ここはワノ国、花の都。
 くの一に扮した私は、今日も今日とて忍び稼業に精を出している。
 先行組として一足早くワノ国に入り、芸者の身分で潜入を始めていたおロビことロビンは、花街の苛烈な競争の中でも日々着実に評判を上げてきているらしい。
 もちろんこの日もご指名のお座敷に出ていて、私はしのぶちゃんと一緒にそれを天井裏から見守っている。
 今のところ私たちの正体はバレてないし、おロビは卒なくこなしてるし、ここまで四六時中張り付いてなきゃいけないこともないんだけど……まあ、色々とね。
「おナミ、あんた本当に熱心ね。仕事にも手抜かりないし、くの一の才能あるわよ」
「そーお? ありがと」
 お褒めに預かり光栄ではあるけれど、私の動機はもうちょっと不純だったりする。
「それにしても……おロビは何者なの? こんな短期間で一端の芸者になんてそうそうなれるものじゃないわ」
 しのぶちゃんが、私のとはまた別の節穴を覗きながら感嘆の声を漏らす。
「……大体のことは器用にこなしちゃうのよ、ロビンは」
「そのようね。確かに一見物腰柔らかだけど、酸いも甘いも噛み分けてきたって雰囲気はあるものね、彼女」
「そーなのよねぇ……」
 彼女の言うとおり、歌や踊り、楽器の技術はもちろん、表情や仕草、一挙手一投足のすべてが客を満足させるには充分なほど磨き上げられていて、それらが眼下で披露されるたびに私は重く深いため息をつくのだ。
 今だって、客の一人がこれでもかってくらいに鼻の下を伸ばして、ロビンにお酌してもらっている。その光景に私はもうわなわなとこみ上げてくるものを抑えるのに必死で、懐のスマシが震えていることにさえ、しのぶちゃんにそれを指摘されるまで気づきもしなかったほどだ。
「ごめんしのぶちゃん、代わりに出てくれない?」
 なおも節穴に釘付けになったまま、手探りでスマシを取り出してしのぶちゃんに託す。彼女がひそめた声で誰かと何やら話しているのを聞き流しながら、私はひたすら監視を続行。
「サン五郎からだったわ、そろそろ食事にしないかって。……おナミ?」
「あー、うん、でも今は……ちょっとね」
「今日のおロビのお客はオロチ関係者じゃなくて馴染みの一般客でしょ? まあちょっと手癖は悪いみたいだけど、そこまで気を張って終始監視してなくても、彼女のことだからうまくやるわよ」
 煮え切らない態度の私に、しのぶちゃんが怪訝そうな空気をまとわせているのを感じる。
 彼女の言い分はもっともで、きっと私の出る幕なんてあるわけないのもわかってるんだけど。
「でもあの客は……あっ!」
 嫌な予感は当たるもの。
「あいつ今どこ触って……!」
 天井裏のこの角度からでも私の両の目にしっかり捉えられたその下劣な行動に、思わず漏らしてしまった恨み節。
 あ、と思って振り返ると、そこには全てを悟った顔をしたしのぶちゃんがいた。
「……なるほどね、委細承知したわ。スマシ借りるわよ」
「え、ちょ、しのぶちゃん?」
 我に返った私が口を挟む間もなく、さっき使ったばかりのスマシをひょいと取り上げて、そのままどこかへ電話をかけ始めたしのぶちゃん。
「サン五郎? こっちね、今ちょっと立て込んでるのよ、落ち着いたら顔出すわ。……ええ、悪いわね」
 サンジ君と思しき電話口の相手に対し、なんてことないようなトーンで淡々とそう告げて通話を終えたかと思ったら。
「適切な休憩も仕事のうち。それに任務に私情を持ち込むのも御法度だけど……もう少しわたすも付き合うわ、ここからは女同士の私事としてね」
 って、用済みのスマシを再び私の懐に捩じ込みながらの、あっつい目配せ。
「しのぶちゃ〜ん!」
 あまりに素敵な提案に、私は一瞬あれだけ固執していた監視のことも忘れて、飛びつくように感謝の抱擁をしのぶちゃんに捧げていた。
「お揚げ私の分もあげちゃう!」
 なんて現金極まりない私を「はいはい」と流すしのぶちゃんは、早速忍びの目に戻っている。
 時々抜けてるところもあるけれど、こういうところはさすが本物のくの一だ、仕事が早い。
 心の中で称賛しつつ、私も慌てて監視を再開しようとしたんだけど。
「ああ、でもひとつだけ前言撤回」
「え?」
「おナミ、あんたやっぱりくの一には向いてないわ」
「あ……あはは残念」
 それは、うん、返す言葉もありません。



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