夕暮れ、橙色の空。
 それは私の一番大切な人の色。
 全てをさらっていくような風が吹く。やっぱり少し肌寒い。

「やっと見つけた」
 ああ、この声は。
「そんなとこで何してんの」
 振り返れば、見慣れたシルエット。
 自然と顔が綻んだ。
「航海士さん」
「航海士さん、じゃないわよ。寒いでしょ、ここ」
 吹き止まない風の中で、この空と同じ色の髪を揺らしている。
 口にかかった毛先を指で払ってあげると、夕焼けに溶け出すようにさらりと流れていった。
 「ありがと」と微笑む航海士さんは、可愛いというよりとてもきれいで、なんだか少し不思議な感じ。初めて会った時から、まだ一年も経っていないのに。
「……航海士さん、大人っぽくなったわね」
「なに? 私お子様扱いされてたの?」
 少し不貞腐れた顔をしながらも、手にしていたカーディガンを私にかけてくれる。そういうところ、とても好きよ。
 ふと気がつくと、陽の下方が隠れ始めていた。思いの外、時間が経っていたみたい。
「で、ずっと何してたのよ」
 航海士さんは手すりに背中を預け、遠くを眺めながら私に尋ねる。
 絵になるわね、なんて思ってみたり。
「空を見ていたの」
「空? ……ああ、まあ、確かにきれいな夕焼けね」
 肯いた航海士さんがくるりと体を翻し、手すりに頬杖をついた。
 その穏やかな横顔に、胸の奥がまたさざめく。
 ただきれいだったからじゃないのよ。あなたの姿が重なって、目を奪われて離せなかった。口に出しはしないけど。
 そうして少しの間、橙色の空と海を二人でただ眺めていた。
 やっぱり、あなたにはこの色が一番似合っていると思う。
「そろそろ戻ろ、ご飯だって」
「ええ」
 どちらからともなく手を繋ぐ。みんなが待つ場所までの、ささやかな秘密。
 吹く風は冷たくても、航海士さんの手はいつもと同じように暖かい。
 今はまだ、この心にわだかまる全てを言葉にすることはできないけれど、だから、せめて。
 そう願って、私は絡める指にほんの少し力を込めた。



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