抱き寄せ、背中をさする。
八戒の腕の中で、れんは静かに涙を流し続けた。




村は変わらず穏やかなままだ。
春英が死んだことで、記憶操作が解けて大パニックになることを恐れていた一行だが、どうやら死んでも解けない術のようで、村人の誰もが平穏に過ごしている。

「そんなことってあるんですか?」

「珍しい類の妖術だがな」

「魔法が解けない方が幸せなこともあるけどよ、本当にこれで良かったのかネ」

ジープに乗っている3人が会話しながら見ている先には、悟空とれんがいる。
腹が減ったという悟空のために、村の出口近くの小さな商店で買い出しをしているのだ。
ようやく決まった2人は紙袋を抱えてジープへ戻ってくる。

「おせぇ」

「ごめんごめん!ハイ!これ」

そう言ってれんが3人に渡したのは、空色の透明なビン。

「お!なつかしーラムネじゃん」

ポンと勢いのある良い音を鳴らして栓を開ける。
それに続くように、ポンポンと音が鳴る。
男4人は簡単にラムネを開けたのに対し、苦戦しているれん。悟浄にコツを教われば、ようやくポン、と音を立ててビー玉が中に入って行った。
それを確認した八戒が

「それじゃ、次の町へと出発しますよ」

とアクセルを踏む。
心地よい風が髪をなびかせ、ぐいとラムネをあおる。

一口飲んで、あ、と思った。
そう言えば、春英ともラムネを飲んだ。さっきみたいに栓が全然開けられなくて、結局その時は開けてもらったんだっけ。
少し量の減ったラムネを見つめて、れんは再びラムネを飲んだ。
炭酸の強いラムネは涙の味がした。


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