うー……あっつ。
 暑い、暑すぎる。目、覚めちゃったじゃないの。
 まだ真っ暗な部屋の中、私は腰に纏わりついているタオルケットを手探りで乱暴に剥ぎ取る。そこで、しまった、と思った。
 鬱陶しくてつい大雑把にやっちゃったけど、ロビン、起きちゃったかな。
 むくりと起き上がり、だんだん暗闇に慣れてきた目で隣を見る。
 見たところ、特には目を覚ました様子もないロビン。こんな暑い夜でも涼しい顔して寝てるんだからすごいわ。
 私は今度こそロビンを起こさないよう、そっと部屋を出てキッチンに向かった。

 冷蔵庫のロックを外してミネラルウォーターの瓶を取り出し、栓を抜く。ぐいとあおって、そのまま一気に3分の1ほど流し込んだ。
 あー美味しい。乾涸びた体の隅々にまで染み渡っていくような気がする。
 ついでに外で涼んでいこうかな。うん、そうしよう。我ながら名案だ。
 瓶を片手に、軽い足取りで甲板へ。
 部屋の中はむしむしと暑かったけど、外は意外と風が吹いていて気持ちがいい。
 気分をよくした私は甲板の芝生の上にごろんと寝転がってみた。そこそこきれいに星も見える。
 ロビンもいたらな、なんてふと考えたけど、寝てるのをわざわざ起こすほど素晴らしい星空ってわけでもない、か。私みたいに寝苦しそうでもなかったし。
 少し上体を起こして、また水を一口。これが無くなったら部屋に戻ろう。
 また芝生に寝そべって、ぼうっと夜空を眺める。
 それを何度か繰り返して、あと一口くらいで瓶が空になりそうになった時。
「……ん?」
 横になっている私の元に、突然風に乗って花の匂いが届いた。
 あ、と思って起き上がるより早く、仰向けの視界に、少し驚いたようにこっちを覗き込むロビンが映る。
「あら。起きていたのね」
「ロビン」
 腕を伸ばして、傍に立つロビンのふくらはぎのあたりをぺちぺち。
 ロビンはふっと微笑んで、私の隣に膝を折って座った。
「ナミちゃん、酔っぱらいみたい」
 まじまじと私を見たロビンは、口元に手をやって笑いながらそんなことを言う。
 酔っぱらい? ……ああ、なるほど。
 瓶を片手に、こんなところで大の字になって寝てるのを見つけたら、まあそう思うのも無理ないか。
 でも残念、ハズレです。
「これ水よ、みーず!」
「そうなの?」
「あげる。あと一口だから、もうそのまま飲んじゃって」
「いただくわ。ありがとう」
 間接キス。
 に、いまさらどぎまぎする関係でもないけど、なんか、うん、いいかも。
 ていうか、瓶をラッパ飲みするロビンってちょっと新鮮。その横顔をじーっと観察する。
 まつ毛長いな。鼻もやっぱりめちゃくちゃ高いし。
 瓶と一緒に傾いて創りだされた顎から首筋のラインとか、もうほんと芸術品の域。
「……なあに? そんなにじっと見て」
「だって珍しいんだもん、ラッパ飲み」
 横顔に見とれてた、って正直に言ってもよかったけど。
 何言ってるの、とかなんとか言って戻っていっちゃいそうだから、やめておく。
「あなたがそのまま飲んでって言ったからなのに」
「うん、ちょっと見てみたかったから」
「ふふ、変なの」
 ロビンは、手のひらから咲かせたハナの手をするすると連ならせて空き瓶をゴミ箱へ。
 ていうかあれだよね、ロビンもある意味腕とか伸ばせるのよね。
 なんてぼんやり考えている間に、ハナの手は花びらを散らしながらぱっと消えてしまった。
「ねえ、ロビン」
「なあに?」
「ロビンも」
 隣の芝を叩いて合図すると、ロビンはまたにっこり微笑んで私と同じように芝生に寝転んだ。
「ロビンってさー、腕伸ばせるじゃない」
「ええ」
「どこまでいけるの?」
「さあ。私も試したことがないから」
「星にも、手が届いたりとか」
「ロマンチストね」
「なんとなく思い付いただけよ」
 そんなふうにしばらくの間、たわいない話をする。
 汗もひいたし充分涼めたかな、というところで、そういえば……と思い出したことがあった。
「暑くて起きてきたの? ロビンも」
「いいえ?」
「じゃあ私が起こしちゃったか」
「そういうわけでもないわ。偶然よ」
「ん、そっか」
 とは言ったけど、やっぱ起こしちゃったんだろうな。相変わらず気ばっか遣うんだから。
 ロビンのほうへ、ごろんと横を向く。
 お腹の上で組まれたロビンの手を取って引き寄せると、ロビンは仰向けのまま首を動かして私を見た。
 瞳が揺れて、何か言いたそうな顔。
「ねえ、ナミちゃん、」
「その前に、っと」
 もう片方の手でロビンの向こう側の肩を掴んで、向かい合うように体もこっちに向ける。
「いいわよ、続けて?」
「……あの、もし暑いのなら、無理に私と同じベッドで寝なくてもいいのよ」
「え?」
「だって、ナミちゃんさっき『ロビン"も"』と言ったわ。ということは、あなたは暑くて目が覚めたんでしょう?」
「ああ……うん、いや、それはそうなんだけどね」
「ベッドはもうひとつあるわけだし……」
「や、待って待って」
 たぶん、ロビンとしては私のための本心からの提案なんだと思う。
 でもその顔は、眉を下げて目を伏せて……って、明らかに私に「うん」とは言ってほしくなさそうにしか見えない。
 今だって、私がベッドを出てからロビンがやって来るまで10分も経ってなかったはず。
 たった10分さえ、寂しくて我慢できなくなっちゃったんじゃないの?
 寝る前の天候チェックのあと、今日は一晩ぐっすり眠れそうよって話してたから、なおさら私が出ていった理由が気になったんだろうけど。そうだとしたら、そんなのもう答えは決まってる。
「せっかくだけど、お断りしとくわ」
「でも、」
「だって、そしたら今度はロビンが寝苦しくなるんじゃないの? 私がいないと」
 ちょっと意地悪く笑いながらそう言ってみせると、ロビンは明らかに不自然な挙動で目を逸らした。
「別に私は……」だなんて、私に対してなのかひとりごとなのかわかんないくらい小さな声で呟きながら。
 だけどそのセリフとは対照的に、私に握られたままのロビンの手にはぎゅっと力がこめられている。
「私だってそうよ。逆に涼しくなりすぎちゃうかも」
「……あなたがいいのなら、いいけれど」
「うん、だから今の話は無しね」
 これで終わり、とばかりに繋いでいないほうの手でロビンの肩をぽんぽんと叩いた。
 困ったように笑うロビン。
 たぶん、私に却下されてほっとしてるのと、でも本当にいいのかしらって気を遣ってるのとが混じったような、そんな感じだと思う。
 とにかく、そうと決まればさっさと部屋に帰ろう。私とロビンの部屋に。
「戻ろ、ロビン。眠くなってきちゃった」
「あ、ええ」
 手を繋いだまま起き上がり、ロビンを促す。
 甲板を後にして女部屋への階段を上がる間も、ずっとそのまんま。誰も見てないことだし、ね。

