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  get over 1


雲一つない空。青々と茂った草。太陽をめがけて咲き誇る花々。屋根の上でさえずる小鳥。幸せそうに笑う人々。
どんなに綺麗な景色を見ても、どんなに楽しい話を聞いても、私の心は動かない。あの日以来、私は何も感じなくなってしまった。
あの日・・・。私の大切な家族が、一つの命が消えてしまった日。

「チェリー・・・」

私は、首から下げているペンダントを開ける。その中には、私と愛猫のチェリーの写真が入っている。チェリーは、私と暮らしていた猫だ。でも、数週間前に老衰で亡くなってしまった。私の心の支えが失われてしまった。深い悲しみに襲われた私は、何を見ても誰と話しても、心が動かなくなってしまった。そんな私を心配した近所の人は、心を癒すために、旅にでも出たらどうかと提案してくれた。知らない土地を踏むことで心が刺激され、以前のように戻れるのではないか、と。この胸の痛みが少しでも和らぐなら・・・と私は1人で旅に出た。しかし、どんなに美しい景色を見ても、どんなにおいしい料理を食べても、私の心が癒えることはなかった。

今日も昨日と同じような一日だったな、と宿へ帰ろうとしたとき、男の人に声をかけられた。

「そこのお嬢サン。良かったら、俺と遊ばない?」

いきなり何なのかと思い、声をかけてきた男の人を見上げる。男の人では珍しい長髪。しかも根元から毛先まで真っ赤な。私が不審な目で見ると、その人は、紅い目をにっこりと細めた。もともと、人付き合いが得意ではない私は、彼に何と返してよいのか分からず、口を閉ざしたまま下を向いて固まった。彼は、私の顔を覗き込むようにしてくる。その行動に思わず、ビクッと肩を震わせる。どうしよう、助けてほしい。そう思っていると、

「あー!やっと見つけた!!」

威勢のいい声が聞こえてきた。長髪の男の人はその声の主の方に向けて、軽く舌打ちをする。

「おい悟浄!!こんなとこで何してんだよ!早く来ねぇから、三蔵怒って先行っちゃったじゃん!」
「ンだよ、今いいとこだったのによぉ」

突然やってきた威勢のいい声の正体は、見るからに元気そうな少年だった。どうやら2人は知り合いらしい。2人は人目もはばからず、口喧嘩を始める。私は、一体どうしたらいいのだろう。喧嘩を止めることもできず、周りをキョロキョロしていると、長身の男性が2人の間に割って入った。

「はい、そこまで!」

その男性と2人はどうやら知り合いのようで、八戒と呼ばれている。八戒と呼ばれた男性は周りで見ていた人たちに、お騒がせしてすみません、と困ったように笑いながら謝っている。立ち止まっていた町の人々が動き出すと、彼は私の方に向かって歩いてきた。

「すみません、巻き込んでしまったみたいで。お怪我はありませんか?」
「は、はい・・・」

それは良かった、とにこやかな笑顔で答える。彼が、後ろにいた2人に謝るように促すと、2人も私に謝罪の言葉を口にした。私が平気です、と返事をすると、八戒という男性はもう一度、すみませんと謝った。

「あの、お詫びといっては何ですが、晩御飯ご一緒しませんか?もしよろしければですが」

その提案にあとの2人も、いい考えだと賛成する。当の私は、その提案に乗り気ではなかった。初対面の人とご飯だなんて、私にはハードルが高すぎる。会話も苦手だし、緊張するし、ご飯を美味しいと感じることができなくなってしまう。だから、断りの言葉を述べたのだが、それを聞き入れてもらえず、半ば強制的に晩御飯を一緒にすることになった。


「早く料理来ねーかなー!」

3人に連れられてやってきたのは、町の中でも1、2位を争う中華料理店だった。そこに着くと、彼らの仲間だという男性が店の前で待っていた。3人が私のことを話すと、彼は不愛想に、そうか、としか言わず店の中へ入って行った。
そして、今に至るのだが。料理が来るまでの間に、彼らは自分たちの話をしてくれた。4人は西を目指して旅をしているらしい。不愛想な金髪の男性が、三蔵。長身の男性が、八戒。小柄な少年が悟空。そして、最初に声をかけてきた赤い髪の男性は、悟浄というらしい。彼は、女好きだとか。だから、私にも声をかけてきたのか、と納得した。でも、人見知りな私は悟浄みたいなタイプが一番苦手だし、相手も退屈するだろうからナンパが成功しなくて良かった。そう思っていると、お腹を空かせてうなだれていた悟空が、顔を上げて聞いてきた。

「ミサは、なんで一人旅してんの?」

何て答えればいいのか迷ったけど、上手に嘘をつくスキルを持ち合わせていない私は、本当のことを伝えた。すると、悟空は悲しそうな顔をした。

「ごめんな、辛いこと聞いちゃって・・・」
「ううん・・・。いいの」

湿っぽくなった空気に責任を感じていると、店員さんの威勢の良い声が降ってきた。怒涛のようにお皿が運ばれてくる。悟空が山のように注文したせいだ。その量に唖然としていると、

「初めて見ると驚きますよね。いつものことなので、安心してください」

八戒はそう言ったけど、安心などできるわけがない。次から次へと運ばれてくる料理のスピードに負けないくらいのスピードで、悟空は料理を平らげる。何だか、大食い選手権を見ているみたいだ。必死で口に食べ物を詰め込む悟空の姿はハムスターのようで、私は思わず笑みがこぼれた。

「ふふっ」

それにいち早く反応したのは、悟浄だった。

「なんだ、笑えんじゃん」
「あ・・・悟空の食べる姿を見てると、何だか可笑しくなって・・・」

何だよそれー!と悟空はムッとしていたが、その様子も少し可笑しくて、私はまたふふっと微笑んだ。ご飯も終盤に差し掛かった頃、デザートを食べていた悟空がとんでもないことを言った。

「ミサも俺たちと一緒に旅すりゃいーじゃん」

思わず、え!?と声が出てしまったが、他の3人はそれほど驚いてもいないようだ。悟浄なんかは女の子が増えるから、と大賛成のようである。

「どうです?僕たちと旅してみませんか?」
「えっでも・・・」
「1人増えようが別に構わん。俺は他人のことなんざどうでもいいからな」
「ほら、三蔵もこう言ってるし!それに、俺、ミサのこと笑顔にさせたから、俺たちと一緒にいれば、傷も癒えるかもしんねーじゃん」

そう言われてしまえばそうかもしれない。でも、人見知りな私が他人と付き合っていけるのか、と不安はたくさんあったが、最終的に私はその案に乗った。

そうして彼らと旅をして1週間。四六時中彼らと一緒にいるわけだけど、私は中々馴染めずにいた。話を振られても、うまく返せないし、妖怪と戦うときだって私は足手まといになっていた。加えて、隣の悟浄が私に対してよくちょっかいを出してきていた。すぐ肩を抱こうとするし、下ネタを振ってくるし、私の膝に頭を置こうとするし、で散々な目に遭っていた。その度に悟空が大きな声を出して、助けようとはしてくれたけど、喧嘩になっては三蔵に怒られた。
心の傷も癒えてはいなかった。夜、みんなが寝静まった後に、チェリーのことを考えては涙を流していた。みんなにバレたら、困らせてしまうし、面倒だって思われるかもしれない。昼間に我慢していた分の辛さが追い寄せてきて、毎晩のように静かに泣いた。



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