ちょんちょんと肩をつつかれ、後ろを振り向く。
 そこに立っていたのは、私より頭一つ分くらい大きくて、それはそれは素晴らしい美人だった。
「…………何か?」
 着ているのはごく普通の黒いパンツスーツなのに、それ以外の至る所のあまりの華やかさに中てられ、反応するのにたっぷり10秒はかかった。
 その間、この美人は自分から人を呼び止めておいて、ただ柔やかな笑みを湛えて佇んでいるだけだった。
「ねえ、あなた、お名前は?」
 やっぱりにこにこ楽しそうに彼女は言う。
 あまりに自然に、まるで今日から学校生活を共に送る級友に尋ねるみたいな声色だった。
 それにつられて私も自然に名乗ろうとして、いやいやいやと我に返る。
 いくら女性でこれだけの美人と言っても、行きずりの初対面の人間に名前を教えるのは……ちょっとどうなのよ。
「あっ、そうね、ごめんなさい。私の名前はニコ・ロビンよ。あなたは?」
「……ナミ」
 そういう問題じゃないんだけど、つい答えてしまった。
 美人改めニコ・ロビンさんは、「ナミちゃんというのね」といっそう顔を綻ばせて、私の名前を繰り返した。
 なんというか、もしかするとこの人、世間一般に言う不審者ではないだろうか。
 だって、もしこれが鼻息の荒い中年オヤジだったら、肩をつつかれて振り向いた段階で警戒心マックスだったろうなと思う。
 当然名前だって教えるはずはない。
「ナミちゃん」
 ニコ・ロビンさんが私の名前を呼ぶ。
 その調子もまた、少し打ち解け始めた新しいクラスメイトがそうするような響きだった。
 けれど。
「私と一緒に暮らしましょう」
 継がれた言葉は、頭の中で意味を形成すると同時に、私の意識を一気に現実へと引き戻してくれた。
「………………は?」
 肩をつつかれたあとの第一声より、さらに間を持って。
「私、あなたのことを一目見て、あっこの人だわ、って直感がしたの。あなたはどう?」
「……いや、どうって……」
 てか何なの? その直感とやらは。
 そりゃ確かに振り向いたときにはどきっとしたけど、それは単にこの人が規格外の美人だったからで。
 そう、こんなごく普通の住宅街に在る、各停しか停まらないようなしょぼくれた駅のホームで呼び止められたら、誰だってはっとするレベルにはほんとめちゃくちゃ美人。
 私だってなかなか、いや、かなりいい線いってると自分でも思ってるけど、そんな私でさえびっくりするくらいなんだから。
 って、これだけ褒めちぎっておきながらも、もう私の頭はどうやってこの場を切り抜けようか必死に働いている。
「……あ、あのー」
「なあに?」
 首を傾げて、また微笑む。
 ほんときれいなのよね。
 この人、なんで私みたいな小娘相手にこんなことしてんだろう。
「話長くなると思うから、ちょっと外に停めてある自転車見てきてもいいですか? 路上駐輪なんで……」
「ええ、じゃあ私はここで待っているわね」
 ニコ・ロビンさんは、改札を出たところにある二人がけのベンチに腰を下ろした。
 両脚はきちんと揃えて左に流されている。
「……じゃ、ちょっと見てきますね」

 そうして私は、ニコ・ロビンさん改め不審者の前から、一目散に逃げ出した。


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