 そうして部屋に戻ったはいいものの、この期に及んでもロビンはまだ少し私を窺っているようだった。
 ほらほら、さっさと寝てちょうだい。
 ほとんど押しやるようにロビンをベッドの奥に寝かせて、私も隣に寝転がる。
 一緒のベッドで眠るのは、絶対に譲らないんだからね。
 改めてしっかり手を繋ぎ直し、おやすみって言って目を瞑る……けど、返事はない。
 ん? と思って目を開けると、それとほぼ同時に、ロビンがぽつりと言った。
「あの、ナミちゃん」
「だからぁ、」
「暑いのはわかるのだけど、そのままじゃお腹を冷やすわ」
「へっ?」
 私が予想してたのとは全く違うその言葉。に、思わず間抜けな声が出てしまった。
 ちょっとごめんなさい、と、ハナの手が私の足を持ち上げる。また別のところから咲いた手が、私の下敷きになっていたタオルケットをすっと抜き取った。それが今度はロビン自身の手に渡され、一度半分に畳まれてから、私たちのお腹のあたりに丁寧にかけられる。
「ナミちゃん、寝相があまりよくないからほとんど意味が無いかもしれないけど、一応ね」
 それからTシャツの裾も中に入れておきなさい、って……お母さんかいっ。
 さっきのハナの手が今度は私のTシャツを掴もうとしてる。
 やめてください。恥ずかしいし。
 自分でやるわよって言うと、2本の腕は花びらを散らしてふわっと消えた。
 ロビンを見るとなぜか楽しそうに笑ってて、私も入れておかなくちゃ、だって。
 そうね、それがいいわ。ロビンは寝相いいけど、私と一緒のタオルケットじゃとばっちり食っちゃうもんね、はい、どうもすいません。
「今度こそおやすみ、ロビン」
「ええ、おやすみなさい」
 でもまあ、とりあえずベッドの件は納得してくれたみたいだし、いっか。



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